7.雇用契約
私の奇想天外な提案を聞いたアルフレドは、大きく目を開けた。
そして、息をふっと吐いて口の端を上げた。
「召喚無しに妖精と契約を結ぼうって言うのか。お前、面白いこと考えるな」
「先に常識を崩してきたのはアルフレドの方じゃない。召喚した妖精から雇うように、しかも給料まで要求されるなんて聞いたこともなかったもの。それで、契約の内容なんだけど……」
「まあ、話だけでも聞いてみてやるよ」
よし、第一関門はクリア。
元悪役令嬢な私とは関わりたくないって突っぱねられちゃったら終わりだったからね。
私の考えた仕事内容と働くことでの特典はこれだ。
1.週5日決められた時間だけ私の練習に付き合い、その間に時給が発生する
2.コンテストは絶対参加で別途手当を出すと共に、賞金の3割を支払う
3.希望するならば無料で屋敷の部屋を貸し出し、食事も援助する。
4.ダブルワーク可
アルフレッドには日常的に給料が発生し、コンテストに出ればボーナスまで出る。
勝てばさらに稼げると言うのに負けても何もリスクにはならない。
それと、王宮を出てきたってことはアルフレッドは今、住むところもないってことだから魅力的な条件だろう。
私が練習できるのはせいぜい1日3時間くらいだろうから、その他の時間にアルフレドなら稼ぎに行きたいだろうとも考えた。
アルフレドから要求や意見があれば変えるけど、とりあえずはこんなところかな。
アルフレドは興味深そうに話を聞いていた。
私が全て話し終えると関心したように口を開いた。
「なるほどな。俺にとっても悪い条件じゃなさそうだ。自信満々に言うだけのことはある」
「そうでしょう!じゃあ……!」
「でも、残念だけどそれは無理だ。俺が妖精使いとして稼げばいいとか何とか言ったのは口から出任せでその場しのぎの嘘にすぎない。取り立て屋がいかにも頭悪そうな下っ端だったから騙せただけで、そんな方法、認められる訳がねえ」
いきなり現れたアルフレドに矢継ぎ早に言われ、目を白黒させて悩んでいた取り立て屋のことを思い出した。
言われてみれば、雰囲気と威勢だけだったような気もしてくる。
ヤのつく自由業の人たちも、参謀とかは意外とスーツに眼鏡でスマートって場合も多いからなあ。
コンテストにさえ出れられれば、返済能力があるって認めさせるのに。
まあ、私の事を客観的に見たらそんなこと出来るわけがないって思うのが普通だろうしね。
アルフレドがそう言ったからもしかしたらって思ったんだけど、やっぱり無理なのか……
「さあ、無駄話は終わりだ。取り立て屋が戻ってくる前にさっさと俺に渡す物渡して、お前も異国にでも逃げることだな。奴隷制度があるのはこの国くらいだし。時間くらいは稼いでやったんだから」
「ええ、そうね。悪いけど、現金は持ってないから現物支給でもいい?確か、まだ換金してない宝石が残ってたと思うの。それと、屋敷の中の物も何でも好きな物持って行って良いわよ」
私はアルフレドを屋敷の中に招き入れた。
取り立て屋が戻ってきてアルフレドの提案が却下されればこの屋敷も中の物も何もかもカルバート家の物ではなくなってしまう。
この屋敷はヤミ金の支店から結構離れているから、そう焦ることもないんだけど。
アルフレドは飛ぶように中に入り、屋敷の中を物色し始めた。
なんか手慣れてるんだけど普段はそんなことやってないよね?
私はいぶかしげに思いつつも宝石を取りにいった。
「はー、しけてんなー。まあ、没落間近の貴族の屋敷なんてこんなもんか」
私が宝石を取りに行き、玄関ホールに戻ってきてしばらく経ってから、やっとアルフレドが文句を言いながら現れた。
じゃあ、その物をぱんぱんに詰めた両手に持ってる袋は何?
そんなことを言いながらもちゃっかり少しでも売れそうな物とか服とかの日用品を持ち出そうと思ってるみたいだ。
抜け目ないなあ。
「はい、これ。こんな物しかなくて悪いけど勘弁してね。随分前のことだけど働いててくれてありがとう。助かってたよ」
「お前、これ……」
「え……?」
宝石を受け取ったアルフレドは、じっとその宝石を見つめて眉をしかめた。
宝石を偽物だと疑っているのかな?
確かに、その宝石は無色透明であまり流通しているものではなく、かといってそれほど価値の高いものでもないので知名度は低い。
私がそのことを説明しようかと思ったところ、アルフレドは受け取った宝石をポケットにしまった。
「いや……なんでもない。どーも、10万ペルってところか。まあ、無いよりはましだな」
用は済んだと、アルフレドは大荷物を抱えて屋敷の扉を出て行く。
もう会うこともないんだろうなと思いながらその後ろ姿を見送った。
悪役令嬢だった頃の私は、妖精達を人間とは別の物と考えて接していた。
接してみれば人間と少しも変わらないというのに。
もし、また会えることがあったらもっと妖精達と仲良くなりたいなあ。
閉まりかける扉を眺めながら、私はそんなことをぼんやりと思っていた。
すると、閉まりかけた扉を再び開きながらアルフレドは振り返ってきた。
「お前、随分余裕そうだな。早く異国に高飛びしなくて良いのか?」
「まあね」
いくら少しは時間があるとはいえ、何の準備も始めていない私をみてアルフレドは疑問に思ったようだった。
そんなこと気にするタイプには見えなかったのに、もしかしたら彼は思っているよりも優しいのかもしれない。
「この屋敷、お前以外に人がいないみたいだったけどどうしたんだ?ピクニックにでも行ってるのか?」
「使用人たちは申し訳なかったけどお給料を支払えなかったから全員暇を出したの。お父様とお母様は異国に在庫の香水を売りに行っているよ」
「そうか、お前は家族だけはとっくに高飛びさせておいて自分だけ犠牲になるつもりだったんだな」
「犠牲だなんて。何だって借りたら返すものでしょ?私なんかで返せるんだったらそれで十分」
アルフレドはこの屋敷の状況と私の話を少し聞いただけなのに感づいたようだった。
ほんとにこの男はお金のこととなると凄いなあ。
そう、私は彼の言うとおり家族だけは異国に逃がしておいた。
大量に残った香水の在庫をはけさせるために異国で売ってきたらどうかと父に提案して。
実際、国内では噂による悪評で売れなくなっているだけで物は良いから、異国ではそれなりに売ることが出来ているだろう。
母にも父についてって貰うように説得した。
そして、私はまだやることがあるからと言ってこの国に残っていた。
両親には私が二人のいない間に借金をどうにかしようと考えていることは気が付かれていないと思う。
奴隷として売られることに覚悟は出来ていた。
元王子の婚約者だとか魔法の特殊特性があるとか自分に付加価値をつけて出来るだけ高く売れるようにして、それで借金を返そうと思っていた。
屋敷と爵位はなくなっちゃうかもだけど、家族が借金取りに追われるようなことがなければそれで良かった。
妖精使いと聞いて、最後に非現実的な悪あがきをしちゃったけどね。
「お前、変わったな。別人みたいだ」
「え?今更?今日会った時に言えば良いのに。化粧とか派手な髪型とか無駄に時間かかるんだもの。もう王宮じゃないんだからいいじゃない」
アルフレドと会っていた悪役令嬢だった頃の私はいつもごてごての化粧にはではでの髪型をしていた。
記憶が戻ってすっぴんを見たとき、私でさえこれ誰?って思ったからね。
化粧をしているときの私は他の貴族の令嬢になめられないように目力にこだわっていたから、アイラインとアイシャドウを駆使してキリッとつり上がった印象になるようにしていた。
でも、今の私はほとんどすっぴんのようなナチュラルメイク。
私の顔ってそのままだと目は淡いピンク色で大きくてまん丸って感じで全体的に幼い印象になってしまう。
自画自賛になっちゃうけど、自分自身結構可愛いと思ってる。
髪も梳かすだけの自然なまま。
ブロンドで軽くウェーブのかかった髪も気にいっている。
前世では黒髪、黒目の日本人だったから、新鮮で嬉しくもあった。
「いや、見た目もそうなんだけど、そういうことじゃなくて………あーもう!くそっ!」
アルフレドは何か言いたげに口ごもっていたが不意にそう吐き捨てると、扉を閉めて大荷物を脇に置き私の目の前に再び戻ってきた。
「………折半だ」
「え?」
「コンテストの賞金は折半だ!それが条件で良いならお前んとこで働いてやるよ!」
私に人差し指を突き立て、なんとなく怒ったように威勢良くアルフレドはそう言ったのだった。