祈願迷走
「…………」
俺、今日……何を祈るんだ?
「…………」
石段を上りながら考える。
就職祈願は、もう必要ない。
「…………」
でも。
ここまで来て、何も祈らず帰るのも……。
「…………」
いや。
あるだろ。
就職以外にも。
「…………」
拝殿の前に立つ。
二礼二拍手。
「…………」
目を閉じる。
「…………」
何か……。
「…………」
健康。
そうだ。
健康は大事だ。
「…………」
「今日も一日、健康に過ごせますように」
「…………」
「健康祈願ですか?」
「っ!?」
振り返る。
「水瀬さん……」
「おはようございます」
「……おはようございます」
「…………」
「聞いてたんですか……?」
「しっかりと声に出てましたから」
「…………」
「就職祈願……もう必要ありませんよね……。」
「…………」
「俺だって、就職以外にも色々あるんです。色々……」
「…………」
「そう……ですか」
「はい」
「…………」
「色々あります」
「…………」
なんで二回言った、俺。
◇
その日の夕食時。
母と向かい合っていると、不意に声をかけられた。
「いろは」
「はい?」
「昨日、茶室使った?」
ぎくっ……。
み、見られた?
「え?」
「茶室」
「…………」
「あ、あぁ。確かに使いましたが……」
「やっぱり」
「…………」
やっぱり……見られた?
「何か……ありましたか?」
「水無月が減ってたから」
「…………」
なんだ、そこか……。
「誰かと一緒だったの?」
「…………」
「はい……」
「もしかして」
「…………」
「朝、よく来てる方?」
「……」
「…………」
「べ、別にそういう関係ではございません」
「…………」
「私、まだ何も言ってないけど?」
「…………」
しまった。
本当にこういう時、母親という生き物は厄介だ。
「就職が成就なさったとの事でしたので」
「彼の?」
「彼……あの方の、です。ですから、その……お祝いを。巫女として」
「二人で?」
「…………」
「お茶をお出ししただけです。巫女として」
「茶室で?」
「…………」
「茶室で、です。巫女として」
「そう」
「…………」
なんでしょう。
この「そう」は……。
「いろはも、大人になったのね」
「…………?」
「私はすでに成人しておりますが?」
「そういう意味じゃなくて……」
「…………?」
母は笑みを浮かべ、それ以上何も語らなかった。
◇
翌朝。
「…………」
拝殿の前に立つ。
昨日は、健康。
今日は……。
「…………」
二礼二拍手。
目を閉じる。
「…………」
何か……。
そうだ。
「今日も、いい天気になりますように」
「…………」
よし。
「…………」
「天気予報、晴れでしたよ?」
「っ!?」
「…………」
振り返る。
「水瀬さん!?」
「おはようございます」
「……おはようございます」
「…………えっ」
待て。
「水瀬さん、心の声聞けるんですか?」
「?」
「…………」
「いえ、しっかりと声に出されていたので」
「…………」
「えっ、また?」
「はい」
「…………」
嘘だろ。
「昨日も、声に出ていましたよ?」
「…………」
「そうでした」
「…………」
なんでこんな時だけ声に出るんだ、俺。
「色々、ありそうですね」
「…………」
「……まだまだありますよ」
「ふふっ」
◇
翌朝。
「…………」
拝殿の前に立つ。
「…………」
「今日は絶対に声に出さない」
二礼二拍手。
目を閉じる。
「…………」
心の中で。
心の中で祈れ。
「…………」
ん?
それより……。
今日の祈願はどうする。
「…………」
健康。
使った。
天気。
使った。
「…………」
まだまだありますよ。
「…………」
昨日の俺を殴りたい。
「…………」
何か……。
何かあるだろ。
「…………」
あ。
「今日の学食が、あまり混んでいませんように」
「…………」
よし。
「…………」
「空いてるといいですね、学食……」
「っ!?」
「…………」
ゆっくり振り返る。
「おはようございます」
まさか……。
「また……声に出てました?」
「はい」
「…………」
「しっかりと」
「…………」
なんでだ。
「ふふっ」
「…………」
いつからこんな癖が……。
◇
翌朝。
拝殿の前に立つ。
「…………」
ない。
「…………」
何も浮かばない。
「…………」
健康。
天気。
学食。
「…………」
もう、限界だ。
「…………」
あっ。
まだ、とっておきが……。
「よし」
二礼二拍手。
目を閉じる。
「…………」
「せ、世界が……平和でありますように?」
「…………」
これで一応、今日も願えたぞ。
「…………」
「ずいぶん大きくなりましたね」
「っ!?」
「…………」
振り返る。
「おはようございます」
「…………」
「……おはようございます」
「…………」
「今日は、世界平和ですか?」
「…………」
「常日頃、悲しいニュースを見て心を痛めてたんです」
「私より思想が巫女向けですね」
「…………」
「ふふっ」
「…………」
そろそろバカにしてきてる……。
「あっ……良いご縁がありますように」
「…………」
これはバカにしてる……。
◇
恋愛経験ゼロ。
妄想の中では恋愛無双。
どんなに変な理由であっても。
毎日、顔が見られる。
それが――
ただ……嬉しい。




