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このおっぱいで勇者は無理でしょ  作者: りむ


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19/27

#19 欲求不満①

武器屋を出た私は、周囲の目を盗むようにして、さりげなく、かつ不自然にならないよう細心の注意を払って腕を組んだ。目的はただ一つ。隆起し続ける自分の胸元を物理的に隠蔽すること。


(……っ、まだ、おさまらない……)


一歩踏み出すたびに、チュニックの布地が肌を撫でる。リリアに教え込んだはずの摩擦の熱が、今度は私自身の脳を焼いていた。

「敏感になるって、こういうこと」なんてドヤ顔で教えた自分を、今すぐ異世界の奈落に突き落としたい。


(ほんと最悪……。私、なにやってるの。処女のくせに、あんな女の子相手に何を……っ)


できるだけ平静を装い、無感情なロボットのように歩いていた、そのとき。


「なあ、さっきの見たか?」

後ろから聞こえた野太い男の声に、びくりと肩が跳ねた。

鼓動が跳ね、耳が勝手に情報を拾い上げる。


「見た見た! あんなにピンと立つの、なかなかお目にかかれないぜ」

「だよな! あんなにツンッとしてるの、マジで興奮するよな」


(……えっ!?)


嫌な予感が、氷の冷たさで背筋をなぞる。心臓が口から飛び出しそうだ。

まさか、さっきの武器屋でのやり取り、外に漏れてた? 

それとも、このチュニックの上からでも“勃っている”のがバレバレなの!?


「……っ!?」

私は思わず、組んだ腕の隙間から、自分の胸元を上から覗き込んだ。


チュニックの薄い布地を押し上げるように、そこにはリリアの指先の感触を覚えたままの私の一部が、はっきりと、かつ不遜なまでにその位置を主張をしている。

ブラジャーの刺繍が浮いているようにも見えなくはないが、この世界にはブラジャーなんて概念はないのだ。

まるで、誰かに見つけられるのを待っているかのような、恥知らずなまでの直立不動。


「形もいいしな。先っぽだけが妙に主張してるっていうか……」

「わかる。あれ絶対、触ったら固いだろ」


(ちょっと待って、待ってよ……!)


組んだ腕に、指が白くなるほど力が入る。胸の肉が持ち上がり、その大きさが強調される。

すれ違った女性が、私の胸を二度見する。もはや、そんな視線には慣れている。


でも、 単に“大きい”と思われるのと、“興奮して乳首を勃たせている”と思われるのは、次元が違う。

まるで私が、さっきのリリアとの時間に淫らな興奮を覚えていると宣伝しているようなものじゃないか!

地味オタクとして生きてきた私にとって、自分の(へき)が男たちの酒の肴にされるなんて、死刑宣告に等しい。


「ていうかさ、ああいうのって、触ったら気持ちいいんだろうな」

「絶対な。つついたら反応しそうだし。……しかも見た目も可愛いしな。あれは反則だろ」


(やめて……聞こえてるから……全部、筒抜けだから……っ!)



顔が一気に沸騰する。脳内では、前世でよく見かけた“少年誌での乳首解禁”についてSNSで血で血を洗うような論争を繰り広げていたオタクたちの書き込みがフラッシュバックしていた。

あのとき画面越しに眺めていたドロドロした欲望と正義のぶつかり合い。

今、その対象が、他ならぬ私になっている。


(やっぱり異世界も、結局はこれなの!? “胸の発育が良い女性は家柄も高い”とか言われてても、デカい胸はただのコンテンツなの!? ネットの海で叩かれたり、勝手に神格化されたりする標的なの!?)


「しかもさ、あれ相当大きかったよな」

「ああ、思った。手に収まらないくらいあったし」

「でも柔らかそうだったよなぁ。ああいうの、ずっと触ってたくなるわ」


(もう無理! 限界! 誰か助けて……!)


逃げ出したいのに、足がガクガクと震えて、逆に地面に縫い付けられたよう。

羞恥心と絶望で視界が滲む。


「いやー、あそこまで綺麗に立つと芸術だよな」

「な。ずっと見てられるわ」


(消えたい……消滅したい。今すぐ“帰還魔法”で布団の中に飛ばして……!)


涙目になりながら、足早に立ち去ろうとした、その瞬間――。

「しかもあの猫、毛並みめっちゃ良くなかった?」


「…………え?」

ぴたり、と世界が止まった。


時を止める魔法でもかけられたのかと思うほど、私の思考がフリーズする。


「わかる! あの野良猫、やたら人懐っこくてさ」

「耳もさ、片っぽだけちょっと外向いてて可愛かったよな」

「触ったらぴくって動いてさ、あれ絶対気持ちいいって」


(……ね、こ?)


錆びついた機械のような動作で、ゆっくりと、恐る恐る振り返る。

視線の先。 路地の端で、男の一人に喉を撫でられている一匹の野良猫がいた。

ぴん、と立った耳。 その片方が、少しだけ外側を向いている。 丸くて、小さくて――。

さっきまでの会話の「ピンと立ってる」も、「ツンとしてる」も、「手に収まらない(溢れるようなモフモフ感)」も、すべてがぴったり当てはまる存在。


「…………」

数秒の沈黙。頭上を異世界の鳥が呑気に鳴きながら通り過ぎていく。


「……はあああああああぁぁぁぁぁ…………」

一気に肺の空気が全部抜けた。 全身の脱力感がすごい。


(なにそれ……。猫、猫だったの……?)


……いや、冷静に考えればそうだよ。当たり前だよ!

ここは健全な(たぶん)異世界の路上で、私はまだ今作で一度も乳首を解禁してないんだから。

道端でそんな具体的なパーツの感想戦が繰り広げられるわけないでしょ!

湯気が出るようなシチュエーションでもないし、挿絵担当の絵師さんだって困るわ!


さっきまでの世界の終わりのような絶望が、そっくりそのまま“史上最大の恥”に変換されて押し寄せてくる。


(私、完全に自分の乳首のことだと思って……! どんだけ自意識過剰なの!? どんだけ自分の身体に意識が向いてるのよ、変態っ!!)


恥ずかしさが、今度は別の意味で爆発する。

顔から火が出るどころか、もはや発火して灰になりそうだ。

ここで乳首を曝け出しても、間違いなく煙が隠してくれるだろう。


「……バカみたい……」

小さく、消え入りそうな声で呟く。

でも。 そっと組んでいた腕を解こうとして、気づく。現実は何一つ変わっていない。


(……いや、でも。これはこれで、問題なんだけど)


猫ではない。私の胸元にある、この残響と主張。

リリアに教えた際の熱がまだ引かず、ブラジャーの摩擦に敏感に反応し続けている私の身体。

私は、誰も見ていないと分かっていながら、再びぎゅっと腕を組み直した。


「……早く、帰ろ……」


小声で自分に言い聞かせ、足早にその場を離れる。

背後では、まだ男たちが平和な会話を続けていた。


「でも、ほんと柔らかかったよな」

「な。ああいうの、ずっと撫でてたくなるわ」

「触るとピクピクして、可愛かったし」


(だから、耳の話でしょ!! 猫の耳!!)


心の中で全力でツッコミながら、私は夕暮れの街の人混みに紛れ込んだ。

顔の熱が引く気配は、ノエルの家に辿り着くまで、一秒たりともなさそうだった。

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