35話 4日目:夜 【第三王子】暗殺成功
【クラウディウス視点】
「クラウディウス様。無事に作戦終了致しました」
第三王子は、教会から王城に戻ったニアの報告を聞いていた。
「そうかそうか。
それではマリアンヌ夫人もアナスタシア公爵令嬢も・・・」
「はい、亡き者にしました」
私はその報告を聞いて胸の重石が取れる。
二アの帰りを待つ間は、自室の中でウロウロ歩き回っていた。
前回の暗殺失敗があるのだ。
もしかしたら、又失敗するのではないかと不安に襲われていた。
その度に私は、救いを求めるように我が妹セレステの肖像画に触れた。
あーセレステ。どうか私を見守って欲しい。
君に見られていると思うだけで私は幸せなのだから。
同じ時を生きられなくても、こうして君の姿を見られるだけで嬉しいのだから。
だが、今ニアの報告を聞き、私の不安は解消された。
「よくやったぞ、ニア。
これで安心して眠れるというものよ」
「はは。眠りを妨げるものはないかと」
今夜は久しぶりにぐっすりと眠れるかもしれないな。
「それで二ア、死体はどうなったのだ?
予定通り自殺に見せかけたのか」
「いえ、当初はその予定だったのですが。
信者が騒ぎましたので屋敷ごと燃やしました」
んん?
燃やした?屋敷ごと・・・
予定とは違うような・・・
二アの発言に一抹の不安を覚える。
「それは大丈夫であろうな?
私に繋がる証拠はでないであろうな?」
「はは。
夫と息子を亡くしたマリアンヌ夫人と公爵令嬢の焼身自殺という噂をばらまいておきます。
明日の昼ごろには市民の間にも伝わるでしょう」
「そうか。それならいい。
下手に奇麗な死体が残ると面倒だからな。 焼死体ならその点も問題ない。
公爵も捜査する気はおきないだろう」
「はい。そのようになるかと」
だが手は抜けない。
このままセレステ関連の事件を直ぐに終わらせなければ。
ゆっくりと時間をかけていれば、今回の夫人と公爵令嬢の様に不穏な動きをする者がでてくるかもしれないのだ。
それにまだ司祭が生きており、彼と教団には退場してもらわなければいけないのだ。
さすれば自ずと最善手は決まってくる。
「ニア、頼みがある」
「はは。なんでしょうか?」
「アダム伯爵の死刑執行を急がせるのだ」
「具体的には?」
「明日のセレステの慰霊祭にあわせて実行せよ。
その際に夫人と公爵令嬢の死も公表し、私が哀悼の意を述べるよう取り計らうのだ」
「はは!そのように手配いたします。
ですが今は深夜ですので、明日死刑を実行するとなりますと・・・」
「二ア。私の悲しみに時間は関係無い。
月が出ていようがいまいが、私のセレステへの深い嘆きは本物なのです」
「失礼しました。
担当者を叩き起こして対処いたします」
「そのように頼む。彼らにも少しは褒美をやればよいだろう。
死んだ公爵令嬢と夫人の財産は国庫に回収するのだからな」
私は良い気分だった。
これでここ数日の苦しんでいたことから解放されるのだ。
明日が来るのが待ちきれない。
懸念だった公爵令嬢と夫人が消えた事による不安の解消。
その反動のためか、高揚感が沸いてきて胸騒ぎが収まらないのだ。
ぞわぞわとした気持ちが胸の中にたまっている。
それを発散したいのだ。
「ニア。今日は祝いの日だ。君の成功もねぎらいたい。
一緒にベッドでワインでも飲もうではないか」
「はい。お供します」
私がベッドに移動すると、ニアはワインボトルとグラスを持ってベッドに近づく。
ポンポンとベッドを優しく愛撫すると、一礼してその場所にニアは腰掛ける。
二アからグラスを受け取り、彼にワインを注いでもらう。
ワイン越しに見る彼の顔は、赤い液体を通して少し歪んで見えた。
その顔に一抹の不安を感じてしまう。
これまでは公爵令嬢と夫人の事で頭が一杯で気付かなかったが。
そういえば、どこかニアの様子がいつもと違うような・・・
気のせいか・・・
だが確かに違和感を感じる。
一体、いつからだろうか?
「二ア、どうかしたのか?」
「いいえ。何でもありません」
彼は直ぐに笑顔に戻る。
ふわっと柔らかそうな白髪も揺れている。
再びニアを見ると、いつも通りの彼だ。
私の気のせいかもしれない。
「それなら一緒に祝おうではないか。今日はよき日なのだから」
「はい。クラウディウス様」
ニアは自分のグラスにワインを注ごうとするが、私はそれを止める。
意外そうな顔で私を見る彼。驚いている顔を魅力的だ。
「グラスは一つでいいだろう。二ア」
「ですが・・・
従者の私がクラウディウス様と同じ物を使用しますのは、失礼な事かと」
「失礼か・・・」
私は一口ワインを口に含み、じっくりと味わう。
それからニアに対してグラスを向ける。
「二ア、君は私に失礼な事をしても問題ない。
特別に許可をだそう。
さあ、このグラスを受け取り、私の心を乱してくれたまえ」
「クラウディウス様・・・」
ニアの手の平にグラスを押し付け。
一本一本彼の繊細な指をグラスに巻きつけていく。
グラスに指が絡みつく程に、心の距離が近づいてくる気がする。
「いけません。いけません。クラウディウス様」
「大丈夫だ。二ア」
私はさらにニアの指をグラスに絡み付けていく。
彼の指に触れていると、不思議と心が落ちついてくる。
「クラウディウス様。いけません」
「二ア。それしかいえないのか。
それにもう指は残っていないようだが。
その奇麗な指でしっかりとグラスを握っているではないか」
「それは・・・クラウディウス様が・・・」
私はグラスを握っているニアの指の上から手を被せる。
私の手で彼の手を包み込む。
ニアの手の鼓動が伝わってくる。
「さぁ、飲みなさい。いえ、飲むのです。二ア」
「ですが・・・」
踏ん切りがつかないレアの手を握り。
小鹿の様に震える彼の瞳を視線で射抜く。
「レムリア王国第三王子、クラウディウス・レムリアが命じます。
ニア、私の心を乱すのです!」
二アは下唇をふわっと動かしてから。
私にいじらしい白い歯を見せてから。
「はは。頂きます」
ニアがゆっくりとワインを口に含む。
口内にワインを留め、じっくりと味わって飲んでいるようだ。
ごくりとワインが喉を通ったのを確認してから。
私は。
「美味しいかい?ニア」
「はい・・・とても」
「そうか。ワインはまだたくさんある。
今日は一緒に朝まで味わおうではないか」
「ですが、明日の慰霊祭に死刑を行うのであれば。
すぐにでも担当者と協議しなければいけません」
「二ア。私を一人にして、他の男のところに行くというのか?
君までセレステの様な事をするのか?
そんな非道な事を」
「いいえ、ですが協議を・・・」
「二ア。今はその事は忘れれば良い。
多少死刑が遅れても私は気にしない。さあ、今はそんな事を忘れて飲もう。
私と喜びを分かち合おう」
「・・・はい。クラウディウス様がそうおっしゃるのであれば」
私は再びグラスを自分の口元にもってき。
二アと視線を合わしたまま、ゆっくりとグラスを回転させると。
二アの口跡が僅かに残っているグラス部分に唇を被せる。
彼は私の様子を目を見開いて見ている。
何か言いたいのかもしれないが、声が出ないようだ。
私はニアの艶かしい表情を受けながらワインを口に含んだ。
口の中に広がる香りは、僅かだが先程と違う気がする。
酔いが周ってきたのか。
それとも私の心が変動しているのか。
分からない。
再びニアの口元にグラスを寄せ。
「ニア、ほら、次は君の番ですよ」
「はい。失礼します」
ニアが再びワインを口に含んだ。
私はゴクゴクと動く彼の頬と喉を観察した。
その後、何度も何度も同じようにワインを口に含む。
ワインに酔いながらも、私は二アと心の交流をした。
こうして第三王子の夜は更けていった。




