4.『特地/フィールド』
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ティナから圧をかけられながら依頼を引き受けて、ユウリとセシリアの二人は都市から丁度目的地を横切る馬車に乗って土地へと赴いていた。
緑覆う廃墟の町《パルフの町》。
そこは山の麓に位置する廃墟の町。過疎っていたのか不明だが、一軒家と次の一軒家までの大きな開きがあり、町の中心は石材と木材の建物が密集している。荒れ果てているとはいえ、石材や木で整備された道は健在で、町全体も藪になっていないことも幸いだ。
「無人の町……私、始めて着たかも」
そんな廃墟の町をまじまじと見てセシリアはそう呟く。
「まあ、討伐や賞金稼ぎでしか来ないからな」
特異地域。通称〈特地〉。
〈特地〉は、魔力の異常によって発生する土地などを指して使われる言葉だ。
魔力の影響を受けて環境は急激な変化を遂げ、魔力濃度が高く、危険な魔物が徘徊する場所だ。人が住むには適さず、採取や魔物討伐以外では訪れない場所だ。
有体に言えば迷宮の地上版。人工物が多いところだとそれが顕著に表れる。
「この近くに例の近道があるの?」
「まあな」
ユウリは目指す方向を指差しながら言葉を続ける。
「ここの付近の山ってさ、途中から傾斜のない平地が少し続くんだけど、そこに鉱山迷宮に続く裏道があるんだ。結構な道だけど六階層に続いてんだ」
目指す迷宮でいうと中盤に当たる階層だ。
「でも、捜索だと上から探すものじゃない?」
「普通ならな。でもあの迷宮の序盤はわりと単調な構造で迷うということはないんだ。逆に、中盤あたりから複雑になるから彷徨ってるならそこだと思う」
「そうなんだね」
「まあ、あくまで俺の主観だから宛にはならないけどな」
「……、ユウリはさっきからなにをしてるの?」
「ん? 採取」
ユウリはセシリアと会話の途中から採取をしていた。
土が露出している場所に自生する、魔法薬などの材料になる〈特地〉ならではの植物を種類ごとにザルに別け、その辺をいったり来たりを繰り返す。
「おっ、野生化したラズベリーあんじゃん。向かい側にはブラックベリーも。うおっ、甘酸っぱくてウマっ! いいねぇ。採れるだけ採っていこうっと。」
ユウリは満面の笑みを浮かべ、ラズベリーを摘まみ食いしながら収穫した実をザルに入れる。一通り採ったらそれをセシリアの目の前に差し出す。
「セシリアも食ってみろよ。ラズベリー美味いぞ」
「もう、本来の目的忘れてない?」
セシリアはそう言いながらラズベリーの実を摘まむ。
「忘れてないさ。今やってることは全部ついで。わざわざ来たのになにもしないのは勿体ないから、こうやって採取しているんだ」
少し道草するだけで魔法薬一本の材料費が浮くなら採取するに越したことはない。
冒険者にとって無駄なんてないからな、とユウリは内心思う。
「でも、いつまでも採取してられないよ? さすがに日が暮れちゃう」
「ごもっとも。今日はこれぐらいにしとく」
ユウリは手を止め、採取した物をザルごと鞄に突っ込んだ。
「それって《魔法の鞄》? 結構良いの使ってるね」
「まあな。それなりの冒険にはそれなりの物が必要になるからな」
「ユウリの場合は道草で足りないんじゃない?」
「これでも良いモン使ってんだけど、返す言葉もありません」
魔道具の一つ、《魔法の(・)鞄》は冒険者の必需品とも呼べる便利な魔法道具だ。上限はあるものの大量の荷物を鞄一つで運搬ができ、重量を気にしなくていい。
「それにしても平和だね。これなら依頼もスムーズに終わるかもね」
「そだなぁ。普通なら魔物と遭遇してもおかしくはないんだが」
呑気に会話をしながら廃墟の町を進む。〈特地〉ともなれば魔物との遭遇率は高く、それ相応の警戒と索敵が必須となるのだが、今日に限って要らないぐらいだ。まあ、そのおかげでユウリたちは町を自由に散策することができた。
「おっ、あった」
大通りに差しかかった時、ユウリは落ちていた黒い岩石を拾う。
「黒い、岩? なんでここに?」
廃墟の町に不自然に落ちている黒い岩石は、道に沿って広範囲に続いていた。
「標的の痕跡さ。そいつは体中に硬い岩石を付着させる習性を持っててな。こうやって動くたびに脆くなった部分が欠けて落としていくんだ」
「ただの岩、じゃないよね? 鉱石っぽいのがついてる」
セシリアは割れた岩を見てそう言った。
「ご明察。この黒い岩石に鉱石が含まれてる。運が良ければ《魔鉄鉱石》も採れる」
セシリアはまじまじと鉱石を見つめた後、近くにあった黒い岩を拾い上げる。
「少しでも足しになるなら拾っていけばいいよね。手伝うよ」
「助かる。でも、全部拾わなくていい。砕けそうなのだけで良いから」
「わかった」
セシリアの手伝いも加わって普段より速く作業が進んだ。
徐々に大通りを進んでいくと、広範囲に広がる更地の場所に着いた。
「セシリア、ストップ」
ユウリは物陰に身を隠し、セシリアを制止させる。
「いたぞ、アイツだ」
ユウリの見る先に、軽く三メートルは超える巨大な黒い岩塊が更地にあった。
それは、三対の脚。一対の巨大な鋏。岩で原形がわからない巨大な体躯。鉱物類が剥き出しになった黒い岩塊を身に纏う大蟹の魔物だ。
「《モリイワガザミ》は普段なら洞窟や迷宮にしかいない引きこもりの魔物なんだが、運が良いことに、たまにああやって外に出て来るんだ。あれが今日の標的だ」
今回の依頼は《モリイワガザミ》の素材が目的だ。甲殻が鉄のように硬く、特定の属性に強い。加工が少し難しいようだが、武具職人などには愛されている。
「それじゃ、あれを倒せばいいんだね」
そう言ってセシリアは剣を抜こうとしたのでそれを手で制止する。
「いや、いい。そのまま見てて」
突然のことで「え?」と言うセシリアに視線を送らず、ユウリは《モリイワガザミ》の微動だにしない魔物を凝視する。
瞬間、胴体を地面につけた《モリイワガザミ》の表面が砕け、後ろ側の甲殻の間に沿って割れる。そして、新品の本体がつるっと、飛び出るように出てきた。一瞬のことだ。
「……だっ、ぴ?」
「ああ、今日はついてるな」
スッキリとした顔(ユウリの主観)で出てきた巨大蟹は、先程とは打って変わって海の砂浜にいる素早い蟹のように、早々にその場から姿を消した。
「やっぱ脱皮したては早いなアイツ」
ぼやきながら物陰から出て脱皮殻に近づく。その後にセシリアも続く。
「ユウリはこれを狙ってたの?」
「まあな。《モリイワガザミ》は脱皮殻のほうが高く売れるからな。多分ボーナス出る」
「ホントに!? やったね!」
いえーい! とユウリとセシリアはハイタッチした。
さっそくユウリは《魔法の(・)鞄》大きく開けて、脱皮殻にずぼっとあてがうが、うんともすんともしない。というより魔道具が反応しない。
「うん、まあ、入んねぇよな…………ん? あれはなんだ?」
「ん? どれ? ――って、あれ? 脱皮殻、収納できたんだね」
セシリアが明日のほうを見ているうちに脱皮殻の収納を終え、平然と一仕事終えた雰囲気を出しつつ《魔法の鞄》の口を閉じた。
「表面の鉱石はギルドの解体業のおっちゃんに任せるしかないな」
「うん。でも私は迷宮に入る前に身体を動かしたかったかも」
天高く腕を上げて、体をほぐすセシリアはそう言った。
「それじゃ、帰りは走っていくか? 良い運動にはなるぞ」
「大丈夫。これで早く探しにいけるなら本望だよ。あ、でも、途中で迷宮獣と戦闘してもいいくらいには動きたいかな」
「おっそろしいこと言うね。そもそも迷宮獣がどんなのか知ってんの?」
「うーん。迷宮探索はしてたけど、どんなのかは知らないかな」
「運が良いんだか――」
瞬間、ナニカに見られている気配を感じた。
「「――ッ!」」
ユウリとセシリアの二人は同じ方向、気配の感じたほうに視線を送る。先程、ユウリたちが隠れていた場所で一瞬だが、黒い影が、すっ、と物陰に隠れた。
「……。今、なにかいなかった?」
「……いたな」
ユウリは懐に手を入れる。セシリアも剣に手をかける。
まだ、視線を感じる。見ている。明らかに狙っている気配が。
「逃がしてくれると思う?」
「さすがに無理だろうな。この様子だと追いつかれるのがオチだ」
この気配を何度も味わったことのあるユウリは良く知っている。
「でも丁度良かったじゃん。動き足りない分の運動ができそうで」
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