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15. 『祝福』 ‐パイルバンク視点

アクセスありがとうございます。

 これはユウリが抜けてからの『パイルバンク』の話だ。

 


◇◆◆◆◇



 ユウリが脱退してから一ヵ月が過ぎた。

 A級パーティ『パイルバンク』は難易度計測不能の大迷宮に潜っていた。

 名立たる冒険者たちが長年潜り続けて、未だに最下層に到達した者はいない。現時点て八七階層までが最高到達点である。


 現在、十八階層にて、明るい茶髪のチャラい〈剣士(ソードマン)〉ダリス。スキンヘッドで強面の〈戦士(ファイター)〉バルドット。金髪ポニーテールで碧眼の〈魔術師(キャスター)〉ミューゼ。白髪で紫色の瞳を持つ〈神官(プリースト)〉ミリィ。全員がA級冒険者であり、優秀な四人で構成されているパーティは魔物との戦闘に苦戦を強いられていた。

 武装した魔物、コボルトの群れ、計十頭に囲まれている。


「クソッ! またここで足止めか!」


 ダリスは剣を構えながら悪態をつく。剣を構え、剣術を駆使してコボルトを数頭を斬りつけるが、すべての攻撃は浅く、致命傷に至っていなかった。


「おかしい。こんなに強かったか?」


 ダリスは再び手負いの魔物を斬り裂く。息が上がる。数か月前まではなかった疲労を感じる。武装したコボルト程度の魔物を一撃で仕留めた強さが彼の手にはなかった。


 ほかの魔物はただ突っ立って魔術を打ち込んでいるミューゼのおかげで倒せた。


「チクショ! やっぱり俺たちの攻撃が全然効いてねぇ!」

「バルバット! なぜこんな近くにいる! 早くミューゼたちのところへ!」 


 そう叫んだ時にはもう遅く、取り逃がしたコボルトがミューゼを襲った。

 ミューゼは避けるよりも先に魔術で対抗するが、すべて見切られて剣で防がれる。間合いには入れられ、すぐに構えた杖を弾き飛ばされてしまう。


「あ」


 そして、胴体に斬撃をもろに喰らい、鮮血が飛び散った。


「かはっ――」

「ミューゼ!」


 ダリスはすぐさまコボルトを斬り倒し、ミューゼの元に駆け寄る。

 瀕死の状態だった。応答はなく大量の出血にか細い息。今生きているのが奇跡としか思えない。だが、今にでも死んでしまいそうだ。


 この危機的状況が迷宮に入ってもう五回も起きている。


「ミューゼ! 大丈夫か? ミリィ! 回復魔法を!」

「す、すみません……魔力が、もう……それに、体調が優れ――うっ」


 魔法を行使しようとしたミリィは急に口を押えて蹲り、そして嘔吐してしまう。


「ミリィまでどうした!? おい、バルバット! 《治癒魔法薬(ヒーリングポーション)》はないのか?」

「雑用でもないのに持ってくるかよ! お前は持って来てねぇのかよ!」


 応戦するバルバットはそう答える。『パイルバンク』のメンバーはすべてミリィの神聖魔法頼りだ。わざわざ消耗品を購入することはない。


「クソ」


 ダリスは最後の一本だった魔法薬をミューゼに使用する。出血が酷かった傷はあっという間に治り、彼女は目を開けた。


「ミューゼ、もう大丈夫か?」


 問いかけるが、ミューゼは首を振って体を抱えるようにして蹲った。


「もう痛いの嫌だっ! 死にたくない! 帰りたい帰りたい帰りたい帰りたいっ!」


 心から泣き叫ぶミューゼ。今にでも精神崩壊しそうなほど感情がぐちゃぐちゃにして、体を小刻みに震わせた。これ以上は無理だ、と言うくらいに。


「なにいってんだよ! まだ先は長いんだぞ!」

「いや、撤退する。もう精神抑制の魔法を使わないかぎり限界だ」


 ダリスはバルドットにミューゼを任せる。そして、急に体調を悪くしたミリィを抱きかかえ、今回の迷宮攻略を終えた。


 今日も、二十階層まで突破できなかった。



――――



 ギルド本部。食事兼酒場の集会所にて『パイルバンク』はテーブルを囲う。飯を食べ、酒を呷る。ユウリが脱退してからこれの繰り返しだ。


 ユウリが抜けた最初の頃は失敗の連続だ。今まで任せていた雑用をすべて『パイルバンク』のメンバー全員で回さなければいけなくなり、準備不足が何度も起こった。


 一ヵ月も経てば雑用も回せるようになったが、先月まで契約していた後援者がまた一人と減ってしまった。なんでも『ユウリがいたから契約していた』だそうだ。『パイルバンク』に繋がりのある者はほとんど、ユウリがいたから、と契約を解除していった。


 どいつもこいつもユウリユウリと煩い。あんな金に汚く役立たず冒険者のどこがいいのか、とダリスにはわからなかった。まあ、後援者が減ったところで冒険者稼業に支障はない。ようは楽に準備ができなくなっただけ、と『パイルバンク』全員が判断し、今日までやってきたわけだが。


 依頼は今のところ難なくこなせるが、肝心の迷宮攻略が進まない。

 今日もそうだった。ユウリが脱退してからというもの調子が上がらない。むしろ悪化の一途を辿っている状態だ。パーティの連携も崩れていた。


 でもまあ、大丈夫だろう。明日また頑張ればいい。療養期間も長かったのだ。そう焦る必要はない。ダリスは楽観的にそう結論づけた。


 それに悪いことは長くは続かない。今日はパーティに新人を迎える日なのだ。一人抜けたことによる負担がこれで軽減されると考えると、この一ヵ月が報われる。


「嫌です!」


 だが、パーティに入れる予定だった新人は加入を拒否した。


「どうしてだ! 昨日はあんなにも『パイルバンク』に入りたがっていたじゃないか!」


 パーティ名はこの都市ではかなりの評判だ。誰だって入りたがるポテンシャルを持っているのにも関わらず、目の前の少年はそれを拒否していた。


「昨日言ったじゃないですか。ユウリさんが困ってる、って。だから僕は推薦したんです。僕はあの人にたくさんのことを教えてもらいましたから、その恩返しがしたかったんです! なのに、肝心の彼はどこにもいないじゃないですか!」


「いなくてもべつにいいじゃないか。言ってしまえば彼の後継者を探してるようなモンだしさ。それにあいつなんかより、君のほうが絶対優秀さ」


 必死に弁明するも、少年の目の色は変わらない。


「聞いてますよ。最近、ユウリさんと関わりのある人を片っ端から声をかけてるって」

「それが、なんだ?」


「あなたが欲しがってるのは僕なんかじゃない。ユウリさんの技術を継承してる使い勝手の良い道具なんだって」

「いや……」


「では、僕は用事がありますので、これで」

「おい! 待て!」


 その場から立ち去っていった。


「クソッ! なんだってアイツを神聖視する馬鹿しかいないんだ!」


 ダリスはテーブルを大きく叩いた。


「しょうがねぇって。あの言い分ならユウリ程度の無能だってことだろ。次があるさ」


 呑気に飲み食いをするバルドットはそう言った。


「そうよ。ユウリの育てた冒険者が使えるわけがありませんわ」


 精神抑制の魔法でのおかげで調子を取り戻したミューゼはそう言い切った。


「あ、ああ…………そうだな。次を探そう。あんな無能と同じなら仕方がない」


 ダリスは歯切れの悪い返答をする。

 ユウリが抜けてから『パイルバンク』に相応しい新しい仲間を募っているがなかなか苦戦している。しかし、まだ数か月、依頼が失敗しているわけではない。


 焦る必要はない。大丈夫だ。そう、ダリスは思う。


「あの、ダリス。ちょっといいかしら?」

「ん? なんだ?」


 ミリィに裾を引っ張られ、テーブルを囲う仲間から離され、個室に入った。


「どうしたんだ? まさか、体調が悪くて冒険で迷惑をかけてることを気にしてるのか? 大丈夫だって。まだ本調子じゃないってだけなんだからさ」

「それは、そうですが……」


 ミリィは最近、よく体調を崩していた。毎回のように魔力が乱れ、肝心な場面においても魔法の行使に失敗したり、依頼を未達成のまま撤退することもあった。それで仲間との衝突もあったが、療養が長かったがため、と説得して納得を貰っている。


 パーティを組んでいるなら迷惑をかけることはある。なにも気に病むことはない。それとも、改めて謝罪をしたいのだろうか。それとも。


「仲間に聞かれては都合が悪いことなのか?」

「そんなことは――いえ、やっぱり最初はダリスに聞いてほしいのです」


 ミリィは意を決したかのように身を寄せて耳元で囁くように言った。

 そして、耳に入ってきた情報は非常にダリスを驚かせた。


「――ッ! それは本当か!」


 聞き返すとミリィは頷いた。その言葉に現実味を帯びるのに少々時間を要いたが、理解すると同時に幸福が湧き上がった。


 祝福だ。



――――



 とある平原。なんの変哲もない土地に、巨大な塔が出現した。

 まるで筍が生えるかのように土が盛り上がり、建造物へと姿を変えた。

 同時刻に、森に、山に、高地に、数か所に。

 そしてそれは言わずもがな、迷宮が誕生した瞬間だった。

読んでくださりありがとうございます。

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