5.『戦闘、深淵の魔物』
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静寂に包まれた廃墟の町に漂う気配にユウリとセシリアは索敵を続ける。相手は見えず、どの位置にいるかもわからない。一瞬の隙も見せたら一貫の終わりの状況だ。
「さーて。どこにいるかなぁ?」
ユウリは懐から一つの結晶を取り出す。
それは錬金術で製作できる魔道具の一種。結晶体に一つの術式や魔法を保存し、使用することで保存した魔法を発動することができる、持っていて損はない一品である。
その石をなんとなく漂う相手の気配に向かって投げた。
バンッ、と建物の影になっている場所に着地して爆発する。
「ギャァァァァァァァァァァァァッ!?」
衝撃波をもろに喰らって堪らず姿を現したのは体高が三メートルほど、のコノハムシとカマキリを合わせたかのような魔物だった。
円形状の紋様、おそらくは瞳孔らしきものがぎょろぎょろと複眼の中で動いている。胴体には脈動のように光が走る模様。そして、ノコギリのような鋭い返しがついた鎌だ。
その特徴、その異質な姿、そして雰囲気でわかるこの正体は。
「良かったな、セシリア。ご所望の迷宮獣のキメラさんだぞ」
「まさか出会うなんてね」
迷宮獣。別称《深淵の魔物》迷宮に発生する化物の総称。通常の生物とは違い、人を殺すために生まれてきたのではと言わんばかりに人を積極的に狙い、殺し、取り込む。他の生物には見向きもしない。そんな特殊な習性を持つなにかだ。
幾度となく調査が進められてきたが、解明には至ってはおらず、今だに謎多き存在だ。
なお、迷宮獣という名で通ってはいるが、〈特地〉とか、魔力の異常があった場所にも普通に発生する。名ばかりだが最初に目撃された迷宮で名付けられたのが由来らしい。
だが、侮ることのできない相手だ。
「さて、と」
ユウリが懐から獲物を引き抜く瞬間、セシリアに手で制される。
「待って。銃弾少ないでしょ? 私が前に出るから、ユウリは魔法支援をお願い」
「……、了解」
ユウリはセシリアの言葉を受け、抜きかけた獲物を懐に戻す。
「いくよ!」
セシリアは剣を引き抜き、キメラに向かって肉薄する。一瞬、彼女の周りの空気が微かに揺らぐ。そして、その華奢な体はロングソード一本でキメラの重々しい攻撃を受け止めた。金属の衝撃音が響き渡り、微かな風が巻き起こる。
〈精霊剣士〉は戦士職、又は複合職に該当する剣士。従来の〈剣士〉から派生し、鍛錬を積み重ねて習得する剣術と、セシリアに宿る風精霊の力を得た希有な職業だ。
冒険者含め、一定の魔力があれば鍛えれば強靭な肉体と精神を手に入れることができ、魔力操作で身体強化が可能となる。それが女性でもカマキリモドキと互角に戦える理由だ。
ユウリの目にも、普通なら気づかないぐらいの空気の揺らぎで強化したことがわかった。
「ん?」
少しだけ違和感を覚え、ユウリが小首を傾げている間に、セシリアは受け止めたキメラの攻撃を弾き、さらに懐に潜り込んで胴体を斬る。
ガリリッ、と削る音を響かせ、キメラは慌てて後退する。
「浅いか!」
そう言ってセシリアはキメラが反応するよりも先に追撃する。もう一度放った一太刀が回避されても攻撃の手は緩めず、さらに叩き込んだ一撃がキメラの脚を切断する。
「ギェッッ!?」
赤い鮮血が飛び散り、キメラは苦悶の声を上げながら反撃をするが、セシリアにすべて回避され、装甲とも呼べる葉のような部分を斬り落とされる。
順調にキメラを追い詰めていた。
「今んとこ問題はないな」
ユウリは遠目で観察しながらぽつりと呟く。
キメラは魔法が扱えない。生物が持つ特徴を活かした戦法を取るが、奴らには面倒くさい特性があり、それは命の危機に晒された瞬間に現れる。
「――ギィ」
キメラはセシリアの攻撃を避けた瞬間だ。鎌が腕の中へと折り畳まれて、代わりに人の手にそっくりな疑似的な手が生えてきた。
「――ッ!」
セシリアを捕まえようと何度も掴みかかるキメラ。鎌とは違って可動域が増えた猛攻は彼女の手を止めさせ、回避に専念させざる負えなくさせた。
「さすがにきついか――〈ファイア・ボール〉ッ!」
ユウリは火の魔法を行使し、キメラに向かって放った。
「ん?」
ボンッ、と火球がキメラに直撃はしたが、一瞬の怯みを見せるだけで大したダメージにはなっていなかった。キメラは魔法攻撃など構わずセシリアを狙っていた。
魔法が効かない個体なのかキメラは、ユウリを脅威として視ていなかった。
「しつこい!」
セシリアが後方へ飛んだ瞬間だ。キメラの疑似的な手が、まるで糸が解けるように変形し、無数の糸となって彼女に襲いかかる。
「しま――」
不意を突かれたセシリアは簡単に掴まり、宙吊りにされてしまう。
抵抗する素振りはなく、だらんと吊るされた人形のように動かないセシリア。その様子から危機的な状況に陥ったとユウリは理解する。
「セシリア! 大丈夫か!」
「ダメ……力が、全然入らない……っ!」
だらん、と吊るされるセシリア。辛うじて剣を握る程度の力はあるようだが、それも気張ってなんとか耐えている状況だ。なにより、自重が逆転したことで彼女の大きな胸が装備ごしに張ってより強調され――いや、今はどうでもいいこと。
「――〈メンタルオブアウト〉ッ! ――〈フィジカルオブアウト〉ッ!」
ユウリは手をかざして二つの魔法を行使する。
精神干渉と肉体干渉で起こる汚染や干渉を防ぐ魔法だ。キメラが接触していることでセシリアになにかしら作用させているのは明白だ。なら、対処できる魔法を使うまでだ。
「動けるか!」
「ダメみたい。さっきより……」
セシリアがそこまで言いかけたところで声に覇気がなくなる。魔法の効果がない。彼女に作用しているものは魔法の効果を受けていなかった。
「まあ、だよな」
それもそうだ。これはキメラの能力だ。魔法の類を使えない代わりに異能の力を持つ。それがキメラだ。ついでに言ってしまえばキメラには同じ姿の個体が存在しない。遭遇する個体で形が違い、それと同時に能力も違う。
遭遇するたびに毎回違う対処が必要となる冒険の厄介者だ。
目の前で戦うキメラは、触れたものを無力化するなにかしらの能力、なのだろう。それは魔法の効果を上回るほどの強い能力がセシリアには作用している。
「……っ!」
「ギィ……ギィィ」
キメラの口へと運ばれる逆さ吊りのセシリア。このままいけば頭から捕食される。魔法の効果がなければ魔術師が打つ手がない。ただ食べられていく様子を傍観するのみ。ユウリもまたその一人なのだろう。だが、それは職業だけで見ればの話だ。
今の術でダメなら新しく手札を切るまでのこと。
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