33話 4日目:夜 【妻】待ち構える
【アナスタシア視点】
ユヌス教団の一室。
マリアンヌ夫人とブラッドリー司祭との面会を終えた後。
アナスタシア公爵令嬢は、傍付メイドのカミラとくつろいでいた。
「カミラ、あなたのいれる紅茶はどこで飲んでも美味しいのですね」
「お褒め頂ありがとうございます」
そうなのよねー。
びっくり。
自宅でなくても私を満足させるクオリティを保てるなんて。
正直、教団内での飲食物にはあまり期待していなかった。
私の口に合わないような質素なものが出てくると思っていた。
でも、カミラが紅茶を用意してくれていて助かりました。
「普段と違う環境でしょうに。何かコツでもあるのですか?」
「紅茶セットは常に常備しておりますし、環境の違いには対応できます。
アナスタシア様にお粗末な物は提供できませんので」
「さすがです。カミラ」
「はは。当然の事をしたまでです」
私はカミラがいれてくれた紅茶味わう。
良い香りに、ほどよい温かさ。
それらが絶妙なバランスで成り立っている。
これこそ紅茶。
美味しい。
紅茶に癒されているとついつい脱力してしまう。
ゆるふわっとしている時ではなく、気を引き締めなければいけない時だというのに。
それぐらい紅茶パワーに包まれていた。
「それでカミラ。第三王子に情報は上手く流せたのかしら?」
「はい。問題ないかと。
王城を監視している者によりますと、第三王子周辺が慌ただしく動き出したようです。
今夜にも襲撃してくるでしょう」
まぁ。分かりやすい人達ですこと。
第三王子はあまり諜報戦が得意ではないのかもしれませんね。
これまで王族の権威に胡坐をかいていたのでしょう。
よくもそれで今まで王族として生きてこられたと思います。
王族争いは激しいと思うのですが。
私の勘違いでしょうか。
でも、こちらの思惑通り踊ってくれると嬉しいわね。
「万事順調のようですね。何よりです。
そのためにわざわざ目立つ馬車で教団に来たのですからね」
「はい、アナスタシア様の威厳が目立ちますように。
教団の一番目立つ場所に馬車を停めさせて頂きました」
誇らしげに答えるカミラ。
馬車は奇麗に磨いて装飾を施したので、かなり見栄えは良いはず。
カミラは馬車にかなり力を入れていたので、多くの人に見られて嬉しいのかもしれない。
彼女の趣味の一つが馬車の装飾だから。
芸術家が絵でも発表するようなものかも。
なんにしろ彼女が満足そうでなにより。
「それに、第三王子側に買収されている信者に話した内容が上手く伝わったのでしょうね」
「その様です。
存在が分かっている裏切り者程扱いやすい者はおりませんので」
「今頃第三王子はパニックでしょうね。
私達が誰を告発する気なのか、不安で不安でしょうがないでしょう」
「彼らの行動をみるにその様です。
私達の推測もほぼ当たっているかと思います」
私は計画を思い出して身震いする。
この計画はとある人物が私の家を訪れてきてくれたからこそ、実行する事にしたもの。
もしあの方が私の家を訪れなかったら動く事はなかっただろう。
あの方が来て、すぐに計画を策定して行動に移った。
時間が無いので精査する事はできてはいないが、これまでどおり上手く行くはず。
もし、上手く行かなければ途中で止める事もできなくはない。
全ては第三王子の動きにかかっているのだから。
彼次第だったけど、ここまでは順調に進んでいる。
今頃、第三王子が王城の一室で右往左往していると思うと頬が緩んでくる。
「良い気味ですね。私に王城で無礼な態度をとりましたからね、彼は」
「はい。ですが油断は禁物かと。
襲撃が迫っていますので、もし万が一があれば・・・」
「大丈夫よ。きっと上手く行くと思うわ。カミラもそう思うでしょ?」
「勿論です。しかし念のために備えておきます」
全く、いつも思うけどカミラは心配性だ。
確かに今回の事は絶対に失敗できないからそれぐらいの用心深さは必要なのだけど。
少しぐらいは肩の力を抜いても良いと思う。
するとドアがノックされ、メイドの一人が報告に来る。
どうやら裏切り者の信者が見知らぬ集団を教団内に入れたようだ。
その数は6人。
武器を携帯しているようなので、多分暗殺者でしょうね。
メイドは報告を済ますと部屋を出て行く。
私は紅茶を一口すすって、カップを机の上に置く。
ふんわりと香る甘い匂い。
カミラも私も今の報告を聞いての動揺はない。
「第三王子にしては意外に早かったわね。
もう少しうだうだ考えていると思ったけど」
「はい。彼らはそれ程焦っているのでしょう。
時間も待たずに、交渉もせずに暗殺者を送り込んできたのですから」
「全く物騒ですわね、第三王子は。問題を武力で解決しようなんて。
あまり辛抱強くない方なのですね」
「第三王子様が忍耐強い方であれば、今回の様な事態には陥っていないでしょう」
それもそうね。
もし第三王子が慎重な方であれば、色々異なっていたでしょうから。
それにアダムでさえ今頃は死刑を待つ日々ではなかったかもしれないのだから。
「この計画が上手く行けば、アダムも助かりますからね」
私の言葉にカミラは複雑な表情をする。
「どうしたのですか?カミラ」
「はい。その・・・一つ気がかりがありまして」
「何ですか?今の時点で不安な言ってくれても構いませんよ。
少しのミスも命取りになるでしょうから」
「いいえ、今夜の事ではないのです。
アダム様の事です」
「アダム?」
「はい。もし計画が成功すればアダム様が救われますが。
それは果たして良い事なのでしょうか?」
私が罠に嵌めてアダムを死刑に追い込んだ。
その彼を自由にする事で私に危害が及ばないか心配しているのだろう。
心配性のカミラだから。
「私は大丈夫よ。
それにアダムだって反省しているようでしたよ」
そうです。
今日、囚われている部屋で合った時、彼は懺悔し私に優しくしてくれた。
「ですがアナスタシア様。
前にも申し上げましたが、アダム様を信用されない方がよろしいかと」
「完全に信用はしていませんよ。
でも、もし彼が私のおかげで自由になったらどうでしょうか?」
「民衆はアナスタシア様の事を称えるかと思います。
夫を死刑から救った女性として」
「そうですよ、カミラ。
私は夫も無実を訴え、そして最後には救ったのです。
他の方にはそううつるはずです。
アダムもこんな良妻に感謝をしないわけにはいかないでしょう」
「それはそうかもしれませんが・・・」
「カミラ、今は目の前の事に集中しましょう。
アダムの事は今夜が無事に過ぎ去ってから考えればいいわ。
彼が自由になっても直ぐに何かできるわけではないでしょうから」
「分かりました」
カミラは引き下がる。
私は話題を変えるために先程の話に戻す。
現在進行中の計画に。
「今回の暗殺者はどうなのでしょうね?
前回の人たちは少々人選に疑問を持ちましたが」
「第三王子側も力を入れているはずですので、盗賊崩れではないでしょう。
ですが問題ありません。
彼らはこちらの狙いを分かってはいないでしょうから」
「そうですね。
もし分かっていれば、そもそも襲撃などしてこないでしょうからね」
「はい。アナスタシア様。彼らは完全に間違っております」
するとカミラが私の机の前に視線を止め。
「アナスタシア様。
紅茶が冷めてしまったようなので取り替えます」
さっとカップを取り、暖かい紅茶を入れ直す。
私は再び白いふわふわの湯気を放つカップを手に取り。
紅茶をゆっくりと口に含む。
飲む度に心が癒される。
美味しい。
私は紅茶を飲みながら心を落ち着ける。
これから、第三王子の暗殺者達がしっかりと仕事をこなすのを確認しなければなりませんので。




