旅の序奏(1)
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結局、家を追い出されたノースとピュセルは二人並んで練習場へと向かっている。
並んで歩いてはいるが、二人の間に会話はない。
時折ノースが崩れた家を修理するのは大変そうだな、とか会話を振るのだがピュセルからの返事はない。
村人たちも彼女の様子がおかしいことに気付いているようで、目があっても誰も話しかけてこようとしない。
「あっ、おやっさん!!」
「お、おうノース、元気そうで何よりだ。悪りぃが今は忙しいからまた後でな!!」
泣くほど心配してくれていたはずのおやっさんですらこれだ。
去り際に立てられた親指が彼のせめてもの情けなのだろう。
結局、会話が出来ないまま練習場に辿り着いてしまった。
ピュセルがさっさといつもの場所に腰かけたので、少し距離を開けて隣に座る。
「……」
「…………」
無言。圧倒的無言。
しかしノースとて考えなしに黙っている訳では無い。
経験に基づいて黙っているのだ。
気付けれないようにそっとピュセルの顔を見る。
隣に座る少女の顔は眉を寄せた怒り顔ではなく、目を閉じた思案顔だった。
そのうちピュセルが考えるのを終え目を開ける、それが合図だ。
数分もしないうちにその時は来た。
自分の中で答えを出した彼女と目が合う。
謝るのはノースが先だ。
「心配かけてごめん。でも無事でよかった」
「助けてくれてありがとう。だけど無茶しないで」
これにて一件落着だ。
※※
仲直りした後、ピュセルには先に家に帰ってもらった。
内密に聞きたいことが山ほどある相手がいる。
先ほど聞いた話から、相手がどこにいるかは見当がついていた。
今は、村の壊れた場所を片っ端から探し歩き見つけた彼女を連れて再び練習場に訪れたところだ。
「まず最初に礼を言わせてくれ。助けてくれてありがとう。いろいろ聞きたいことはあるんだが、一ついいか??」
「何じゃ??」
「何でお前ピュセルの服を着てるんだ」
「あれだけ色々なことがあってまず最初に聞く質問がそれとは……。つくづく変わり者じゃなあ。なに、おぬしを助けた礼に何でも差し出すというのでな。断るのも無粋じゃろう」
呆れ半分でも律儀に答えるところから、人の好さがうかがえる。
「ちと胸がきついがのう!! あの娘、容姿も気立ても良いが乳には恵まれなかったようじゃな!!」
「止めてやれ」
前言撤回と言わざるを得ない。
この女、悪魔だ。
「さて、話すことは山ほどあるが何から話せばよいかのう……。そちらから聞いてくれれば楽なのじゃが」
「お言葉に甘えてそうさせてもらう。……今更だがよくキスした相手に平然と接せるな」
「たわけ、男として見て欲しくばせめて角くらい生やせ。わしの相手は真の鬼以外認めぬぞ」
自分の黒角をコツコツと叩きながら、ホムラは口角を上げる。
負けた気がしたのは、ノースの気のせいだろうか。
「やっぱり俺は鬼になったのか??」
「逆に問おう。あそこまでの傷が3日で治る者を人と呼ぶのか、この世界では??」
「そりゃ呼ばないわな」
「まあ厳密に言えばお前さんは鬼ではないがのう。それを言ってしまえば、お前さんは最初から人でありはしなかったが」
一瞬、彼女が何を言っているのか分からなくて止まってしまった。
つまり、あの時より前からノースは人ではなかったと言いたいのか、この娘は。
「その様子ではやはり知らなかったようじゃの。おぬしは鬼の血を元より引いておった、あれを飲ませて体が変化したのがその証拠じゃ。あれは眠った鬼の力を呼び起こすもの。決して人を鬼に変えるものではない」
「何でお前にはそれがわかったんだ」
「遠い昔、一匹の鬼が人と共に異界に渡ったと聞いたことがあってな。それにおぬしからは僅かにだが我らと同じ匂いがした。初めて会った相手が鬼の子とは流石に驚かされたがな」
「ははは、そりゃよかった」
あっけらかんと話す彼女に苦笑いを返すと、それが気に喰わなかったのか途端に噛みついてくる。
「何じゃその適当な返しは!! ここは自分が人ではなかったと知り驚くところじゃろう!!」
「お前の世界じゃどうかは知らんが、ここじゃあ違う種族の血が流れてることなんか対して珍しくないんだよ」
「ちっ、つまらん。まあよい、今回はわしの話を信じたことに免じて許してやろう」
「話??」
「異世界から来たという話じゃ。信じたのであろう??」
「ああそれか……まあ一応はな」
世の中には魔法で天気を変えたり、死んだ人間を生き返らせることが出来るやつもいるらしい。
ならどこか違う世界とつなげることも出来るんじゃないか、程度の話だ。
正直今でも半信半疑だし、まあ嘘なら嘘で別にいいかと思うくらいにはどうでもいいというのが本音だ。
「それに関連した質問だが、何の用があってお前はここに来たんだ?? 最初に会った時、自分の意志で来たとか言ってただろう」
「簡単に言えば移住先を探しに来た、かのう」
「移住先?? そんなものを探しにわざわざ世界を渡ったのか」
「おぬしも見たであろう鬼の力を。わしの世界の人間はか弱くてな。共存しようにも力の差があまりにも大きすぎて信用されないのじゃ」
「それなら隠れて暮らせばいいんじゃないのか??」
「今まではそうしておったのじゃがな。それでもいつかボロが出るかもしれない。そんな生活を続けるわけにはいかないじゃろ。見つかれば皆殺しにされておしまいじゃぞ」
「力で勝ってるんじゃないのかよ」
「数と兵器が違いすぎる。それに鬼は争いを好まん」
実際その通りなのだろう。
でなければ今この村は彼女の一人によって征服されているところだ。
「そこで伝承に残っていたやり方を模倣して世界を渡ろうと考えたのだ。もしかしたらわしらを受け入れてくれる世界があるかもしれないじゃろ。今のところは順調じゃな。おぬしのように、この世界の住人はわしをそこまで警戒せん。もし元の世で人間社会に出ようものならどうなるかわかったものではない」
「まあ見た目だけならな。力を見たらどう思うかはわからない」
「そこはおいおい考えていくとするかのう。さて少し休憩しようではないか。話しすぎて喉が渇いたわ」
「へいへーい。何か飲み物でも貰ってきますよ」
実際ノースも喉が渇いていた。
というか3日間飲まず食わずで寝ていて、起きてから何も口にしていないのはどう考えてもまずい。
大変な事実に気付いてしまい、家へと向かう足は自然と早足になっていた。