表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
史書  作者: 風華
旅の始まり
15/80

第二章 旅の始まり 5

「ねぇ可憐、知ってる?この煌李宮に他国の刺客が送り込まれてるんですって」

 煌李宮の中庭にある回廊を渡る途中、可憐の友人香月かづきは恐れる様子はなく、そう言った。月明かりに照らされた香月の表情は、どこか楽しそうだ。

「香月は怖くないの?」

 可憐がそういうと、香月は首を横に振って言う。

「怖いわけないでしょう」

「そうよ、恐れる必要なんかないわ。ここには駿様がいるのよ。きっと私たちを守ってくれるわ」

 香月の言葉に、れいのはっきりした声が続いた。二人の自信満々な様子に可憐は笑む。

「そうね。駿様がいるから大丈夫よね」

「ねぇ、あそこにいるの駿様じゃない?」

 香月に言われ、中庭を見ると、たしかにそこには駿がいた。遠くて表情は良く見えないが、駿は、庭を行ったり来たりしていた。

「駿様どうしたんでしょう」

 可憐がつぶやくと、怜の言葉が続く。

「可憐、香月、行ってみましょう」


 可憐、香月、怜の三人は中庭に降りた。先程までは遠くにいてよく見えなかったが、今は駿の表情がはっきりと見える。どうやら困っているようだった。

「あの、駿様、どうしたんですか?何かお困りのようですけど」

 香月が、静かな声でそう言うと、駿は困ったように笑った。

「実は愛犬がどこかへ行ってしまってね。仕事が中々終わらないから、気分転換に愛犬と遊ぼうとしたら、一緒に飼っていたトカゲが部屋から逃げて、犬もそれを追いかけてどこかにいってしまったんだ」

 駿はそう言うと、僅かに下を向いて俯いてしまった。可憐は不覚にもそんな駿をかわいいいと思ってしまった。もともと中性的な印象の駿が困っていると、それはまるで子犬のようだと、可憐は思った。そんなことを思っていると、香月がきっぱりとした口調で言う。

「あの、よろしければ私も駿様の犬を探すの手伝います」

「私も」

 怜の声もそれに続く。二人の言葉を聞いた駿は顔を上げると、優しげな笑顔を見せた。その笑顔を見た可憐は思わず、顔が火照るのを感じる。

「ありがとう。じゃあ、一緒に犬を探してもらっていいかな?」

「もちろんです。あ、私たちの名前言っていませんでしたね。私の名前は可憐。横にいるのは香月で、その隣が怜です」

「可憐ちちゃんに香月ちゃんに怜ちゃんか。みんな可愛い名前だね。じゃあ、香月ちゃんと怜ちゃんは、東側を探してくれるかな?可憐ちゃんと俺で西側を探そう」

「はい。あの、駿様の子犬の特徴を教えてもらってもよろしいでしょうか」

 怜がそう言うと、駿は柔らかい声で言う。

「黒い子犬だよ。まだ本当に小さい子犬で、名前は黒助くろすけっていうんだ」

「……黒助ですか?」

「少し変わった名前だと思っただろう?実は鳳華様がつけてくれた名前なんだ」

「あの、駿様、トカゲの方も探しますか?」

「いや、トカゲはいいよ。特徴がないトカゲだし、見つからないと思うんだ。……実は、そのトカゲは友人から預かったものなんだけどね。 ……でも、トカゲについては俺が謝るから大丈夫だよ。黒助を探してもらえるかな?」

「はい」

 三人の声が重なった。それを聞いた駿は、三人を可笑しそうにみると、明るい声で言う。

「みんなありがとうね。じゃあ、30分後にもう一度ここに集まろう」


 可憐は駿の後をついて行く。不思議なことに、先ほどまでうろうろとしていたのに、可憐と二人きりになってからは、迷うことなくまっすぐに歩いていた。まるで目的地が決まっているかのような駿のそんな様子を可憐は不思議に思う。やがて、可憐が知らない池の前に着き、駿は止まった。駿はそこで振り返った。口元にはわずかに笑みが浮かんでいる。月を背景に佇む駿は、美しいといっても間違いはないはずなのだが、そんな駿を見た可憐はなぜか、背中に悪寒が走るのを感じた。

「可憐ちゃん、実は君に話したいことあるんだ」

 静かな声だった。しかし、人気のないこの場所ではよく響く。

「何でしょうか」

「君、煌李宮に何しに来たのかな?」

 ざわりと二人の間を風が通り抜けた。夜の煌李宮は静かだ。風が通り抜けた後は、夜の静寂が辺りを包んだ。しかし、音がほとんど聞こえないはずのこの場所で、可憐は、大きな音を聞いていた。それは、可憐の心臓が刻む鼓動だった。

「……何のことですか」

 何も考えることができず、可憐は無意識にそう言った。

「女の子の荷物を勝手に見るのは悪いと思ったんだけどね、たまたまこんな物を君の荷から見つけてしまってね」

駿はそういうと、懐から紙を取り出した。可憐は、一歩前に出てそれを見た。

「それは……」

「紅貴君の身分証明書だよ。なんで君が持っているの?」

「……煌李宮に紅貴殿が身分証明書を忘れていってしまったので、私が持っていたんです」

「まぁどうでも良いんだけどね。実は、紅貴君が、偽物の身分証明書を持っていたことで、関所の役人に捕まってしまったんだ。でも、その役人も偽物の役人だったんだけどね。誰かが、紅貴君の身分証明書を偽物にすり替えて、それをきっかけに関所で紅貴君を捕まえられるように仕組んだんだろうな。俺が思うにそれは可憐ちゃんだと思うんだけど違う?」

 可憐は何を言ったらよいか分からなかった。悪寒を感じる。それは冷たい夜風のせいだろうか。それとも――

「偽役人が倒した本物の役人なんだけどね、鳳華様があらかじめ用意した役人なんだ。彼、文官なんだけど、武道の心得もあるから、簡単には倒されないだろうからって。まぁ結局彼は倒されちゃったわけだけど、どちらにしても、鳳華様は君が紅貴君の身分証明書を偽物と取り替えたって知ったら捕えるつもりだったみたいだよ」

 可憐は何も言うことができなかった。

「君の荷物に入っていた紅貴君の身分証明書を見て」

 駿はそう言うと、身分証明書の上の部分を外し始めた。しかし、そこで可憐は思い当たる。身分証明書はそんな簡単に外れたり破れたりするような作りになっていないはずなのだ。しかし、紅貴の身分証明書の上の部分は簡単に外れてしまった。外れた部分からあらわれた物を見て可憐は、あ、と声をあげる。

「それは……!」

「見ての通り、鳳凰の印。知っての通り、この印を使えるのは鳳華様だけだよ。本来の使い方は、 重要な書類に押したりするのに使うんだけど、今回は少し違う使い方をしてるみたいだよ。つまり、鳳華様は君が紅貴君の身分証明書をすり替えることを予測して、あらかじめ紅貴君に渡される身分証明書に細工していたんだよ。君がこれをもっているということは、やっぱり今回のことに君が関わっていたということだよね」

 もはや、言い逃れはできなかった。ここから逃げようにも、あの、若き天才といわれる駿の前から逃げ出せるはずもなかった。だとすれば、今、やるこべきことは一つだと、可憐は思う。

「そうよ、お察しの通り、私は洸国の刺客」

「……君、紅貴君がどういう人物か知ってるの?」

「どういうって……」

 予想外の言葉だった。

「まぁいいんだけどね。これから、君は嘉国の文官に引き渡されることになる。……念のため忠告しておくと、本当に洸国の刺客だったら自分から洸国の刺客とは言わないと思うんだ。紅貴君のことは洸国出身ということ以外は知らないみたいだし、きっと、誰かに煌李宮に来る洸国出身の少年を捕まえるようにとだけいわれたんだろう? ……それじゃあ、君が洸国の出身ということは信じてもらえないと思うよ」

 可憐は、へたりと座り込んだ。もう駄目だと思うが、どうしたら良いかが分からなかった。目の前の池に映る月が歪んだ。それは、目から溢れる涙のせいらしかった。

「……可憐ちゃん、君がやろうとしたことは許される事じゃない。でも、正直に話してくれたら、俺は怒らないよ。だから、俺にだけは可憐ちゃんのこと教えてくれるかな」

 先ほどよりも暖かい声だった。ゆっくりと顔をあげると、駿は優しい笑顔を浮かべていた。その笑顔の前で嘘をつくのは申し訳ない。不思議と、可憐をそういう気持ちにさせた。

「わたし、洸から来たんじゃないんです……恵からきました……」


「つまり、どういうことだ?」

靖郭の食堂で、紅貴、瑠璃、桃華の三人は夕食を食べていた。そこで、紅貴が関所に捕まる経緯を 桃華に聞いていたのだが、紅貴はよく理解できなかったのだ。

「桃華、そんないいかげんな説明じゃわかるわけないでしょう。もう少しわかりやすく説明しなさい」

「う~ん。あのね、たまたまある国に行ってて、煌李宮に刺客が送り込まれていることを知ったの。その時はよく分らなかったんだけど、 後から、その狙いの一つが紅貴だってわかったの。でね、少し前から私や翡翠に仲良くしようとしている女官の子がいてね、今思うと、紅貴の情報を探ろうとしていたんだと思うんだ。本名で呼び始めたから、余計に怪しいなって思ったの」

「どういうことだ?」

「紅貴、二将軍には本名とは別にもう一つの名前が与えられるの、私や白琳、駿なんかは本名で呼んでるけど、それは異例中の異例なの。普通はもう一つの名前で呼ぶわ。どんなに親しくてもね。多分、そのこが、本名で呼んだことで、桃華はその子を睨んだのよ」

 桃華は、こくりとうなずいた。

「でね、煌李宮でこそこそやられるなんて嫌でしょう。だから私はその子に、わざと紅貴が洸国出身だってばらしたの。そしたら何か動き出すんじゃないかと思って。でね、考えたんだけど、紅貴を捕まえるためとはいえ、翡翠を真正面から相手にするはずはないと思ったの。そんなことやってたら命がいくつあっても足りないし。関所だったら紅貴を簡単に捕まえられるんじゃないかなって思ったの。きっとそのために紅貴の身分証明書を偽物に入れ替えるはずだって」

「もしかして、桃華は、おれが関所で捕まるのを知ってたのか?」

桃華はこれには答えずに、話を続けた。

「でもね、私、紅貴が最初にわたされた身分証明書を改造しておいたの。だから、改造された身分証明書を持っていれば、その子が、ってことになるわ」

「つまり、まとめると桃華は紅貴を利用したってことね」

 紅貴は、瑠璃のその言葉に少し落胆した。そんな紅貴のことを知ってか知らずか、桃華はいつもどおりにっこり笑って言う。

「紅貴、その杏仁豆腐もらうね」

 桃華がそういうとあっという間に紅貴の皿から杏仁豆腐が消えた。

「なんか俺、疲れちゃった。先に宿戻ってるよ」

紅貴は軽くため息をついて席を立った。


 桜亭に戻り、紅貴は部屋に向かった。引き戸を開けると、聞いたことがある声が紅貴の耳に飛び込んできた。

「まったく世話が焼けるんですから」

 白琳が寝台の横に腰かけていた。寝台で寝ている翡翠に話しかけているようだった。しかし、驚いたのはその後だった。白琳の手が輝きだした。見張り台でも似た光景をみた紅貴だったが、次に繰り広げられたことに、紅貴は目を見開く。寝ている翡翠の体から、紫色の光のようなものが出てきた。それは白琳の輝く手によって吸い込まれていく。不気味な光景に紅貴は動くことができなかった。やがて、紫色の光が消えると、白琳の手も元に戻った。紅貴は部屋を出ようとするが、白琳が紅貴に話しかけてきた。

「紅貴さん戻ってたんですね」

「あ、うん。忘れ物をしちゃって」

 白琳は柔らかい笑みを浮かべていたが、今の紅貴にとっては、白琳の笑顔ですら恐ろしい。

「翡翠様、連日の仕事で疲れているようで、熟睡しているみたいなんです。できるだけ邪魔はしないであげてくださいね」

「う、うん」

 白琳はそう言うと部屋を出て行った。白琳が去った後も先ほどの光景が頭から離れなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ