3.ファンタジー世界は結構シビア
私、クラリス・カルバートは下級貴族であるカルバート家に長女として生まれた。
そして、その時、天は私にある物を与えてこの世に生み出してくださった。
私に前世の記憶を持ったまま生み出してくださったのだ。
そう!私は生まれてから幼少期の途中まで前世の記憶があったのだ!
それに気がついたときはもう人生勝ち組だって思ったよね。
前世チート活かしまくれるじゃんって。
そう思ってましたよ。
でも、前世の私は一般人。
どこにでもいる大学生だった。
車とか電話とかどういう仕組みで働いているかなんて知るわけないし、普通の人が知ってる応急手当以上の医学の知識があるわけでもない。
すぐに悟ったよね。
あ、これ、何もできないパターンだわって。
しかも、この世界の言葉とか文字とか前世の時と全く違った。覚え直さなきゃいけないって苦労があった。
私の語学力なめるな!え?英語の成績?万年2でしたけどなにか?
だから結局話したり本読んだり出来るようになったのは普通の子供くらいの進み方だったんだよね。
そんな感じで人生積んだなーとか思ってたら、よちよち歩きが出来るくらいになったある日、私はとんでもない事実を知った。
な、な、なんと、この世界には魔法が存在するっていうことに!
もう、テンション上がりまくり。
無意味に「ファイヤーボール!!」とか叫んじゃったよね。
家の中で。
そんなことしたら、屋敷が大変なことになるって気がつかない私はなんて馬鹿だったんだと今では思う。
でも結局、屋敷でぼや騒ぎのひとつも起こることはなかった。
だって私、魔法が使えなかったから。
でも、私が落ちこぼれだから使えないって訳ではない。
この世界の人間は皆体内に魔力を持ってはいるんだけどそれを自分で使いこなすことが出来る人はほんとに一握りなんだって。
だから、普通の人は体内の魔力を現象に変換できる道具を使ったり、それか魔力が溜め込まれた魔法石っていう石を利用して道具や大がかりな装置を使ったりしている。
まあ、それでも私が前世にいた世界みたいに科学技術の方が発展しているからそっちの方を使うことが多いんだけどね。
服装とか道具の使い勝手とかで私がイメージするような中世ヨーロッパにちょっと魔法が介入してるって感じ。
そういうわけで、魔法をちょっとずつ楽しみながらも身の丈にあった生活をこの田舎でしておりました。
安全に暮らせるんだったら魔法のある異世界に転生出来たのもラッキーだったななんて思いながら。
でも、私が5歳になったとき、誕生日のお祝いにと連れてってもらったコンサートでさらに衝撃の事実に気づくことになった。
ステージに立つ一人の女性と4人の男性。
女性の方は茶色と落ち着いた髪色なのに対して、男性の方は赤や青などずいぶんとカラフルで少し浮いて見える。
よく見てみるとアクセサリーかと思っていたが、その男性達の頭には何かの動物の耳のようなものが付いていて、尻尾がある人もいた。
そして、音楽が流れ始めるとその4人の男性が歌い出した。
今まで聞いたこともないような美声が重なり合いさらに美しいものになる。
それを表すかのように彼らから光の玉が出現し、真ん中に立っていた女性へと向かっていく。
その光の玉を彼女は華麗に踊りながら弾けさせ、その光の粉が私たち観客へと降り注ぐ。
なんとも幻想的な光景に観客達はみんな心を奪われているようだった。
もちろん、その時の私も例に漏れずに心を奪われていた。
しかし、曲が1曲終わったとき、私は初めて見たはずなのに何故か既視感を覚えた。
私の住む屋敷は王都から離れ、ここに来るのもひと苦労だ。
ましてや、遠出したことなんて今日が初めてだった。
見たことがあるはずなんてない。
そんな風に少し疑問に思いながらもわくわくと次の曲が始まるのを待っていた。だけど2曲目が始まったとき、私は確信した。これを前世で見たことがあるってことに。
タララ~タラララ~♪
君と~(君と~)僕とで音をつないで~いこう~♪
ああ!何百回何千回何万回聴いたことか!
このイントロと歌の入り、ハモり。
その曲は私が前世にプレイしていた乙女ゲーム「君と僕とで音を紡ぐ」の主題歌に違いなかった。
じゃあ、この世界はただの異世界じゃなくてゲームの世界だってこと?
画面の中に見ていた光景が、今、この瞬間に目の前に広がっていることを見れば疑う余地はない。
仮に、そのゲームとよく似ただけの別の世界だったとしても私には問題ではない。
人と妖精による素晴らしいこのコンサートが存在するというだけで、こんなに嬉しいことはなかった。
「君と僕とで音をつなぐ」(通称きみおと)は1000万ダウンロードを突破した超人気アプリゲーム。音ゲー×乙女ゲーをコンセプトにして、そのどちらも素晴らしいと評価されたゲームだ。
かく言う私もリリースと共にダウンロードしてはまりにはまっていた。
ミュージックパートとストーリーパートに分かれ、主にミュージックパートが音ゲー、ストーリーパートが乙女ゲーを担っている。基本プレイ無料とは思えないくらいの本当に素晴らしいクオリティだった。
制作者の皆様、ありがとうございました。ごちそうさまでした。
ストーリーパートでは、平民である主人公がある特殊な力を見いだされ、3年制の魔法学校に2年生として編入するところから始まる。そこで出会う学年の4大勢力と恋に落ちていくというシナリオである。上級生の生徒会長に同級生の王子と将来の騎士団長候補、下級生の不良と幅広いラインナップでどの人を攻略しようか誘惑が多すぎる。まあ、もちろん全員の全ルートクリア済みなんだけどね。
そして、ミュージックパートでは4人の妖精達とともに公演を行う。プレイヤー自身のレベルやステータスを上げたり、妖精のレベルアップや特殊スキルを効果的に組み合わせて編成したりなどなかなかにやりこみ度が高かった。音ゲーなんてやったことのなかった人も、はたまた音ゲーに厳しい人にも楽しめる作りになっていた。曲も良い曲が多いし、難易度も幅広く選べるから、飽きないしほんと満足出来るゲームだった。
私は最初はストーリーパートに惹かれて始めようと思ったんだけど、それよりもミュージックパートのとりこになってしまっていた。イベントなんか開催されたときには時間がある大学生の特権を活かして、朝から晩までやりまくっていたほどだ。
とまあ、そんなわけで、前世にあれほど好きだったゲームのミュージックパートが出来るって分かっただけでも本当に嬉しかった。
それに、ここが本当にゲームの世界でストーリーパートもそのまま出来るとしても、私が主人公だという可能性は低い。
だって、私、こんなに慎ましく田舎で暮らしてるっていっても、腐っても貴族だもん。ゲームの主人公は平民だから、カルバート家が貴族の位を剥奪されて平民落ちとかしない限りそうはならない。
うん、そうまでして主人公にはなりたくない。リアルで音ゲーやりつつ、身の丈にあった暮らしが出来れば十分だ。
「お父様!私、大きくなったら妖精使いになります!」
コンサートからの帰り道、私は馬車の中で隣にいた父にそう告げた。ゲームの中ではプレイヤーのことを妖精使いと呼んでいた。
貴族の令嬢も魔法学校に行かなくても趣味としてたしなんでいることも多い。だから、そんなに難しいことじゃないと思っていて、ただ何気なく言っただけだった。
しかし、父は少し悲しそうに困ったように微笑んだ。
「そうか、クラリス。お前は今日のコンサートが本当に楽しかったみたいだな。でもな、妖精使いになるのは簡単なことじゃないんだぞ」
「分かってます。でも、私練習もちゃんと頑張れます。やりたいの。お願いします!」
「うーん、叶わない夢を見させておくのも酷なことか……。クラリス、残念だけど我が家では妖精使いにしてやることはできない」
「なぜですか……?」
私は子供の魅力を大人げなく存分に使って父に上目遣いで目を潤ませながら訴えた。
そんな私を見まいと、手で顔を覆った父は辛そうに言葉を絞り出したのだった。
「くぅっ……!可愛いお前のためにできることならやらせてやりたい。だが、妖精使いになるには莫大な金がかかる。貧乏貴族の我が家にそんな金はないんだ!!」
ファンタジーな世界でなんてシビアな問題なんだ!!
そして、父よ。あなたの嘘をつかない誠実さは素晴らしいと思うけど、それは5歳になったばかりの私にするような話なのか!
お金とそれ以外にも色々と障害があり、私が妖精使いになることは出来なさそうだった。まあ、ゲームと現実は違うんだし仕方ないよね。
私はそう納得した。
納得したんだけれども、やっぱり諦めきれずに悪あがきをしてたのはまた別の話。