乙女ゲーに一人は可哀想な子っているよね
「無理だよぉー! あー! あー!!」
人間、誰しも無理難題にぶち当たることはあるだろう。彼女にとってのそれは、少々キャパオーバー気味で、気付けば朝を迎えていた。
進展はといえば、イーグルの行動パターンがなんとなく思い出せたことであろうか。といっても、誰よりも行動がランダムで解りにくい彼だ。ひょっこりと変なところで会うことも少なくない。素顔の可能性もあるため、注意深く街を見なければならない。
「正直面倒くさいし、アンヘラ自体はどうでもいいのになぁ……。でも、いまさら止めるなんてさぁ……、それはそれで」
主がいない屋敷を、大きな独り言とともに掃除をする。時期や時間帯にも寄るが、朝というのは使用人が僅かしかいない。
男性として知識を学び、女性として家事を学んだ。運動は少々苦手なようだが、彼女は人として生きる術を両方持っている。そのため、仕事の多忙ささえなければ、本来はエミリーだって必要ないのだろう。それ故、回せる最低限しか使用人は雇っていない。
「何一人でくっちゃべってんだよ。しかも誰だよ、アンヘラって」
「うっさいな! 今ちょっとパンク寸前なの!」
「なんだよ、パンクって。てか、お前そんな言葉遣い乱暴だったかぁ……?」
後ろからひょっこりと声をかけてきたのは、庭師のヘクターである。エミリーとしてみれば、幼少期からの旧知の仲である。
訝しげな目で見られ、桜子は少々後ずさる。
「あ、えっと……。ちょっと、色々あるの」
最近、気が緩んでいたのは確かだろう。『二人』の線引きが緩くなってきたのか、言葉遣いが乱暴になっているのが気にならなくなったり、家事をすることに対する苦痛感を感じなくなったりなど、良くも悪くも合わさってきてしまったのだろう。
「エルピディオ様も、何か心配してたぜ。『最近、ちょっと変なのよね』って」
彼女のことだ。何かあっても、恐らく直接「変だ」なんて言ってくることは確実にないだろう。そういったようなことを嫌うのはよく知っている。
(多分、マジで心配されてるやつね……)
愚痴を吐いている暇があるなら仕事をするか、本人に直接言って解決を目指そうとする彼女のことだ。恐らく、風邪を引いているのかも、といったような体での「最近変なの」という言葉だろう。
「あなたやエル様には関係ないことなの。放っておいてほしい」
「初っ端から首突っ込むつもりなんてねーよ。ただ、さっき、鳥仮面が来てな。酒場にいるってよ。伝えとけってさ」
じゃあな、と手を振ってどこかへ去っていこうとする。それを先回りするように回り込み、両腕をばっと開いて彼を通せんぼする。
「なんだよ」
不信感を一切隠さない、清清しいまでの訝しげな顔である。
「その鳥仮面、いつ来たの?」
「今さっき、庭を整備してたらだ。それ以外にねーだろ、ふつーに考えてさ」
それを聞くや否や、手に持っていた雑巾をぱっと足元においてあったバケツへとかける。そして、経クターの肩をガッと掴み、揺さぶる。
「ちょっと、留守にする。ごめん、水だけ捨てといて」
「はぁ!?」
「急ぎなの! 唯一の解決の糸口だから! あ、パン奢る、パン!」
それだけ言い残すと、メイド服のままの彼女は一気に屋敷を飛び出した。