エピローグ 二度と咲かない桜
時刻は午後一時。
「ふ~、やっとあの大穴塞げたよ」
オヤジのこの声で、全ての『人類救出大作戦』が成功に終わったことを告げた。シュウはタイタン消滅では無罪だな。高みの見物とさせてもらった。
「それにしてもシュウのチャボ特攻は凄かったな。あそこまで考えて宇宙服を着ていたとは、さすがリーダーだ」
オヤジは本気でそう思っていたようだった。シュウは自分がリーダーであることすら忘れていた。
「備えあれば憂いなしってところだ」
シュウは照れくさく言ったが、正直言ってあの伝説の『若軍鶏号』よりオンボロ『老チャボ号』の方が、活躍したことに軽くダメージを受けていた。
「その諺知ってる。いくら備えておいても、潤いは得られないってことでしょう?」
ナミ違うぞ、憂いだ憂い、潤いではない。が、とりあえずこいつは放っておこう。
「しかし、タイタン潰してしまったなー。まあ後は地球に戻ってから、秋元さんにも協力してもらって、今回のことを報告するしかないな」
シュウの意見にみんなは賛成してくれた。
シュウは望遠鏡の映像が、一万年を境にニセ映像であったことも含めて、全てを報告しようと思っていた。秋元を証人として、地球政府の計画というより陰謀も全てだ。
もちろんあの移民船が戻って来てしまうと、そんなことはいきなり覆され、我々は極刑に処されてしまうだろう。その時は予定通り一妻多夫の地獄海賊になる覚悟も出来ていた。
とりあえず、シュウの母さん、ナミの父親、その他世話になった人達が無事なだけで我慢して生きていける。
しかし、どうしても気掛かりなことがあった。
「ところでオヤジ、宇宙の彼方に彗星飛ばしたって言っていたけど、どこに飛ばしたんだ?なんかメモを見ながら、出口の座標打ち込んでいたよな?」
シュウはあの時、オヤジの様子がおかしかったことに気付き、問いただした。GFⅢ内では、どうせシュウは何もすることがなく暇だったから、目ざとかったのだ。
「メモって、まさか大ちゃん、江部のメモか?」
秋元も驚いた様子でオヤジを見た。
「そうか、ばれていたか。シュウがこの船に乗ることは想定外だったからな。なら話はあいつが来たときに戻そう」
なんと、オヤジが江部のことを『あいつ』と呼んだ。ただごとで無い雰囲気だ。
「あいつは、ワープ航法に関して誰にも教えていないと言った。つまり天文学者の大津氏を殺害したのは間違いなくあいつだ。だがここまではまあ許そう」
殺人事件を許しちゃうあたりが、オヤジおかしいぞ。いかん鼻水垂れてきた。
「あいつは命を掛けて守るべきものが出来た、とか自慢げにほざいていた。だが私にもそれは既にあったのだよ。こう見えても私はその二人から『オヤジ』と呼ばれている男だ」
そんなに気に入っていたのか、このあだ名。相変わらず好みのわからんヤツだ。
「南極基地で、その二人を殺そうとしたことだけは、断じて許せなかった。あいつは私と秋元だけは仲間だと思っていたようだったが、私にとってあの瞬間、許し難い敵となったのだ。残念だがこの命を掛けてでも守らせてもらう」
お心遣いありがたいが、でもやばいだろう。シュウは鼻水を手で拭いたが、それは鼻血になっていた。
オヤジ、人は人を裁いてはいかんのだよ。法が裁くって言っても法が宇宙の彼方で散ってしまったのか・・・。どどど、どうしよう。
「このままだと、江部から敵視されていたシュウ君やナミちゃんが、また危険な目に遭うことになっていただろうしね。私としては正当防衛を認めよう」
秋元はにこやかにそう言った。オヤジとの付き合いが長いとは言え、なかなか容認出来ることじゃないだろうに。仮にも江部は秋元の命を救ってくれた人だぞ。ってかその家族もろともってのは、どう見ても過剰防衛すら成り立たないだろう。
「それともう一つ、大ちゃんの行為を認める理由があるんだよ」
秋元が簡単にオヤジの暴挙を認めたのは、確かにおかしいと思っていた。
「出口の制御方法を発見して、それを成功させたのは江部だった。私と大ちゃんはその設計方法だけを記憶して、研究室を離れた。その後その通りに作って気付いたのだが、計算が間違っていて『入口から入る質量』イコール『出口から出る質量』にはなっていないことが判明した。数パーセント分の出口が別の場所に発生してしまう欠点を見つけたんだよ。つまり入ったものは少し欠けた状態で出口から出て来るのだ。欠けた部分は、どこに発生するかわからない場所に飛んでしまう。しかもこれは距離によってその比率は大きくなるという致命的な欠陥だ。多少の距離なら数日もすれば再び再生するかもしれないが、連日に渡って何度も行ったり、二百三十万光年も一気に飛ぶとなると話は別だ。恐らくもう人格も記憶も失われてしまうだろう」
「そうか?最近どうりで俺は忘れっぽいと思っていたが、これが原因か?俺の脳細胞は徐々に失われて行っているのか?」
シュウはそう答えたが、秋元は首を左右に振った。
「いや違う。それを完全無欠にするのに、大ちゃんはその後も五年間研究室に残り、この研究を続けた。もちろん私も時間を見つけて手伝いに行ったよ。そしてついに完成させた。それから彼はシュウ君の元に現われたのだよ。もちろん江部にも連絡しておこうと思ったが、全く連絡が取れない状態だったのだ」
「すると、もし二百三十万光年先に飛んで、また戻って来たりしたら、頭がおかしくなって権力だけを持った者たちが、地球を支配することになるわけか?」
シュウは今でも狂っていると思っている権力者たちが、さらに狂ったりしたらどうなるのか、正直想像できなかった。
「そうなんだよ。生きているかどうかもわからない。生きていたとしても人格や記憶を維持しているとは到底思えない。恐らくうちらのことすら、覚えていないかもしれない。もうあの欠陥ワープの状態のまま、今日まで来てしまった段階で、彼らに未来はなかったんだよ」
なるほど、そういえばオヤジは以前「江部が老けた」とか言っていたなあ。シュウも、江部の極端に異なる左右の目の大きさも、なんか異常な感じがしていた。
恐らく本当は良い人だったと思う。江部という人。過去の住人として映像に出演したという行為も、思いやりからだろう。かなり危険な環境の中で、それを実行してくれたに違いない。その結果、我々は地球政府に追われることなく、残りわずかな期間、自由な時間を得ることが出来た。
江部の最大のミスは、研究過程において、オヤジや秋元を頼らなかったことだ。自分の発見を完璧なものだと信じて、勝手にわが道を歩み始めてしまった。欠陥があるとも知らずに。その結果、地球政府からのワープ要請は、全て江部が行うことになり、徐々に人格までも失われて行ってしまったのだろう。
シュウは本来の江部に出会ってみたくなった。地球に戻ったらオヤジに頼んで、三人の研究室時代の映像を、見に行かせてもらうことにしよう。きっと、そこで見た江部となら、仲間になれていたと思う。欠陥がなければ今、この船に江部も一緒に乗っていたような気がする。
画面にはQNRⅡの映像が映っていたが、ヘッドフォンを掛けて雑誌を読んでいたナミがそれを外し、通信してきた。
「なになに?何の話してるの?さっきオヤジさん、素敵な人が出来たとか言っていなかった?あたしその女の人に妬いちゃうなあ」
全く話を聞いていなかったみたいだ。再びヘッドフォンを掛けて何やら音楽を聴き出した。が、なんか嬉しそうに笑っている。
ん?あちらにはこっちの映像が映っているはずだ。そうだ、ナミは声なんか聞かなくても、こちらの会話の内容がわかるんだった。なるほど、これがナミなりの答えか?なら多数決でまたシュウの負けだな。
「あの船は軍隊の船だ。そして敵前逃亡をした。残された俺達は、援護無くその敵と戦ったものの、残念ながら倒すことは出来なかった。だが、かろうじて、遠方に追いやることに成功した。そして、その敵は今度は、逃げた方の連中を、追い掛け始めた。その後、どうなったかは逃げた連中次第であり、俺達の関与するところではない。ということで理解させてもらおう」
シュウもそう言って認めさせてもらった。
だが一つだけ条件がある。オヤジ、年齢差三十二歳プラス三親等の結婚できない関係だが、ナミのことをよろしく頼む。お前達の常識ならこの程度、誤差範囲だろう。それで今回のことは綺麗さっぱり忘れることにしよう。
しかし、シュウ達の犯した罪は、地球政府基地襲撃、ガニメデ破壊、タイタン破壊、三千人乗船中の船に彗星をプレゼント、ってどんな罰受けるのか、考えるのもきついなあ。
「なら、全員一致で可決だ。大ちゃん良かったな。これで無罪放免だ」
秋元はオヤジの肩を叩きながら笑っていた。全く気楽なやつらだ。
「ああ、寛大なところもシュウは父親にそっくりだな」
オヤジも笑っていた。
地球は救われた。しかし、アンドロメダ銀河へ逃げた江部たちの前には、冷酷な物理の法則が立ちはだかっていた。初期の設計図に基づいた長距離ワープは、情報を欠落させる。二百三十万光年の彼方に辿り着いた時、ノアに乗っていたエリートたちの脳からは、人格すらも消えていたことだろう。
日立の事務所。庭に埋められた、二度と咲くことのない枯れた桜の木の横に、新しい墓標が立った。
『老チャボ号。人類の明日を守り、ここに眠る』
「シュウ、また新しい仕事よ。歴史の謎解きじゃなくて、今の困った人を助ける仕事」
ナミの声に、シュウは頷いた。過去を目撃してきた彼らは、もう知っている。未来は、自分たちの手でいくらでも書き換えられるのだということを。




