9.華の国にも3年(2)
「かーさまぁ。ごはんなーに?」
屋台や店が立ち並ぶこの界隈は、夕方は買い物客で賑わっている。串焼きの香ばしい匂いやパンの香りがどこからともなく流れてきて、食欲をそそる。野菜は頂きものや育てているものも少しあり、さほど必要ないのだが、肉や魚、果物などは街で買い物をしている。
美味しい匂いに誘われカイリがきょろきょろしながら歩き始めたため、ターニャは、更にぎゅっと手を握った。
「野菜のスープと・・・ウィンナーつける?」
「わぁ、ういなーだぁ。ルーもよろこぶねぇ。ぼくねぇ、ふわふわパンもすきよ。」
空いている方の手を頬につけ、カイリがほわりと笑う。あまりの可愛さに、心の中で見悶えしながら、ターニャはカイリに微笑んだ。
「じゃぁ、お肉屋さんとパン屋さんに寄りましょうね。」
カイリが『わぁい。』と言いながら、スキップもどきの足取りで歩きだした。最近のカイリは嬉しいことがあると、スキップをするのであるが、どうもリズムをうまく取れないらしい。そんなところは自分と似ているのだなっと、ターニャは顔がにやけてしまうが、ぐっと引き締める。カイリの菫色の瞳を見ると、彼のことを自然と思い浮かんできてしまう。『・・・きっと彼はリズムとかきちんととれそうね。』と考えてしまい、少し切なくなった。程なくして、肉屋の前まで辿りつき、ターニャとカイリに気が付いた店主が声をかけてきた。
「薬師様じゃないか。ちょうどよかった。おーい。」
店主が奥へと声をかけると、しばらくして、おかみさんが出てきた。三角巾を頭につけながら出てきたところを見ると、奥で休んでいたのだろう。ただ、初めて薬師の家に来た特に比べ、顔色もよく、心なしか頬もふっくらとしてきていた。
「あぁ、薬師様。痛みが治まったおかげで、今じゃ店のこともできるようになったんさ。本当に、ありがとうよ。もうダメかと思ったもんさ。」
ターニャに気が付き、嬉しそうに店の前へと出てきてくれた。肉屋のおかみさんは、半年ほど前から腹のあたりが重く苦しいと寝込みがちだった。街の薬師の店で薬を調合してもらって何とかしのいではいたが、1カ月ほど前から、痛みが背中まで広がるようになってしまったのだ。ひどいときには起き上がることもできなくなり、街の薬師からは、他に手の施しようがないと言われてしまったのだそうだ。そんな折、街の外れの薬師の調合する薬の効きが良いとの噂を聞き、藁にも縋る思いでターニャの元を訪れた。
おかみさんの病は体の内側を蝕むもので、一度広がり始めると全身にとまわり、最後は命を失ってしまう。そこまできてしまうと、治癒の力でないと治せないが、広がったばかりであったことから、ターニャの魔力で調合した薬で何とか抑えることができた。あとは、本人の治す力を補う薬で完治するというところまできている。
「薬効いてよかったです。偶々、今回の病に効く珍しい薬草を山で採取出来ていたので、ホント良かったです。ここの山の薬草が豊かなことは、ありがたいですよね。でも、痛みが治まっても、またぶり返すといけないので、あと1カ月くらいは今の薬を続けて飲んでくださいね。」
おかみさんは、『薬師様の言うことはちゃんと守るさね。』とどんと胸を叩き、豪快に笑った。おかみさんの視線がターニャの下へと移り、ターニャの後ろに隠れるようにしていたカイリに気が付いた。
「おや、この子が薬師様の?これはまた、きれいな子だね。将来、いい男になるんじゃないのかい?」
おかみさんは、カイリの菫色の瞳、ふわふわとした薄金色の髪を見て、『うん、いい男だ。』と再度呟いた。おかみさんにじっくり見られて、少し恥ずかしそうにしていたカイリが、ひょこりとターニャの横へと動く。
「ありあとーごじゃーます。」
カイリは、『いい男』の意味は分かっていないようだが、褒められていると感じたようで、満面の笑みでお礼を言い、ぺこりと頭を下げる。その姿に、眩しいものを見るように目を細めた肉屋のおかみさんは、カイリとターニャの色味を見比べ、『父親似かい?』と付け加えて聞いた。ターニャが首肯すると、うん、うんと頷きながら話を続けた。
「これは、かなりのいい男だったんだろうね、薬師様の旦那は。父親譲りなんだろうが、金の髪に紫の瞳ってのがまた珍しいさね。あれ?そういや、薬師様の旦那は?」
おかみさんの質問にドキリとしながらも、ターニャは語尾をぼかして答えた。
「えーっと、先の国境の戦で・・・・。」
「あぁ・・・それは悪いこと聞いちゃったね。兵隊だったのかい?戦っていうのは、ほんと、私らにとってつらいことが多いもんだ。なんか困ったことあったら、頼ってもらっていいからね。」
そう、語尾をぼかすと、皆がその先を想像してくれるのだ。ターニャは今までこの手の質問には、『先の国境の戦で』までしか伝えていないが、自然と『薬師様の旦那は、一兵卒。先の国境の戦で亡くなった。』と解釈されるようになっていた。
おかみさんが、どんと胸を叩いたちょうどその時、店主がウィンナーや肉などをたくさん詰めた袋を持って出てきた。
「薬師様。これもっていってくれよ。」
そして、ぎゅっとターニャの胸元へと押し付けた。慌てて、カイリと手を繋いでいないほうの手で紙袋を抑えると、ターニャとカイリ(とルー)であれば、1週間は食べられるのではないかという量が入っていた。
「こ、こんなにたくさんは申し訳ないわ。・・・その、山で採取した薬草を使った薬なんだし。」
あまりの量に遠慮して、返そうとするが、店主もおかみさんも頑として引き取らない。
「いーや、もらってもらわないと、わしらの気も治まらん。薬代も今までの分を全部足しても、前の薬の1回分にもならん額だ。せめて、わしらの感謝の気持ちを受け取ってほしいのさ。こうやってこいつと元気に店を続けることは、1カ月前には諦めとったからな。」
二人の幸せそうな笑みを見て、ターニャの心にもほんわりと幸せが灯った。自分が薬師であることを嬉しく思った。その横でカイリが、『かーさま、よかったねぇ。』とターニャの手をきゅっ、きゅっと握ってくれ、さらに幸せを感じていた。肉屋の店主とおかみさんにお礼を言うと、ターニャはカイリとパン屋へと向かった。その後ろ姿を見送りながら、肉屋のおかみさんがぽつりと漏らした。
「そういや、薬師様も茶色い髪だねぇ。」
何のことだ?という顔をした店主に、おかみさんがまくし立てた。
「覚えてないのかい?まだ痛みが腹だけで、なんとか店に出ることができてた頃、茶色い髪の女性のお医者さんを探しているのがいたじゃないかい。そんな探されるくらいのお医者さんがいたら、診て欲しいと思ったもんさ。あのしゃべり方と身なりからして、結構裕福な家のもんだったさね。」
1カ月ほど前、この街で茶色の髪の女性の医師を探し尋ねる者がいた。どうも、噂で、茶色い髪の女性が一人で魔法医師をしていると聞いたというのだ。富裕層のお貴族様がおそらく娘の病気の治癒のために女性の医師が必要とのことだったのだ。
「命が危なきゃ、女にこだわる必要ないと思うが、お金持ちの考えることは分からんさね。華の国ではお医者さん自体がほとんどおらんけん、どっからそんなうわさが流れたのかわからんさね。
薬師様は、一人じゃないし、お医者さんでもないさね。でも、診てもらったことはないお医者さんなんかより、ずっとすごい。今だったら、薬師様を紹介しちゃるさね。」
肉屋でそんな話がされているとは露知らず、ターニャはカイリとふわふわパンをじっくりと選んでいたのだった。




