第42話
私は璃子からかかって来た電話を切って走り出した。
ヤバいな。手遅れになる前に見つけないと!
実は璃子達の居場所はすでに見当がついている。さっきの音はおそらく視聴覚室にあったパイプイスを床に叩きつける音。その音が耳に入った。
璃子からの電話の内容の話から察するに、璃子に襲いかかった元カノさんの攻撃を伊集院が身を挺して守り──違う。それだと矛盾だ。伊集院は元カノさんが襲撃する前、すでに誰かに襲撃されていたと私は考えた。つまり──
「犯人は2人か……」
手を組んでいる可能性は低い。なぜなら一人目の犯人が伊集院だけをやって璃子をやらないのは不自然だ。つまり2人の犯人は全く別の目的を持って行動していると考えて間違いないだろう。そして伊集院がやられたということは予測できない相手──『悪意』によって歪んだ人間ということになる。
「ギャアアアア!!」
突然の絶叫に私は一緒驚いた。
「なんだ? グラウンドの方か」
グラウンドといえば今日は男子サッカー部が練習していたはずだが……。
演劇部以外を襲っているということは伊集院を襲った相手とみて間違いないだろう。
璃子も心配だが……だからといって伊集院を襲った相手を見過ごすわけにもいかない。
「もしかしたらサッカー部が璃子をかばって──ということもありえるしな」
私はグラウンドに足を向けて走った。
ひどい有り様だな。
私がグラウンドに来るとサッカー部員とそのマネージャーと思われる女子数名が倒れていた。
私はサッカー部の知り合いである滝沢月見の双子の弟だか兄の月読を見付けて駆け寄った。
「おい! 滝沢! 大丈夫か?」
駄目だ。完全に気絶している。
どうやら伊集院を襲った相手は元カノさんと違い無差別に襲撃しているらしい。
それにしてもこの人数を相手によく……。こいつら弱いのか、相手が強いのか……。
「キャーーーー!」
何? 次は体育館だと?!
「誰か助けてーー!」
立て続けに叫び声。しかも今度は神代の声だ。
「くっ! あいつも巻き込まれたのか!」
神代は元々怪我人だ。それがさらに暴行を加えられたら──
「マジで死ぬかも……」
私は神代の元に駆けた。
****
俺は学校の妙な雰囲気を察知して、近場にあった廊下の掃除用具のロッカーの中に隠れた。
突然、視聴覚室の方からの阿鼻叫喚の悲鳴が俺の耳を刺した。そして悪い予感のする静寂が訪れた。
その数分後のこと。再びグラウンドから悲鳴が聞こえている。
一体何が起こってるんだ? あの悲鳴はただ事じゃない。
今まで聞こえた悲鳴は怯えた悲鳴のそれだった。
やがてグラウンドから聞こえる悲鳴が止んだ。その悲鳴の止み方は自然に収まったものではなく、正に誰かが止めたようだった。
出るか?
俺は外の様子を見てみようと少しだけ扉を開けた。
すると突然、ロッカーの扉が勢い良く開いた。
「え?」
扉を開いたのは、いかにもガリ勉で真面目そうな感じの男子だった。言っちゃん難だけど陰湿な感じだ。
「え~と……どちら様?」
男子は冷めた目で俺を見るといきなり俺の顔面を殴った。
拳の当たった勢いで頭をロッカーの壁にぶつける。
「殴られたくなければ出て来てください」
そう言いながら男子はロッカーから離れた。
俺は恐くなり急いでロッカーから出た。そして男子は言う。
「君は臆病ですね。僕が恐くて僕に従う。君は今、僕が離れ時にロッカーのドアを閉めることが出来ました。しかし、そうしなかった。それは君が僕に怯えたからです。だから君は僕より弱者です」
男子は一歩俺に近く。俺は後ろに一歩遠ざかる。
「この世は弱肉強食です。強い肉食動物は草食動物はおろか強い肉食動物すら食べます。人間も同じです。強い人間は弱い人間を支配し、弱い人間は強い人間に従う。そう! 今の僕と君の関係です! 強者と弱者の関係です」
男子はまた一歩近く。
「逃げないでください」
俺は一歩下がろうとするがそれを止めてしまう。
「やはり君は弱者です。僕の言葉一つで従ってしまいます」
男子は一歩近く。
「進化というのをご存知ですか? モンスターゲームの進化などではなく、現実の進化です。いえ、この場合は蟲毒と言った方がわかりやすいですね。毒を持つあらゆる生物を壺の中に閉じ込め、その中で殺し合いをさせて最強の毒を持つ生物を作り出す呪術です」
男子はさらに一歩近く。
「僕はこの世界を蟲毒の世界だと思っています。つまり強者が弱者を潰す世界。蟲毒と似ていると思いませんか?」
後一歩で完全に男子のテリトリーだ。
「そして今この学校で起こっている事は正にその状況だと思いませんか?」
男子が一歩近くと再び俺の顔面を思いっきり殴る。俺はよろめいて尻餅を付き、あまりの痛みに顔を手で押さえた。
「軟弱ですね」
男子はさらに俺の側頭部に回し蹴りをした。俺はその勢いで吹っ飛び倒れた。幸か不幸か意識は飛んでない。
「僕はまずこの学校という壺の中で最強になります。この学校には羅刹女とか呼ばれるこの学校で最強の女子がいるそうじゃないですか。君は羅刹女が誰だか知っていますか?」
僕は怯えて思わず答えてしまう。
「高田鏡華──1年2組の高田さんだよ!」
男子は少し驚いた様子で言う。
「1年生──下級生ですか。てっきり3年生だと思ってたんですが……。なるほど……」
男子は陰湿な感じの笑みを浮かべて続ける。
「ただの1年生ですか。ならば何も問題ありません。君、羅刹女は今日学校に来てるのですか?」
「来てるよ」
「そうですか。それじゃ早速倒しに行きますか」
男子は体を翻し歩き出す。おそらく高田さんを探しに行くのだろう。
高田さんは強い。こんな男よりも強い。
でも。
もし本当に高田さんが負けちゃったら? 中学になってから高田さんはほとんど喧嘩をしない。それはもしかして病気とか怪我で前より体が動かなくなったからかもしれない。
でも。
高田さんはさっき俺を助けてくれた。その強さは衰えていなかった。
でも。
高田さんはそれじゃ一生俺に振り向かない。
勇気を見せろ。もしかしたら高田さんは俺に期待しているのかもしれない。
俺は立ち上がり歩く男子を追いかけた。
「待てよ」
俺の言葉に男子はすぐに振り向いた。俺はその顔に拳を叩き込んだ。男子はよろめいて、驚いている。
「お前は差し違えてでも止める」
****
「北乃奏か?」
「誰かわからないけどノックもなしに部屋に入るなんて失礼じゃないかしら。オカルト部に何か用かしら?」
「北乃奏……お前は悪だ。だからここで裁く」
****
私が神代のいるであろう場所に着くと神代がボロボロで倒れていた。
私は駆け寄り言う。
「神代大丈夫か?!」
「高田さん?」
「そうだ。高田だ。一体何があった?」
「いきなり変な男子に襲われて……ごめんなさい高田さん」
神代が急に泣き出し、私は困惑する。
「お、おい泣くな! いきなりどうした?」
涙を流して神代がまるで懺悔するように言う。
「俺が臆病だから……高田さんのことを尋ねられて……恐くて答えたんだ」
「今はそんなことより自分の体の事を心配しろ」
ますます泣き出す始末だ。というより私が言葉を発する度に泣くのが激しくなる。
「単刀直入に言うが、あんたを襲った奴ってどんな奴だ?」
泣くのをやめるのを待っていたらきりがない。
「弱肉強食とか……蟲毒とか……よく……わからないこと言ってる男だった」
神代は腕で顔を隠し声を押し殺して泣いている。
「とりあえずあんたは隠れてろ」
さすがにこれ以上暴行を受けたら本当に死ぬ。
私は神代をお姫様抱っこした。男子にしては軽かった。
近くにあった掃除用具の入ったロッカーまで歩いて行き、その中に神代を入れた。
「とりあえずこの中に入ってろ。廊下にいるより安全だろう」
私はロッカーの扉を閉めた。
ちょっとほこり臭いかもしれないから神代には申し訳ないと思う。しかし、私も璃子の安全を一刻も早く確保しなくてはいけないし、運が悪いことに犯人2人に目を付けられた伊集院も心配だ。
そして突然ある考えに至った。
北乃先輩だ。あの人は今日学校に来ているのだろうか? 協力を頼みたい。コンビの片割れが襲われたんだ。見過ごさないだろう。まさかすでに襲われたなんてことはないか?
私は携帯の電話帳から北乃先輩の電話番号を引っ張り出し、電話をかけようとした。すると、要望の人物から電話がかかって来た。
私は通話ボタンを押して携帯を耳に当てた。
「もしもし。北乃先輩?」
『高田さん? ──っ! ごめん。やられたわ』
どうやら悪い予想は的中したらしい。電話越しに、痛みに耐える声が聞こえた。
私は北乃先輩が犯人が2人いるのを前提で話を進める。
「犯人はどっちですか?」
『高田さん……悪いけど犯人はどっちでもないわ』
私の頭の中に疑問符が一瞬だけ乱舞し、ある結論に至った。
「犯人は3人とか?」
『3人どころじゃないわ。6人よ』
聞き間違いだろうか? 予想した人数の倍の数値が聞こえた。
『私を襲ったのは伊集院風麿を最初に襲った方よ』
どうやら6人というのは本当らしい。
どんな奴らか知らないがさすがに多い。
集まっているなら別にいいが、たぶんそいつらはお互い味方同士というわけでも同じ目的を持っているわけでもないだろう。私的には喧嘩するうえで6人は少ない。しかし、バラバラに動いているとなると手間と時間がかかる。仮に璃子が元カノさんを撒いても他の奴らに遭遇して襲われないとも限らない。むしろ動き回っているなら遭遇率が上がる。
『高田さん、今から私があなたに現状を説明するわ。よく聞いて』
私は肯定の意を無言で返し北乃先輩に続きを促す。
『今さっき言った通り敵は6人。演劇部を襲った女、伊集院風麿と私を襲った男、サッカー部を襲った男、バレーボール部を襲った男、後はこれから誰かを襲う男と女の2人。この6人は『悪意』によって思考が歪んだ人達よ』
なるほど、『悪意』によって歪んだ人格というわけか。
『それぞれ歪んだ思考は愛、善、強さ、自己否定、優先度、抑圧。あなたの敵は善以外すべてよ』
ほとんど敵じゃないか。
『特に強さの人はあなたを探してる。一条璃子はあなたのいる校舎の3階ね。どうやら愛の人を撒いて隠れてるみたい。だけど強さの人が近くにいるみたいね』
「善は璃子を襲うのか?」
『いえ、むしろ善の人に関してはあなたと一条璃子は安全よ』
「わかりました。とりあえず璃子の安全を確保したら──」
『見つけた~。き~た~の~さ~ん、遊ぼうよ~』
身震いした。
電話越しに微かに聞こえるのは北乃先輩の声ではない、別の女子の声。そして北乃先輩の怯えた息遣い。
電話越しから人を蹴る音が聞こえ、北乃先輩の息が一瞬止まる音が聞こえた。
「北乃先輩! 北乃先輩!」
『ん~。誰かな~?』
女子の声が鮮明に聞こえた。北乃先輩の携帯を手に取ったらしい。
「あんたこそ誰だ? 北乃先輩に何をした?」
『ただ蹴っただけだよ~』
「何で蹴った?」
『私って、ものを壊すのが大好きなんだ~。ずっと人を壊してみたいと思ってたんだ~。北乃さんはその第一号で~す』
なんかムカつく奴だ。
しかし、話の通じる奴じゃなさそうだな。どんな変わり者の天才や傲慢な超能力者よりこういう人格破綻者が一番面倒だ。
『君の名前は~?』
「…………高田鏡華だ」
『ふ~ん。どこにいるの~?』
「南校舎の一階だ」
『あははは。ちょっとそこで待っててよ~。遊んで上げるからさ~』
女子が言い終えると、携帯を床に投げたのか私の耳に鋭い音が響いた。
どうやら女子は私に目を付けたらしい。
「神代、絶対に開けるなよ」
私はロッカーの中の神代に忠告して、璃子を探すために走り出した。




