20.『英雄譚』
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現在、九階層。
攻略は絶え間なく湧き続ける魔物によって休憩なしで行われた。
「〈エアブロ――――」
ラリアが風魔法を行使する。
瞬間、パリン、とラリアの杖に装着された魔石にヒビが入った。
「えっ――」
大量の魔物が押し寄せるなか、ラリアは予想外な破損に目を見開いた。
「危ない!」
セシリアの叫び声に、我に返ったラリアが視線を戻した時には、目と鼻の先に魔物から投擲された片手の斧が当たる直前だった。
「ほい」
即座にユウリが駆けつけ、ラリアを軽く押して直撃を阻止した。そして、押し寄せる魔物に向けて手をかざし、
「――〈レイジングブラスト〉ッ!」
風を収束させて衝撃波を打ち出す風魔法で、前方にいる魔物を蹴散らす。切り開かれた先、クリスタルを阻むものはなにもなく、邪魔する魔物もいない。
ユウリはS&WM500を構え、クリスタルを撃ち抜いた。
クリスタルが破壊されたことにより、魔物は一瞬にして消滅した。それと同時に階層内は静まり返り、明るかった空間は命の灯が消えるかのように辺り一帯は薄暗くなった。
三人の荒い息を整える音が、静寂の中に消えていく。
「終わった、の?」
セシリアは、はぁぁ、とへなへなと植物がしおれるかのように脱力して膝を着く。
ラリアもほっと息をついて、ヒビ割れた魔石を見つめた。
「壊れてしまいましたね」
「まあ、休みなしで酷使したからな。無理もないさ」
術師が使う杖に使われる魔石は魔力を増幅させる石だ。魔物から取れ、様々な用途で使用され、魔法職にとって魔法、魔術の威力を上げるために重宝されている。
だが、低品質な魔石は経年劣化しやすく、消耗も激しい。さらに魔法の行使による魔石への負荷がかかり、酷使を続けると半年も持たない。ラリアのように低品質の魔石を使う者にとって損耗は魔法職の悩みの種だ
「大丈夫そう?」
セシリアの問いに、魔石の破片を持ったラリアは口を開く。
「これじゃ、使い物になりませんね」
「予備の魔石はあるのか?」
「一様、前に使ってた魔石ならあります」
「それじゃ、取り付けがてら、ここいらで休憩しますか」
銃を下ろしたユウリの一声で休憩になった。
連続で塔を駆け登ったこともあり、体力の消耗も激しく、水分補給や軽食を取りながら長めの休憩を取る。その間に武器と防具の点検を念入りにする。魔石の取り付けには時間がかかるため、装備品の点検はラリアに合わせて余分に行う。とくに銃を。
この時間はわりと静かな時間が流れた。
ラリアの魔石の取り付け作業も滞りなく終わり、休憩と点検を終えたユウリたちは荷物をまとめて塔の攻略を再開する。
「おそらく、階段を登った先はボスのいる最上階だ。気を引き締めていこう」
気持ちを切り替えて最上階へ続く気の遠くなるほどの長い階段を登り始める。
「セシリア。故郷にある英雄譚を訊いても宜しいですか?」
「急にどうしたの?」
「先程、銃と種族の話を聞きましたが、どんなことがあったのか気になりまして。登ってる間の暇潰しにぜひ聞かせてもらえないでしょうか?」
「うーん、あんまり良い話じゃないけどね」
セシリアは人差し指を顎に当てながら少し考え、乾いた笑みを浮かべてそう言った。
「私の故郷。エルフの国は一度滅んでるのは知ってるよね?」
「はい。千年前に起こった世界規模の魔力災害によって出現した大量の人型魔物に襲撃され、国は一度滅んだと聞き及んでいます」
「うん。その時の生き残りが私たち、今の国を支えるエルフたちなの」
セシリアは、どこか懐かしむように目を細めて言葉を続ける。
「昔、魔物に占領された国のエルフたちは酷い扱いを受けました。誇りと尊厳を否定され、家畜のように、男は殺され、女は汚された。王族も、貴族も、民も関係なく、無差別に、自由なんてなかった。絶望に犯されてただ死ぬ日を待っていた時、英雄と呼ばれるようになった百数人もの人たちが現れました。どこの国の者かは今になってはわかりません」
「たち? その英雄は複数人いたのですか? 部下や仲間とかではなく」
「大体は合ってるかな。言い伝えではその百数人が英雄だったみたい」
「そんなにもいたのですね」
興味深く頷くラリア。その傍らで、沈黙を通すユウリも同様にその話を聞いていた。
「彼らは独自の技術を駆使して魔物たちを制圧していきました。最初は国の中心部を奪還し、そこを拠点に領地をわずか一月で奪還してみせました。だけど、英雄は三〇人も残りませんでした。国を奪還した後も、残った英雄たちは国の復興にも尽力してくれました。やがて、英雄とエルフたちは恋仲になり、結婚していきました。その中には、現国王もいました。そして、誕生したのが私が探してる無名の種族、英雄の末裔です」
そこまで話したところで、黙って聞いていたラリアが「え?」と声を上げる。
「英雄自身がセシリアの言っていた種族じゃないんですか?」
「うん。元は人と変わらないらしくて、エルフと血が混ざったことで、とつぜんへんい? を引き起こして生まれた種族みたいなの。見た目は人と変わらないみたいだけど」
「人と見分けがつかない、って千年も見つからないのはそれが原因なんじゃ」
「あはは。そうかも」
「悠長ですね」
額に手を当てるラリア。その間にもセシリアは言葉を続ける。
「まあ、英雄は人だったから長くは生きられなかったけど、子孫たちとは百年以上をともに暮らしたらしいよ。でも、平和はそう長くは続かなかった。英雄の技術を巡って他国と戦争になりかけたの。英雄のおかげで国は復興とともに発展と繁栄を約束されたけど、他国から目をつけられてしまった。最終的には技術提供して、子孫たちは国から姿を消した」
セシリアは足を止めた。
「私のおばあちゃん嘆いてた。ずっと貰ってばっかりだ、って。最後もエルフを守るために子孫は自ら犠牲になった、って。かつての英雄のようにね」
セシリアは自分の胸に手を当てた。
「私の中にある精霊核には過去の記憶を視せる力があるの。だから、当時の状況とか、色々とわかっちゃうんだよね。知りたくないこともいっぱい」
「精霊核にそんな力が……口ぶりからしてかなりの頻度で見ていたのですか?」
「断片的にだけどね。悪夢をよく見せられてた。辛かったけど、最後は決まって英雄が助けてくれるから平気だった。夢は忘れるけど、英雄と出会う記憶は鮮明に覚えてるんだ」
精霊核は過去の記憶を鮮明に見せる。様々な形で、当事者の視野で起きた事象を半強制的に疑似体験させる。本人の意思は関係なく、子供だろうと関係ない。
「でも、不思議とあの光景以外の記憶は見たことがないのよね。なぜだろう」
そう言ってセシリアは俯く。
「――〈クリエイトアイス〉」
「ヒャぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」
ユウリは少し呆れた顔をしてセシリアの首筋に、初期魔法で生成した氷を当てる。彼女はキュウリを見つけた猫のように飛び跳ねて距離を取った。
「ちょっ、なにするの、ユウリぃ」
驚いたセシリアは冷えた首筋に触れながらユウリに言う。
申し訳ないと思いつつも、精神的に不安定になることを恐れて行った仕方ない処置だ。ユウリは溜息交じりに魔法で生成した氷を階段下へと投げ捨てる。
「危なかったからな。あんまり内側に集中するな。後悔するぞ」
「……え? 無意識にしてた?」
「まあな。今は楽しいこと考えてこうぜ。そろそろボス戦だからな」
ユウリは言いたいことを良い気って、一息つきながら一人先に階段を登っていく。その背中を、呆気に取られるセシリアは見つめた。
「すみません。私が追求してしまったばっかりに」
「いいよ。なにも考えず話しちゃったのは私だもん」
不安な表情のラリアにセシリアは笑顔でそう答えた。
「それにしても、ユウリはなんで精霊核の特性を知ってたんだろう。エルフに訊かないかぎりわからない知識なのに」
「どこかで聞いたことがあるのでしょう。ほら、ティナさんもエルフですし」
「ティナさんって、うちの国出身だったかなぁ?」
「まあ、そのうちわかるでしょうし、今は迷宮攻略に集中しましょう」
「うん。そうだね。そのうちわかるよね」
話に一段落がついた二人はユウリの後を追いかける。
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