第十七話 これから④[最終話]
運良く座ることのできた電車でぼんやりとスマホを眺めていた迅は、とある駅で前に立った祖母くらいの年代の女性に気がつき、思わず声をかけていた。
「よろしければどうぞ」
「ありがとう」
立ち上がって席を譲れば、年配の女性はにこにことした笑顔でお礼を言って、迅が空けた席へゆっくりと腰を下ろす。
「素敵な着物ですね」
つり革を持って改めて前の席に座る老婦人を見下ろせば、着物に詳しくない迅から見ても刺繍の美しさがわかり、つい感想を洩らしてしまった。
気軽に話しかけて不快にさせてしまったらどうしようかとも思ったが、迅の懸念に反して老婦人は嬉しそうに答えてくれる。
「実は孫の結婚式なのよ」
「そうなんですね。おめでとうございます」
なんとなく結婚式かなにかだろうかとは思っていたため、笑顔で祝福の言葉をかける。
迅も結婚適齢期であることを考えれば、やはり祖母と同じくらいの年齢だろうか。なんだか自分の祖母と重なって手を差し伸べてしまいたくなる。
「会場はここなんだけど……。三つ先の駅で降りればいいのよね?」
「え~と……。ちょっと待ってくださいね」
招待状に入っていたと思われる会場への案内図を差し出され、迅はきょろきょろと電車内を見回した。
経路図らしきものが遠くに見えるが、迅がいる場所からではよく見えない。
仕方なくスマホを取り出すと検索をかけ、正解を導き出き出す。
「はい。そうです。三つ先の駅で大丈夫です」
「迷ったら困ると思って早めに家を出たのだけれど……。間に合いそうね」
「お孫さんの晴れ姿に遅刻したら悲しいですしね」
式場は最寄り駅から徒歩五分程度のところにある聞き、それならば大丈夫かと安心する。
三年ほど前に夫を亡くし、今は一人暮らしをしているものの、長男夫婦が心配して同居を勧めてくれているだとか、今日結婚式を挙げるその長男夫婦の娘である孫は、しょっちゅう顔を見に来てくれるのだとかの話を聞いているうちに、駅三つ分の時間はすぐに過ぎていった。
「ご親切にありがとう」
「いいえ」
老婦人が腰を上げ、席が空いても座り直す気にはならず、つい老婦人の手を取って電車の出口まで送ってしまう。
「お気をつけて」
「ありがとう」
ホームを歩き出した老婦人をそのまましばらく見守っていた迅だが、老婦人がきょろきょろと辺りを見回して困ったように足を止めてしまった姿を見て、ドアが閉まる寸前で思わず電車を降りてしまった。
「おばあちゃん! こっちです」
「え? やだ、あなた……」
人混みに流されそうになっているところを駆け寄って盾になれば、老婦人は驚いたように目を見張る。
「とくにこのあと用事があるわけではないので、改札まで送りますよ」
「そんな……」
「気にしないでください」
自分の祖母もこんな感じだろうかと思えば放っておけなかった。
予約が入っているわけでもなく、ただ自宅に帰る途中だったため、ここで少し寄り道をしたからとなんの問題もない。
「ありがとう」
「いえいえ」
深々と頭を下げて感謝を示してくれる老婦人に笑顔を向け、迅は足早に先を急ぐ人々の流れから老婦人を庇いつつ、先ほど見せてもらった式場までの案内図を思い出す。
最寄りは何口だと書いてあっただろうか。
「ここ……、ですね」
そうして結局、改札を出て式場の入っている高層ビルまで付き添ってしまった迅は、一階の入り口前で老婦人を送り出す。
「本当にお世話になって。なにも御礼ができなくて心苦しいわ」
「これくらいで御礼なんて必要ないですよ」
申し訳なさそうに謝る老婦人の姿はとても上品で、こんなふうに気品のある老婦人はとても素敵だなと思いながら首を振る。
「あ。そうだ」
そこで老婦人はなにかを思い出したように目を輝かせ、和装バッグに入っていた財布の中から一枚の小さな紙を取り出した。
「これ、私の名刺なんだけれど」
「え?」
「あとで連絡してちょうだい」
夫が亡くなったあと、形だけ会長として会社を引き継いでいるのだと笑った老婦人から差し出された名刺を前にして、迅はどうしたらいいのだろうと対応に迷ってしまう。
「本来ならこちらから連絡するべきところを、手間をかけさせてしまって申し訳ないけれど」
「いえ、そんな……」
「お願いね?」
力強く懇願され、押し負けた迅は名刺を受け取ると苦笑する。
「……わかりました。いただいておきます」
「あなたのおかげで余裕を持って着けたわ」
老婦人はにこにこと嬉しそうに笑い、最後に迅を見上げるとぎゅっと手を握り締めてくる。
「素敵な出会いをありがとう」
「こちらこそ」
上品なその笑顔はとても印象的で。
建物へ入り、何度も振り向いては頭を下げて歩いていく老婦人を姿が見えなくなるまで見送って、迅は元来た道を戻っていく。
――出会いに感謝され、女性を笑顔にできる自分に。
改めて、自分が目指すべき未来を思い出す。
これからも自分の進むべき道を信じ、自分にできる限りのことをして女性に寄り添っていきたいと、迅は気持ちを新たに雲一つない空を見上げた。
抜けるような青空を、心地よい風が吹き抜けていった。
ここまでお読みくださりありがとうございました!
普段は異世界恋愛ファンタジーを書いているもので、新ジャンルへの挑戦でドキドキしておりました。
少しでも楽しんでいただけましたら幸いです。
実は構想自体は二章三章があったりするのですが……。
いつか書ける日がくればいいなぁ、と思っております。
(番外編くらいは書けたら! と思っておりますが……。みな様はどのキャラクターがお好きでしょうか?)
最後になりますが、↓の☆マークにて評価などしてくださいますと、今後の執筆の励みになります。
どうぞよろしくお願い致しますm(_ _)m




