17.仲直り
これにて一章完。
たった一人でブルホーンを倒したルカ。
そんなルカはシルヴィアとライラックを前にしていた。
疲れ切った顔をしたシルヴィアを見て、ルカはそっと手を差し伸べる。
(手、取ってくれるかな……)
どうせ取ってくれはしないだろう。転入生で生意気なルカをシルヴィアは毛嫌いしており、ルカは少し心配になった。
“でも私が手を伸ばさなくても、ライが手を差し伸べす筈だ”、謎な自信でそう踏んでいたルカ。
しかし現実は何故か真逆であり、先に手を伸ばすのはライラックではない。
「ありがとう」
「えっ!?」
流石のルカでも驚いてしまった。
当たり前のように嫌われていると思ったからだ。
けれどシルヴィアはルカの手をギュッと掴むと、立ち上がりバランスを取れば、すぐに頭を下げた。
「ふっ、ありがとうございます、助けてくれて」
「いいよ。それより二人とも怪我とかしてない?」
「それは大丈夫だってー。けどさ、でもよくあんなの倒したよねー」
「そうよ。それよりも今のはなんの魔術ですか?」
「魔術? ……あー、そう捉える?」
ルカは困惑した。けれどそんなルカの反応に二人も頭を抱える。
如何やら凄い魔術か何かと勘違いしているらしく、ここはハッキリと否定した。
「あれは魔術じゃないよ」
「じゃあ魔力を使ったんですか?」
「うーん、それも違うかな。少しは流したけど、ほとんど筋力」
「「筋力!?」」
「そう、筋力。正確には呼吸法かな?」
ルカは大真面目だった。
ただし二人は納得しない。それも仕方ないだろう。 大きなモンスターを人間が素手で倒せるとは思えない。だけどルカみたいな千年以上生きる魔法使いは魔力の扱いが上手い。そのおかげで基本的に魔力は少ししか使わず、しかも相手は同じ魔法使いや騎士のような人間相手。もしくは凶悪な魔獣ぐらいのもので、モンスター相手には大気中に含まれる魔力に干渉して敵を倒すか、単純に筋力や武術に身を任せる。そうでないといちいちやっていられない。
今でも魔術師が習得する必須技能ではないにしろ、出来た方がいい技術ではあった。
ただしルカのように滑らかには行かないのが常識のうちで、シルヴィアには魔術の派生に見えてしまったらしい。
「それは置いておくとして」
「置いとかないでよ」
「あっ、今の素はいいね」
話が脱線しそうになったので、ルカはここで一度切った。
その際、シルヴィアのつまらない敬語が外れ、ほんの少しだけ素面が見える。
可愛らしいと思ったが本人には気恥ずかしかったらしく、ほんのりと頬が赤らんだ。
「とにかく無事でよかった。それより、そろそろ行こう。人が来る」
「そうでした。あっ、ちょっと待ってください!」
「ん?」
先を行こうとするルカをシルヴィアは呼び止めた。
何事かと思ったところだが、シルヴィアはもっと深く頭を下げた。
「本当にありがとうございました。命を救ってくれたのに、変なことでムキになってしまって」
「そんなことないよ。それにタメ口でいいから」
「タメ口で……?」
「うん、変に気を張られるのは好きじゃない。これから関係を深めていくんだ、それからいいでしょ?」
シルヴィアに敬語は似合うけれど、友達の間柄では違う。
もっと上昇志向の塊でいて欲しく、噛み砕いた言葉遣いを所望するルカ。
すぐには難しくてもこれでルカだけではなく、他の人に対しても態度が変わる筈で、必ずシルヴィアには必要なものだと確信してしまうルカだった。
「わかったわ。私の素面を見せてあげる」
「おお、態度が急変した」
「お望みでしょ? それじゃあルカ、本当にありがとう」
「別にいいよ、ほら帰ろうか」
シルヴィアは微笑むようだった。
可愛らしい。けれどライラックは横槍を入れた。
「そう言えばシルヴィ、昨日も死に掛けたよね?」
「ん? 昨日」
「そうだよー。シルヴィ、昨日は馬車にねー」
「止めてライ!」
それを聞いてふと思い出した。
「そっか。昨日助けたのって、シルヴィアだったんだ」
「えっ、助けたって?」
「馬車のだね。一応私が抱えたんだよ。咄嗟だったからごめんね」
ルカはぽつりと呟いた。
頭を掻きながら照れるように話をすると、シルヴィアは顔を赤らめて涙袋を溜めた。
「ぐすっ。しゅん」
「な、なんで泣いてるのかな?」
意味が分からない。
ルカは困惑した。しかしシルヴィアは、顔を俯きつつ答える。何がそこまで胸を圧迫したのか、ルカにもライラックにも見えない。
「馬鹿みたいですよ、私って。二度も命を助けてくれた相手と張り合ったりして」
「いや、いいと思うけど」
「どうせ勝てないのに」
「それは違うよ」
パチン!
ルカはシルヴィアの額にデコピンを入れた。痛がった様子のシルヴィアの額は赤くなる。
顔を上げてムカついたのかルカを睨みつけると、それくらいが“らしさ”に変わる。
「な、なにするんです!?」
「敬語は直そう、それから勝ち負けとかじゃないでしょ」
「えっ!?」
ルカは真剣な目をして言った。
敬語については仕方がないとして一旦受け止めたものの、意地悪な言葉と聞き流す。それでいて、本音は堂々と突き付けた。
「適材適所って言葉がある通りで、向き不向きがある。何でもかんでも完璧を求めなくていいんだから」
「でもそれじゃあ魔術師学になんて、夢の官僚になんて」
「そんなことないよ。君には才能がある。だから諦めずに楽しくやってみようよ」
「楽しく?」
「そうだよ。なんでもかんでも張り詰めずにさ、のんびり楽しくやればいいの。それが一番なんだからさ」
ルカはそう伝えた。
するとライも肘で突っつく。同じことを思っていたらしい。それなら親友の口から伝えればいいものの、ライラックは自重していたらしい。
だからこそなのか、ルカの言葉が刺さりに刺さる。
「楽しく……」
シルヴィアも口にする。
自分が捨てた考え方。両親の期待を裏切った考え方。
だけど今それが手に届くところにある。シルヴィアは手を伸ばす。まだ自分は弱い。けれど、
「いつか、ルカみたいに」
「それを目指す必要はないでしょ。シルヴィアは……」
「そうね、そうですね、私は私を目指す!」
「そう言うこと」
二人は仲直りをしたらしい。
無地路一方的に攻撃的だったシルヴィアの矛が収まった感じだ。それを快く思ったライラックもまた、二人の横に並び立つ。
ルカは本当の意味で楽しい学生生活を送れる気がした。
こんな日常を手にしたルカは、何を思うのだろうか。それは本人にもまだ分からないでいた。
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