32話 3日目 【母】審問前の待合所
【マリアンヌ視点】
今日は息子の審問の日です。
昨日ユヌス教団の司祭様から伝えられていましたが、朝一で王城からも使いが来ました。
間違いないようです。
今回の審問は、第三王女殺害事件について把握するにはもってこいの日です。
ですが、そんな悠長な事を言ってられないのかもしれません。
最悪今日で結論がでてしまう場合もあります。
そう、息子が死刑になってしまうのかもしれないのです。
その事だけが気がかりでした。
私は息子が捕まってから多くの貴族の方に会いましたが、反応があまりよくありませんでした。
皆、私の事は心配してくれますが、公に味方はしてくれません。
私は審問でも息子の無実を訴えるつもりですが。
無実を訴える証拠が圧倒的に足りないのです。
でも、昨日息子の妻に会いに行くと、彼女は私を迎え入れてくれて「一緒にアダムを救いましょう」と手を握ってくれました。
私も「ええ、一緒に」と返しましたし、彼女が一番の味方です。
彼女は先日の私の無礼を許してくれましたし。
やはり息子が選んだ人は素晴らしい人でした。
私が一方的に嫌っていたのが間違いでした。
夫を支えるのが妻なのですから。
これから私は王城へ向かいます。
私に何かできるか分かりませんが、息子の妻と一緒に息子を応援するつもりです。
◇
王城へつくと、アナスタシアと会うことができました。
いつも通り傍にはメイドのカミラが控えています。
忠実な者のようです。彼女はいつも影の様にアナスタタシアに付き添っています。
メイドの鏡ですね。
カミラを見ていると、私もメイドを持とうかと思ってくるぐらいです。
アナスタシアは私の姿をとらえると、さっとこちらに近寄ってきました。
香水の匂いをさせ、瞳を震わせ不安げな表情です。
「お母様ー!まさかこんなに早く審問になろうとは。
私、私、心配で仕方がありませんでしたわ。
アダムが一体どうなってしまうのかと、悪い考えばかりが浮かんでくるのです」
「私もですよ、アナスタシア。
でも、一緒にがんばりましょうね。息子の疑惑を晴らしましょう」
「はい。お母様、勿論ですわ。
アダムを救いましょう。私達の大事なアダムですもの。
彼にふさわしい結末を望みませんと」
「そうよ。アナスタシア。
アダムのためにもね。私達が力をあわせればきっと救えるわ」
今にも泣きそうなアナスタシアが私の手を握ると。
「はい。一緒にアダムを助けましょうね。必ず救えますわ」
「そうね、その通りよ」
私はアナスタシアと励まし合うと、不安な心が消えていきました。
お互いにエールを送りあい、共感して心を一つにするのです。
やはり良い子なのです。アナスタシアは。
彼女のためにも息子を救わなければなりません。
アナスタシアと話してから数分後、意外な人物を見つけます。
それはユヌス教団のブラッドリー司祭の姿。
5人程信者を引き連れています。
彼らが王城に入れたことに私はちょっと驚いていました。
ここにきて完全に彼らのことを頭の中から除外していたのです。
まさか、王城の中で彼らに会うとは思っていませんでした。
それぐらい場違いに思えたのです。
司祭は私に気づくと、微笑んで近寄ってきます。
「マリアンヌ夫人。お元気そうで何よりです」
「ブラッドリー司祭も、そのようで」
私は彼がいることの驚きを隠せずに、司祭をまじまじと見てしまいます。
すると彼が私の視線に気づいたように。
「私がこの場にいる事に驚いている様ですね」
「いいえ、そんな事・・・」
「いえいえ、無理もありません。他の多くの方も同じ様な反応をしていましたから。
でも何も不思議なことではないんです。
私達は一応王城の許可は得て布教活動をしていますからね。繋がりはあるのです。
何も無ければ王都で宗教活動はできませんから」
そうなのですか。
てっきり無許可でやっているのかと思っていました。
でも、考えてみればそれはあたり前のことかもしれません。
一定以上の人数が集まった集団を、王城が放っておくわけはないでしょうから。
そう納得していますと。
「アダム伯爵の無実は私達も祈っておりますよ。
では、あまり話すとここでは注目を浴びるようですので、これにて」
「ええ、それでは」
すぐにユヌス教団は私の元から去って行きました。
ですが司祭の言葉で気づくと、回りの人々が私の事をじろじろと見ていました。
しまった!と思いました。
衆人環視の中、それも王城の中で怪しげな宗教団体の方と話してしまうなんて。
これでは彼らとの関係を宣伝しているのも同じです。
怪しげな宗教団体と思われているユヌス教団と関係していると疑われれば。
あまり良い印象をもたれないかもしれないのに。
私は自分の軽率さに恥じるとともに。
司祭もそれなら話しかけてこなければいいのにと。
相手に対して理不尽な想いを抱いてしまいます。
ユヌス教団とアナスタシアがすれ違うと、彼らの間には妙な緊張感が生じたような気もしました。
私の気のせいでしょうか?
そんな事を考えていると、アナスタシアのお父様であるクリント・デ・マドリード侯爵を発見。
彼も同時に私を見つけたようで、何故か一瞬罰の悪そうな顔をした後。
笑顔でこちらに向かってきます。
「マリアンヌ夫人。ご無沙汰しております。
今回は息子さんが大変な目に合ってさぞお辛いでしょう。
心からお悔やみを申し上げます」
良い人そうな顔のクリント侯爵は、私に礼儀正しく謝罪する。
「はい。でもまだ何か決まったわけでもありません。
私は息子の無実を信じておりますので。
それに娘さん、アナスタシアさんも協力してくれていまして、とても心強いのです」
一瞬、ぴくっとクリント侯爵の目が動いた。
「そうですか。アナスタシアが、ですか・・・」
「はい、良い娘さんをお持ちで。
きっと、ご両親が育て方が素晴らしかったからでしょう。
それで・・・」
私はクリント侯爵の妻であるマーガレットの姿が見えないのに気づきました。
彼女は温和な性格で私ととてもウマが合うのです。
まるで親友のようです。
彼女と話していると年甲斐もなく楽しいですし・・・
きっと今回の事件では私の力になってくれると思っていたのですが。
クリント侯爵は私の意図を察したのでしょうか。
「妻は体調を崩しておりまして、是非ともここに来たかったのですが、家で大事にしております。
マリアンヌ夫人の事も、息子さんの事も、それそれは心配しておりまして。
夫人に合ったらよろしく伝えてほしいと」
私は彼女に会えないことに気落ちしました。
同じ子を持つ親として、今の気持ちを共有できると思ったのです。
「そうですか。それは災難で。ゆっくりと静養なさってください」
「はい。お気持ちありがとうございます。
必ず伝えておきます。
それでは、心苦しいのですが他の者にも挨拶しなければなりませんので」
「すいません。お引止めして」
「いえいえ。それでは」
クリント侯爵は去っていきました。
私はそれからも幾人かの知り合いと話し、審問が始まるのを待ちました。
すると、特別審問上の扉が開かれ。
一人の役人がでてきました。
その男ははっと大きく息を吸ってから。
「ただいまより、入場を開始します。
入場には順番がありますので、こちらの指示をよくお聞きください。
では、まずはアダム伯爵夫人の妻であられます、アナスタシア伯爵夫人様、こちらへ」
役人がそう告げると、名前を呼ばれたアナスタシアがメイドのカミラをつれて中へ。
多くの人の視線を浴び、群集を掻き分けるように進んでいきます。
しかし彼女は周りの視線を浴びても全く意に介していないようでした。
きっとこういう場面に慣れているのでしょう。
侯爵令嬢であり、伯爵夫人なのですから。
私はアナスタシアの姿に感心しながらも。
自分の名前が呼ばれるのを待ち、その後中へ入りました。
とうとう審問が始まったのです。
息子の運命が決まるのです。




