61.食い違い
ルカは普段は怒らない。
けれどちょっとしたことで、怒る。心理的なものですね。
男は目を覚ました。
白い眼をしていた瞳は、黒に戻っている。
「ここは……」
「気が付いた?」
男に声を掛けるのは、ルカ。
男の目の前で、立ち呆けていたルカは男に顔を近づける。男は壁に背中を預け、立ち上がろうにも立ち上がれなかった。
「何で動けねえんだ。まさか関節が外れてんのか?」
「うん。暴れられると面倒だから、逃げられないように手足の関節は外しておいたよ」
男はそれを聞いて薄ら笑いを浮かべる。こんな鬼畜な真似をする奴が、今時いるなんて思わなかった。
それにしても不思議だ。男はそう思った。何故なら、自分を捕まえておきながら何もしない。ましてや恐怖で支配しようともしてこないのだ。しかし、先程のことは忘れない。
男の脳裏には先程の威圧的な気配がこびりついていた。
何度だって、瞳を閉じれば思い出せるそれは、男にはあまりにも恐怖しかない。
しかしどうか。今になって思えば、そんなこともないのではないかと錯覚する。
確かにあの瞳は、これまであって来た誰よりも恐怖を包んでいたが、本質はもっと別な、より相手を殺すことよりも相手を思いやる気持ちが強いのではないだろうか。それこそ、俺を脅威とは認識していない。明らかにその節が目立っていた。
ルカの目は確かに脅威時見ていたが、それはあくまでも相手を怖気づかせるため。
本質的な面で見ても、力量を計るのは容易だ。
だからこそルカはただそこで睨みを利かせ、下からのアッパーと言う、一番安全かつ相手をのすことができる手段を用いた。例えそれが、魔法使いにも魔術師にも似合わない、単純な肉弾戦だとしてもだ。
ルカにとってはどうでもいいこと。
ただの練習みたいなもの。本番を想定した、スパーリング程度だった。
その力量差は圧倒的。けれどルカの瞳は笑っていて、終始余裕。
むしろ楽しんでいるようだった。
「でも貴方強いね。びっくりしたよ」
「どこがだ。あのまま本気を出していても、俺は負けていた」
「そうかな? もしかしたら、得意技を極めれば私に返り討ちできたかもしれないよ。だから面白いんだ。ありがと、いい経験ができたよ」
ルカは丁寧にお辞儀をした。男は呆気からんとする。
こっ値は本気でやっていた。向こうも多少なりとも本気ではあった。だけどこの根底からくる、圧倒的な敗北感は何なんだ、俺よりも年下なんだぞ。男は、考えることすらやめ、細い笑みを浮かべていた。
「完全に俺の負けだ。お前には敵わねえよ」
「そっか。でも、次も勝つのは私だよ。やるとしたらね。それと、その力いい方向に使うべきだよ」
「そうだな。俺もお前みたいに……」
男が追悼しようとした。ルカはそれを言わせる間もなく、冷酷な雰囲気を出した。
男は顔を青ざめさせると、ルカの瞳が脅威に見えた。それから何を言われるか、まさかさっきまでのは演技だったのか、そう試行錯誤する中で、ルカはこう切り出したんだ。
「じゃあ弁償代、払ってよね。今、手持ち持ってきてなくて、友達の分しか買えないからさ」
男は呆れていた。こんなくだらない話はないという顔だ。
しかしルカの表情は怖い。笑顔の中の狂気。それが見え隠れする。
やはり喉が渇いて冷静ではない面が浮上していた。砂に喉の渇き、おまけに熱さが相まって、ルカは本気で怒っている。




