最終話『物語の続きを』
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月日は流れていった。北部の忙しさは変わらず、残存する魔物たちの数も多い。まだまだ討伐隊の仕事は終わらなかった。しかし、変化はある。なにせ町に侵攻してくる魔物たちはほとんどいなくなった。
以前までは爆発的に魔物が増え続け、侵攻する数に抑えが効かなかったが、今ではすっかり静かなものだ。倒せば倒すほど魔物は減っていったからだ。
多くの人々は、それをオルキヌス騎士団の働きとして認識している。特にフレアのうわさは瞬く間に帝国全土へ広がっていった。悪女皇帝と呼ばれた女は、見事に返り咲いてみせたのだ。誰もが〝紅き太陽〟と讃え敬うほどに。
帝都では連日、祭りが行われた。やれオルキヌス結成の記念日だの、皇帝の誕生日だの、果てはそれぞれの騎士たちが騎士団に入った日など細かいところまで記念日になり、町の人々が祝い続けるからだ。
「長らく不穏だった黒い空気は消え失せた。かくして暗黒時代に突入するはずだった帝国の未来は避けられ、人々の安寧は約束されたわけだ。実に素晴らしい英雄譚だと思わないか? まあ、私は何もできなかったのだが」
皇帝は言う。人々の祈りが届いたのは自分ではなく、異世界からの来訪者であったと。しかし、それを知る者はオルキヌス騎士団を除いて他にはいない。栄光を手にしたはずの女性は、世界には誕生しなかったことになっている。何もかもが皇帝フレアの功績として認められていた。
「誇らしいと同時に情けなくなるよ。私はちっぽけだった。何も変えられず、変える権利さえ持たなかったのだから。……でも、おかげさまでこうして皇帝の椅子には変わらず私が座っている。その正しさをこれから証明しよう」
万人の言葉は届かない。万人の言葉はかなえられない。万人の支持は得られない。頂きに立つ人間は、常にそういう立場であることを理解せねばならない。そのうえで正しく人々を導けるだけの理屈と正しさを持ち、いざというときは矢面になって民を守らなくてはならないのが皇帝だ。
それを支えるのは家族同然の騎士たちであり、彼らなくして皇帝は成り立たない。人間がひとりで生きていけないように。
「俺は最初からあなたが正しいと知っているよ、フレア。だからこそ、俺たちは生きている。たとえ偉業を成したのがサラだったとしても、それはあなたもいたからなのは間違いないんだ。手伝いはさせてもらえるんだろ?」
「当たり前だ。……私たちの国を守るのに、この両手では小さすぎる」
執務室から見える広大な都市の景色。以前はすべてが灰色のように映っていたのに、すっかり色鮮やかで、自分を取り戻したのだと実感する。
「もうあれからちょうど五年経つ。多忙の中、お前たちに任せきりだったが……研究は上手くいっているのか。ここ一年はまるで報告もないだろう」
国の再興のためには、あとひとつ。欠けてしまったピースが必要だ。全部揃わなければ、再出発など程遠い。もう五年待ったのだ。言われた通りに。フレアは少し恨めしそうな顔でギデオンに目を細めた。
「もちろん、研究は順調です。なにしろ魔法に関しては右に出るものがいないほど優秀なルイーズが行っているのだから、間違いはありません。よもや陛下は疑っておられるのですか? あいつが転移魔法まで創ったのに?」
飄々とした態度で、あたかもフレアが悪いかのようにすり替える。ここしばらくは似たような攻防ばかりでいつも追及を躱されていた。
「……はあ。わかった、もう下がっていいぞ」
「おや、いつもはもう少し詰めてくるのに」
「聞けば答えるならいくらでも詰めてやるが、どうする?」
「それは御遠慮させて頂きましょう。ああでもひとつ報告が」
ギデオンが執務室を出ていこうとドアノブに手を掛けてから、珍しく立ち止まった。そもそも、報告自体が今まで何もなかったのでフレアは僅かに驚いた。
「なんだ、何か設備に問題でもあったか?」
「いえいえ、帝都の運営は見事なものです。ルイーズの研究のことなんですが、一人では手が足りないということで新しい助手を雇ったんです」
大概の雇用で最終決定を下すのはフレアの仕事だ。自分に無断で誰かを雇うのを許さないわけではなかったが、自分抜きで決まったのかと目を丸くする。
「助手って……。ルイーズの研究を手伝えるほどの者が?」
そんな人物がいただろうか、と何度も繰り返してきた日々の記憶を遡ってみる。魔法使いは多く見てきたが、ルイーズに並べる者は誰もみたことがない。そんな人間がいれば、真っ先に仲間に引き入れていただろう、とフレアは首を傾げた。
「ええ。ですが、研修みたいなものです。ゆくゆくは私の業務も手伝って頂こうかと思っているんです。これが話してみると愛嬌のある方でして……。あなたにお会いしてもらおうと来てもらっていたのを忘れていました」
そう言ってギデオンが扉を開ける。廊下の窓から差し込む逆光の明るさでよく見えず、フレアが目を凝らす。そして目が慣れると、言葉を失った。そこにいるのだ。自分の愛した人が。誰よりも再会を待ち焦がれた人が。
「……ただいま」
何をどう言葉にしていいか分からない。ただ、目の前の現実を受け止められた瞬間に溢れた涙に、衝動的に体は動いた。小さな体を強く抱きしめたとき、その壊れてしまいそうな細さと柔らかさを感じる。生きたぬくもりがある。信じられない嘘のような真実を優しく、力強く抱きしめて────。
「おかえり」




