30話 2日目:夜 【夫】セレステと夜
【アダム視点】
王城に捕らえられて二日目の夜。
アダム伯爵は部屋の窓から外の景色を見ていた。
窓には鉄格子がついており、顔を出すことは出来ない。
脱出防止用なのだろう。
腕を出し入れできる程の隙間はあるので手を出してみるが。
風があたるのみで、その他には意味が無い。
脳裏に「どうにかしたらこの部屋から抜け出させるかもしれない」っと浮かんだが。
すぐにその考えを追い払った。
今この状況で逃げだせば自分が犯人だと言っているものだから。
そんな事をしても自分のためにならないと。
なので僕はただ外を眺める目的で外を見ていたのだ。
思えば、久しぶりにゆっくっりと星空を見た気がする。
こんな機会でもなければこうはしなかっただろう。
この部屋の中ではやる事がないし、動くものさえ無いのだ。
そのため動きがある空をついつい見てしまう。
昼間はよく雲の動きが見えたけど、夜の闇の中ではほとんど見えない。
夜になった今では、集中して探らなければならない。
そうしないと雲が見えないのだから。
空を見ていると、ついつい事件の事を考えてしまう。
頭に浮かぶのはセレステの事。
彼女とは夜抜け出して会うことも多かったので、こうして夜空を見ていると思い出す。
確か・・・
一緒に夜空を見たこともあったはずだ。
そうして僕は過去の出来事を思い出す。
あの時の思い出を。
◇
その日。
セレステはいつもの様に城を抜け出してきた。
彼女が抜け出してくるたびに、王城の警備はどうなっているのだろう?
緩んでいるのではないだろうか?
こんな事で大丈夫なのだろうか?
それとなく注意した方がいいのではないか?と思ったけど。
そのお陰でセレステに会えているので、僕は王城の怠慢に嬉しさも感じていた。
王都の噴水広場で彼女と合流すると、僕は抱きしめた。
星空の下で見る彼女はいつにもまして美しかったし。
金色の髪は艶やかに夜空を反射していた。
「セレステ、今夜も奇麗だね。毎回会うたびにそう思うよ。
会うごとに奇麗になっている君を見ていると。
最後には星になって消えてしまうんじゃないかと不安になるぐらいだよ」
気づくとそんな事を口走っていた。
彼女は何がおかしいのか、口元を緩めて笑っていた。
「もうー、そんな恥ずかしいこと言わないで下さい。
思わず笑ってしまいます。でも・・・嬉しいですよ」
「笑うことないだろ。本当にそう思っているんだ。
事実だからしょうがないだろ。
セレステは今夜一番美しい人だよ。
君なら何度も言われなれているかもしれないけど」
セレステは、僅かに目を見開き口をあける。
「アダムったら、私をどんな女だと思っているのですか。
そんな事ありませんよ。
確かに私は王族ですから、お世辞には慣れていますけど。
それらの言葉は言葉であって空気みたいなものです。
アダムもご婦人方には言ってらっしゃるのでしょ?」
僕は痛いところをつかれたと思いながら。
「礼儀としてはね。
ご夫人方の顰蹙を買うと色々怖いからね。
村八文にされたら適わないから、言葉に適さない相手にもとりあえず言っているよ。
褒めるのはタダだからね」
「まぁ!お優しいことで。
随分慈善家ですこと。私に投げかけてくださった言葉も嘘なのですか?
そうなのですか?」
セレステはツーンと唇を尖らす。
怒っているフリをしながらも、チラチラとこちらを伺っている。
(可愛い子だ。彼女はどうしても僕につっかからないとすまないらしい)
「セレステ、君への言葉は本物だよ。
君だけに向けたものだし、そこに嘘は一欠けらも無いよ。
そう、一度だってね」
彼女は口元を緩めると。
「それなら許します」
王女様らしく、きっぱりと言い放つ。
彼女は立っているのが疲れたのか、ポツポツと噴水の周りを歩く。
付近にある石垣に腰を降ろした。
僕も隣に座る。
辺りには噴水の水音が響く。
「それよりセレステ、いつも上手く城を抜けてくるんだね。
僕は時々心配になるんだ。君がいつ捕まるんじゃないかって」
「それは大丈夫ですよ。
私、こうみえても運動は得意なんですよ」
彼女は、腕をまくって力コブポーズをとる。
腕力がある事を示したいのかもしれないけど、その姿とポーズが妙な可愛らしさを生む。
「そういえば、舞踏会での踊りは上手だったね」
「はい。何度も練習しましたから。指導の先生がちょっと厳しかったのです」
「へぇー、よく成果が出ていたよ」
「そうですか。頑張ったかいがありました。でも、会場では踊ってくれませんでしたね」
彼女は目線を下げて悲しそうな顔をする。
「ごめんよ。さすがに妻のいる前では踊れないよ」
「分かっていますわ、こうして会えるだけで嬉しいですもの」
セレステが肩を寄せてくる。
「それに先程の城抜けの件ですけど、私はちゃんとしてるんですから。
上手くやっています。
ほら、私のメイドのコレットをご存知でしょ」
僕は思い出す。
彼女の傍にいつもいる、ちょっと背が小さな子を。
「あぁ、勿論」
「彼女が上手くやってくれているのですよ。
でも、それはアダムも同じですよね。
アナスタシア夫人がいるのに、夜抜け出して来ているのでしょう?」
僕は妻の事を考える。
彼女は僕の行動に積極的に介入はしない。
時々小言の様なことを言う事はあるけど、それだけだ。
「何、妻は気づいていないさ。
適当に理由をつけて話しといたから。
最近、僕は飲み仲間が出来たことになっていてね。
妻は今頃、僕がどこかの貴族と晩酌でもしてると信じているさ」
セレステは僕の顔を見て、子悪魔的な表情で笑う。
「あら、悪い人ですね。奥様が可哀想ではありませんか?」
彼女がふざけて聞いているのか、本気で聞いているのか分からない。
半分半分といった感じだろうか。
「セレステ、今僕にあっている君がそういうのかい?」
「それとこれとは別ですよ。もし、私が奥様の立場だったら嫌ですもの」
彼女はそういいながらも、僕の肩に頭を乗せ手を背中に回す。
まるで寂しいかのように、妻の寂しさを代弁するかのように僕に触れる。
「妻の事は気にしなくていいよ。
それに妻とはもう冷めているんだ。
お互いにね。離婚していないのは家族関係のためだけだよ。
愛とは全く関係ないものなんだ。
だからね、セレステ、君の方が大事なんだ。君だけが大事だ」
彼女は頬をゆるます。
妻より大事と言われて嬉しいのかもしれない。
「分かっています。
でも、中々別れてくださりませんから。
私、少し心配なのです」
「大丈夫だよ。
ちゃんと時間が経てば一緒になれるから。
妻と別れて君と人生を歩みたいんだ。
大好きな君とね」
「私もですよ。アダム」
「僕もだよ。セレステ」
そうしてイチャイチャしながら、たわいのない話を続けた。
楽しい時間は、瞬く間に過ぎていった。
帰り際。
僕はセレステに手紙を渡した。
それは恋文だ。
彼女への思いをつづったもの。
僕達の関係は秘密にしなければならない。
隠れて会う日々のため、そんなに多くの時間一緒にはいられない。
そのためついついセレステの事を考えてしまう。
その思いを昇華するために、彼女への愛を言葉にしたのだ。
セレステは手紙を受け取ると。
「まぁ!嬉しいですわ。後で読ませて頂きますわ。
すぐにお返事を渡しますね」
飛び上がらんばかりに嬉しそうにしながらも、大事そうに手紙をしまう。
「あぁ、僕の心はそれ程強度が無いからね。
今は読まないで欲しい。
それと手紙についてはいつも言っているけど・・・」
「分かっていますわ。誰にも見つからない宝箱に隠していますの。
もう、あなたからの手紙で一杯ですわ。
もう一箱用意しなければなりません」
「そうかい、でも、今夜ももう時間だね。月が頭上に来たみたいだから」
「はい。ですが、別れたくありません」
「僕もだよ。
ここから離れて妻のいる牢獄に帰るのは。
僕にとって天国から地獄に落ちるようなものだから」
「私もですわ。早く一緒に過ごせるようになりましょうね」
「あぁ、きっとそうなるよ」
「私もそう思います」
それからセレステと別れた。
彼女がいなくなると忽ち喪失感に襲われた。
一瞬で幸福な気持ちが霧散していき、心に寂しい風が吹くのだ。
僕はその心を冷ますために、夜空をぼーっとみていた。
何も考えずに星を観察していると心が落ちついてくるのだ。
僕の精神安定方法だ。
暫く天体観測した後。
僕はアナが待っている家に向かって歩き出した。
これから妻がいる家に帰らなければいけないと思うと億劫になった。
一歩一歩暗闇に歩いていく感じだ。
別に妻のことが嫌いなわけじゃ。
でも、今は会いたくなかったのだ。
セレステとの充実した時間を汚したくなかった。
そう思いながらも足は動かし続けた。
もし、妻に何か聞かれた場合の言い訳、架空の飲み仲間との話を考えながら。
後日、王城でセレステのメイド、コレットに会った際、手紙の返事を貰った。
◇
セレステ・・・
思い出すたびに彼女が僕の中で美化していくのかもしれない。
もう死んでしまったのでこんな事はやめようと思っているのに。
僕は囚われた個室の中で夜空を見ながらそんな事を考えていた。
今日も星は輝いていた。
僕は窓から入ってくる月明かりの下で、妻から貰ったクッキーを取り出す。
それを食べていると、昨日ここを訪れてくれた妻を思い出す。
彼女から感じた愛情を再度心の中で感じ、妻の愛情を再確認する。
もうセレステはいないのだ。
それにセレステとは恋仲ではあったけど、それは妻とは違う。
セレステと付き合いながらも、僕はずっと妻を愛していたし今もそうなのだから。
妻こそが、僕にとって一番大事な人なのだから。
僕は妻を愛しているのだから。
次回。運命の三日目に突入です。




