第六十五話 執行官
俺は神代レン。普通の高校生――だった。
だがスキル《神核生成》によって、炎の擬神ソレイナ、自然の擬神ユシル、操りの擬神アヤネ、海洋の擬神フリートと出会い、俺の日常は大きく変わった。
そして今――。
俺たちはトランセンド・ラボの実験施設となっていた倉庫で、異形の怪物と対峙していた。
その最中。
現れた一人の男。
黒いロングコート。
銀色の髪。
そして片目だけが妖しく紫色に輝いている。
その男は、俺を見ながら言った。
「君が、“神核生成”の所有者か」
背筋に冷たいものが走る。
思わず声が漏れた。
「!?……なぜそれを?」
男は静かに笑った。
「当然だ。我々は君を調査している」
ソレイナが俺の前へ出る。
炎がさらに強まった。
「主様から離れなさい」
「おや、怖いな」
男はまるで動じていない。
その視線は、ソレイナ、ユシル、アヤネ、フリートへ順番に向けられていく。
「興味深い……実に興味深い存在だ」
ユシルがむっとした顔をする。
「じろじろ見ないで〜」
アヤネも静かに睨み返す。
「敵対対象と認識します」
フリートの周囲では水流が回転を始めていた。
「主さんに近づかないでください」
だが男は笑みを崩さない。
「安心したまえ。今すぐ殺すつもりはない」
「信用できるかよ」
俺が睨むと、男は少しだけ肩をすくめた。
「まあ、そうだろうな」
その時だった。
拘束されていた怪物が再び暴れ始める。
「ガァァァアアアアア!!」
岩が軋む。
アヤネが表情を険しくした。
「……拘束限界まであと数秒です」
ソレイナが剣を構える。
「主様、先にこの個体を排除します」
「待て」
銀髪の男が片手を上げた。
すると――。
怪物が突然動きを止めた。
「……え?」
フリートが目を見開く。
男の紫色の瞳が怪しく輝いていた。
「静まれ」
その一言。
直後。
怪物が膝をついた。
「ガ……ァ……」
ソレイナが目を細める。
「操った……?」
アヤネが静かに分析する。
「精神支配系統……いえ、違う。もっと強制力が強い」
男は小さく笑う。
「観察力が高いな、操りの擬神」
アヤネの瞳が揺れる。
「……私を知っているのですか」
「もちろんだ。君たち全員、ある程度は把握している」
その言葉に空気が凍った。
こいつらは、俺たちを調べている。
しかもかなり詳しく。
ユシルが珍しく警戒を露わにする。
「……やだねぇ〜」
ソレイナの炎が爆発的に膨れ上がった。
「主様への危険度を上方修正。ここで消します」
ゴォォォォッ!!
倉庫全体が紅蓮に染まる。
猛烈な熱風。
床が焼け、空気が歪む。
だが男は平然としていた。
「炎の出力も以前より上昇している。なるほど」
「貴様……!」
ソレイナが踏み込む。
《炎皇閃牙》!!
紅蓮の斬撃が一直線に走った。
轟音。
爆炎。
倉庫が揺れる。
しかし。
男の前に、黒い壁が現れる。
ドロリとした闇。
ソレイナの炎を飲み込み、消滅させた。
「っ!?」
「これは……」
フリートが息を呑む。
男は静かに呟く。
「異能《虚無侵蝕》」
その瞬間。
闇が広がった。
床。
壁。
炎。
全てを侵食していく。
ユシルが植物を展開する。
「《世界樹ノ苗床》〜〜!」
巨大な樹木が出現。
闇を押し返そうとする。
だが。
ジジジジ――。
植物が黒く染まり、崩れていった。
「うわ〜〜……食べられてる〜」
ユシルですら驚いている。
アヤネが即座に岩壁を展開。
「主様、防御します」
ゴゴゴゴゴ!!
岩壁が俺の前へ形成される。
だが闇はその岩すら侵食していく。
「まずい……!」
フリートが大量の水流を放った。
《深海隔壁》!
圧縮された海水が闇へぶつかる。
激しい蒸気。
衝撃。
しかし完全には止まらない。
男は淡々としていた。
「良い力だ。やはり通常異能とは別格か」
「お前、何者なんだよ……!」
男は俺を見た。
その紫色の瞳が怪しく揺れる。
「トランセンド・ラボ執行官。コードネーム――“ネメシス”」
ソレイナが舌打ちする。
「厄介ですね」
「だが安心したまえ。今日は観察だけだ」
「観察?」
「君たちの成長速度を確認したかった」
その時。
ネメシスの背後で、拘束されていた怪物が崩れ落ちた。
黒い粒子となって消えていく。
「実験体の回収も完了した」
フードの女が慌てて機材を回収し始める。
「撤収します!」
ソレイナが炎を強める。
「逃がしません!」
踏み込もうとした瞬間。
ネメシスの闇が爆発的に広がった。
視界が真っ黒に染まる。
「っ!?」
「主様!」
フリートの水流が俺を包む。
ユシルの植物が周囲を守る。
アヤネが岩壁を展開。
そして数秒後――。
闇が消えた。
そこにはもう、誰もいなかった。
静まり返る倉庫。
焼け焦げた床。
崩れた壁。
そして残された黒い侵食跡。
ソレイナが悔しそうに炎を消す。
「……逃しました」
ユシルが珍しく真面目な顔で呟く。
「やばいねぇ〜あれ」
アヤネも静かに頷く。
「危険度は過去最高です」
フリートが不安そうに俺を見る。
「主さん……」
俺は黒い侵食跡を見つめた。
トランセンド・ラボ。
そして執行官ネメシス。
あいつは確実に、俺たちを狙っている。
しかも――。
“神核生成”について、何かを知っている。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




