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10.華の国にも3年(3)

 「う、わ、わふーん。」


 ルーは、思わず、『うまい。』と言いそうになったところを、鳴き声っぽくして誤魔化した。ルーのお皿には、ウィンナーたっぷりの野菜スープが入っている。前足を倒しお尻を振り振り、おまけにしっぽを振り振りで、お皿にがっつくルーを横目に見ながら、ターニャは自身の皿のスープを一口食べた。ターニャの横でカイリはルーをにこにこと見つめている。


 「ルー、よかったねぇ。ういなーすきだもんねぇ。」


 そこで、ふと、ターニャは不思議に思った。カイリの前では、ルーには、さほどウィンナーを出したことはない。犬らしく振舞ってもらうため、カイリの前では、ルーから文句を言われたように犬用のご飯を出していたのだ。


 「カイリ、なんで、ルーがウィンナー好きだって思うの?」


 カイリもパクリとスープの中のウィンナーを食べると、美味しぃと言って、頬に手を当てる。そして、もぐもぐごっくんとしながら、ルーを見遣った。


 「だって、ルー、ぼくがねんねしてると、『ういなーくいていよぉ。』ってはなしてるよ。あと、『じゃがいもはきらい。』っていってた。」


 カイリの衝撃的な発言に、ターニャはぎらりとルーを見つめた。無言のターニャの圧力にルーのしっぽがぴたりと止まった。それでも、久しぶりのウィンナーを諦められず、ターニャの視線から皿をかくすようにして、こっそりと食べ続けていた。ターニャは流れる冷や汗をかくしつつ、カイリにぎこちない笑みを見せた。


 「そっかー、カイリはそんな夢を見たのね。ルーが話したなんて、とっても楽しそうな夢ね。」


 カイリは、こてりと首をかしげたあと、もう一口、スープを食べた。


 「かーさま。ゆめ、じゃないよ。だって、ルーはおはなしできるもの。よくぼくのこともかいりってよんでるよ。でも、そのあと、わんっていって、おもしろいの。」


 何でもないことのようにカイリが語るのを見て、ターニャは顔色を失った。今はカイリだけではあるが、他にルーが話すことを知られてしまうと、非常に困ったことになる。魔力をもつ者が全て、聖獣と契約できるわけではないらしい。でも、どんな条件があるのかまではリラも教えてはくれなかった。ただ、リラと別れて生活したこの5年間で、聖獣と契約している人には一度も出会えていない。つまり、聖獣と契約しているターニャはかなり珍しいのだ。

 今思えば、転々と住まいを変えていたのは、見つけられないようにするためであったのだ。最後に、リラも、ターニャを守り、見つけさせないことが、ターニャの母との約束だと言っていた。リラに会えるまでは、周りに不審に思われることなく、ここで過ごさなければならない。

 ターニャが軽く目を閉じて、思いを巡らせている間に、ルーはお皿を少しずつ押して、ターニャから距離をとろうとしていた。ターニャが正気に戻ったら、必ず、ウィンナーを取り上げられる。ターニャの意識を自身から離しておくため、まずは視界から消えておこうと悪あがきしているのだ。


 「ルー、おさらをはなでつんつんは、おぎょーぎわるいのよ。」


 そんなルーのささやかな足掻きをカイリが見つけ、さらに、『め、よ。』と、カイリ自身がターニャに叱られたときの様に、注意をした。


 「カイリ、おま・・・・・わ・・ん・・・。」


 咄嗟に話してしまい、我に返り、最後に、『わん』をつけてみたが、話した言葉は元に戻らず、ターニャはルーを睨みつけた。ターニャがルーへ怒鳴りつけようとし、『ルー・・・』と言いかけると、カイリがターニャの服をつんつんとひっぱった。


 「かーさま。ぼくね、ちゃんとおくちとじてるのよ。ルーがはなせる、すごいイヌだってわかったら、きっと、わるいおーさまに、つれてかれちゃうもの。こわいよねぇ。わるいおーさま。」


 「悪い王様?・・・・あぁ、『薔薇の姫と勇者様』のお話の・・・。」


 カイリはお話を聞くのが大好きで、特に、『薔薇の姫と勇者様』は一番のお気に入りだ。その中で、薔薇の姫を守る動物たちが出てくるのだ。そう、言葉を話す動物たちが。途中で、薔薇の姫を狙う王国の王様に動物たちがさらわれるシーンもあったはずだ。


 「ぼくね、ゆうしゃさまみたいに、かーさまとルーをまもるんだぁ。」


 ほわりとカイリが微笑んだ。ターニャは、思わずほっこりとしてしまった。


 「よくぞ言ったぞ、カイリ。それでこそ、男だ!」


 「ルーは反省しなさい!!!」


 ターニャの声に、ルーが最後のウィンナーを銜えて、すたこらと逃げていくのだった。




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 「主君。我が国では芳しい情報をつかむことはできておりませんので、華の国まで手を広げております。」


 「前置きはよい。結果を述べよ。」


 肩章のついた軍服を纏った背の高い男が、執務机に向かう、自身の主へと話しかけた。緊張のためか、顔にこわばりがある。ここは、この男が主と呼ぶ男の執務室であり、昼間であれば柔らかな日差しが入るであろう大きな窓は厚いカーテンで閉められ、月の光も入らない。部屋の壁は組付けた本棚となっており、様々な国の言葉の本、魔法から政治、地学などあらゆる分野の本が収められていた。本棚の本からこの男の指向を察するのは難しい。その他は、必要なものが必要な分だけ配置された無機質さを感じる部屋で、主と呼ばれる男は、報告を聞きながら、机を規則的にとんとん、と叩いていた。


 「彼の国は魔力をもつ者が少なく、魔法医師であれば、国の管理下となっております。そちらを調べましたが、そもそも女性の魔法医師は登録されておりません。」


 「我が国でも、登録されていなかったのだ。登録されていないものを調べよと言ったはずだが?」


 主の男の声が不機嫌さを含む。その冷ややかな声に報告している男は、縮み上がりそうな気持ちを奮い立たせていた。


 「国境近くのリーディア、マーカス、エルドラの街を調べましたが、魔法医師の痕跡は見つかっておりません。・・・・我が国も含め、茶色の髪は一般的であり、その特徴からでは該当する者が多すぎて、それだけでは特定できません。他に何か特徴はございませんか?」


 「・・・・白い犬、を連れているやもしれぬ。」


 「犬ですか?」


 主の男は、もう用はないというかの如く、手元の書類へと目を移してしまった。報告していた男は、軽く礼をすると、執務机の前から離れ、壁際へと戻り、護衛としての職務へと戻った。

 魔法灯の光が揺らめき、主の男の横顔を照らす。美しい菫色の瞳にその光が映った。


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