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このおっぱいで勇者は無理でしょ  作者: りむ


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18/27

#18 約束⑦

リリアの真っ直ぐすぎる職人魂に当てられたのか、それとも自分の教育が予想以上に過激だったせいか。背を向けた私の指先は、まだ自分の心音に合わせるようにピクピクと震えていた。


「……っ」


慌てて足元のブラジャーを拾い上げて、ホックをとめて、胸の位置を整える。

布地が肌に触れるたび、さっきリリアに教え込んだ摩擦の感覚が、ブーメランのように自分に跳ね返ってくる。


落ち着け、私。落ち着け。


じわりと谷間に汗が溜まっているのがわかる。

さっきまでの動揺のせいか、それともこの部屋の熱気か。湿った感触がじっとりと肌に張り付いて、逃げ場をなくしていた。


「……くっ」

ブラジャーのストラップが、汗ばんだ肩にじりじりと食い込む。


後ろから、低く、どこか切羽詰まったような声がした。

振り返ると、リリアが私の肩を――正確には、古びたブラジャーのストラップが食い込み、赤くミミズ腫れのようになっている肌を、食い入るように見つめていた。


「なに、リリア……?」

「その肩、痛くないの?」


リリアの小さな指が、赤くなった私の肩にそっと触れる。その指先は、さっきの熱を帯びた“女の子の指”ではなく、完全に“防具職人”のそれに戻っていた。


「あ、これ……? いつものことだから。ほら、この重さだししょうがないんだよ」

私はなるべく平然を装って笑ってみせた。


「……やっぱり」

リリアの瞳は、さっきまでの動揺が嘘のように凪いでいて、冷徹なまでの造り手の光を宿している。


リリアは一度、私の胸元をじっと見つめてから、静かに問いかけた。


「ルリはさ、ここに来たとき、『これと同じものを作って』とは言わなかったよね? 『ブラジャーを作ってほしくて』って、そう言った」

「……え?」

「同じものを見本として渡されたなら、普通はそれを模倣する。でも、ルリはそう言わなかった。それって、今着けてるそのブラジャーに、実は満足してないってこと?」


心臓が、ドクンと跳ねた。図星だった。


「……あ」

「採寸して分かった。ルリの身体は、この世界でも……たぶん元の世界でも、規格外だったんでしょ? その布きれは、とりあえず“収めている”だけで、ルリの本当の重さを支えきれてない。……違う?」


私は言葉を失った。前世のランジェリー売り場、メーカーのオンライン通販。どれだけ「これが一番大きいサイズです」と言われても、結局はどこか食い込み、どこかが溢れ、どこかが痛かった。「そういうものだから」と自分に言い聞かせて、妥協して身に着けてきた“既製品”の限界。

それを、会って数時間の異世界の少女に見抜かれた。


「……リリアには、敵わないね」

私は苦笑して、正直に頷いた。


「うん。……満足したことなんて、一度もなかったよ。ずっと我慢してた。これが私の運命なんだって」

「わかった。じゃあ、私が作るやつは“同じもの”じゃない。ルリのためのものにする」


その言葉は、どんな魔法の呪文よりも、私の胸を軽くしてくれた気がした。


「もっと教えて、ブラジャーのこと」

そう言うと、リリアは紙の上に視線を落とした。


そこには、数字と線と、走り書きのメモ。その中には“完成した私”が、もう見えている。


「……わかった。全部言うね」

私は観念して、リリアのメモ帳に向き直った。


「まず、この肩紐。既製品だと、この重さを支えるためにどうしても細すぎるの。食い込んで肩こりが酷くなるだけじゃなくて、長時間着けてると頭痛までしてくる。……だから、もっと幅が広くて、荷重を分散できるような設計がいい」


リリアは「荷重分散……」と呟きながら、肩のラインに太い線を書き加えた。


「それから、アンダーバスト。カップの容量に合わせると、どうしてもここが緩くなるの。でも、ここがしっかり締まってないと、結局肩紐だけで支えることになって悪循環で……」


「それで、さっきから何回も位置直してるの?」

「……見てたの?」

「うん」

「……だ、だって、放っておくとどんどんズレてくるんだもん。重力には逆らえないし……」


頬を赤くして俯く私に、リリアは真剣な、けれどどこか慈しむような手つきで、再び私の肩の赤みに触れた。


「逆らわなくていいよ。……預けて。私が、その重さを全部、受けとめてあげるから」


リリアは私の説明を一文字も漏らさぬよう筆を走らせる。

その熱量に押されるように、私はリリアが着ている作業着に視線を向けた。


「……リリアも、苦労してるんだよね。その服、自分で直したんでしょ?」

「えっ? あ、うん。……まあね」


リリアは少し照れくさそうに、自分の肩をすくめた。

「既製品の作業着って、大人の男の人向けか、せめて私よりずっと背が高い人向けしかなくて。袖は余るし、腰の位置は合わないし。……それに、何より」


リリアは自分の胸元の、少しだけ凝った刺繍を指でなぞった。

「……ダサいんだもん。機能的であれば何でもいいっていう、あのガサガサした茶色の布。あれを着てると、自分がただの『道具の一部』になったみたいで嫌だった。だから、サイズを合わせるついでに、自分の好きな形にしてるの」


その言葉に、私は深く共感した。

ブラジャーも、サイズが大きくなるにつれて可愛いものがなくなっていく。


「そうだよね。……私も、ずっとそうだった。サイズがあるだけで有り難いと思えって、無言で言われているみたいで。可愛さとか、自分らしさなんて二の次で……」

「ルリ、もう我慢しなくていいよ」


リリアは顔を上げ、不敵な笑みを浮かべた。

椅子の背に掛けていたチュニックを手に取りつつ、リリアに聞いてみる。


「作るのに、どれくらいかかりそう?」

「そうだなぁ……」


リリアは少し考え込んでから、指を折った。


「型を起こして、試作して、調整して……」

「……3日。いや、念のため、4日ほしい」


その言葉に、私はほっと息を吐いた。


「そんなに早いんだ」

「普通の服なら、もっと早いけど……。今回は、その……」


言葉を濁しつつ、また視線が下に落ちる。

「……挑戦だから」


小さく、でもはっきり言い切る声。職人としてのそれだった。


「そっか」

「じゃあ、完成したら取りに来るね」

「うん」


リリアは頷いてから、少しだけ間を置く。

「……そのとき、支払い。お願いしても、いい?」


その言い方は、遠慮がちだった。当然のことなのに、念を押すみたいに。

頭からすっぽり被ったチュニックの裾を整えながら、私は答えた。


「もちろん、ちゃんと払うよ」

「ありがとう」

「だから、それまでに、稼がないとだけど」


そう言うと、リリアは少し驚いたように目を瞬かせた。


「今、手持ち、あんまり……?」

「うん。正直、ほとんどない」

「勇者じゃないから、収入もなくなっちゃって」


あっさり言うと、リリアは一瞬、口を開きかけて、閉じた。


「……でも」

私は続ける。


「約束する」

「受け取りのとき、ちゃんと払う」


その言葉に、リリアはしばらく黙っていた。それから、ふっと表情を緩める。


「……うん。ルリがそう言うなら、信じる」


その“信じる”が、妙に真っ直ぐで。私は少しだけ、居心地が悪くなった。


(……ああ。これ、軽い気持ちで受け取っちゃダメなやつだ)


「ありがとう」

私はそう言って、軽く頭を下げた。


「完成、楽しみにしてる」

「うん、私も」


そう言って私が背を向け、部屋の出口へ歩き出したとき。


「……あ、ルリ」

「ん?」


振り返ると、リリアは少しだけ視線を泳がせてから、言った。


「完成したら……」

一拍、間を置く。


「……付けた姿、見せてね」


その声は、職人としての確認にも聞こえるし、それだけじゃないようにも聞こえた。


「え……?」

「調整、必要かもしれないし……、ちゃんと、合ってるか、確認したいから……」


言い訳みたいに続けるけど、耳がほんのり赤いのを、私は見逃さなかった。


(……ああ……)


「……うん」

私は小さく笑って、頷く。


「見せるよ」

「リリアが作ったんだもん」


その返事に、リリアはほっとしたように、でも少し照れたように微笑んだ。


「……約束」

「約束」


そうして私は、武器屋を後にする。


(……これ、思った以上に大事な約束かも)


そんな予感が、静かに残っていた。

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