第27話:漏れ出す本音
お風呂上がりのふわふわな毛並みを揺らしながら、私はシグルドの肩に乗って騎士団本部の彼の執務室へと向かった。部屋のクッションに落ち着くと、シグルドが「出勤のご褒美だ」と、一口サイズの最高級干し肉を差し出してきた。
(あ、これ、肉汁が凝縮されてて大好きなやつ……!)
私は嬉しくなって、無我夢中で肉を食んだ。あまりの美味しさに、喉の奥から満足げな鳴き声が溢れる。
「うみゃ……うみゃうみゃ……(うまうま)」
自分では「ゴロゴロ」と鳴いているつもりだった。
けれど、その音は私の「美味しい」という感動をそのままなぞるように、はっきりと人間の言葉の響きを持って室内に溶けた。隣で書類をめくっていたシグルドの手が、ぴたりと止まる。
「……雪。お前、今……『うまうま』と言ったのか?」
(……え? 何を言ってるのかしら、この親バカさんは。ただの鳴き声に決まってるじゃない)
私は呆れて「みゃ〜ん」と鳴き返したが、シグルドの目は真剣そのものだった。
どうやら彼は、巷の飼い主がよくやる「うちの子が喋った!」という空耳の類だと思っているようだが……彼の顔には、それ以上に深い確信が宿っているように見えた。
その後、シグルドが厳しい表情で予算書を確認している時だった。私は彼の隣で、広げられた資料の一箇所に目が釘付けになった。前世の事務処理能力が、そこにある単純な計算ミスを瞬時に捉えてしまったのだ。
(あ、そこ、桁が一つ違うわよ。誰、こんな凡ミスしたの……)
私はつい、前足でその数字をトントンと叩いた。すると、無意識に溜息混じりの鳴き声が漏れた。
「……んなぁご(そこ)」
それは、疲れ切ったお局社員が後輩のミスを指摘する時のような、妙に説得力のある響きだった。静かな室内で、シグルドは私の指した箇所を二度見し、さらに三度見して、大きく目を見開いた。
「……計算が違う。雪、教えてくれたのか。……やはり、」
(……まさか。今の独り言、通じたの? いやいや、偶然よね。猫の鳴き声がたまたまそう聞こえただけよね……)
私が必死に自分に言い聞かせていると、シグルドの瞳には、言葉では言い表せないほどの感動が込み上げていた。シグルドは我慢できないとばかりに、私を抱き上げて首筋に顔を埋めてきた。
「雪。お前は……なんて賢いんだ。……俺は、嬉しい」
あまりに情熱的に、しかもぐいぐいと首筋に「猫吸い」をされるものだから、私は少し苦しくなって、反射的に喉を鳴らし、もふもふの手でシグルドの顔を遠ざけようとした。
「……んにゃっ(いや)」
(ちょっと、しつこいわよシグルド! 離しなさい!)
私は精一杯「シャーッ!」に近い威嚇のつもりで鳴いたのだが、口から出たのは、可愛らしくも明確な拒絶の「音」だった。
シグルドはショックを受けるどころか、幸せそうに笑って私を解放した。
「……嫌か。すまん、愛らしくてつい……」
(……この人、私の言いたいことが全部わかってるみたい……)
シグルドは「うちの子は天才だ」と満足げに私の頭を撫でている。私はそれを「親バカの妄想」だと笑い飛ばそうとしたが、あまりに的確にこちらの意図を汲み取られるものだから、少しだけ背筋が寒くなった。
(もしかして……。私の『心の声』、鳴き声に混じって漏れちゃってる……?)
まさかね、と私は自嘲気味に鼻先を彼の手に寄せた。けれど、シグルドの慈愛に満ちた眼差しは、私の正体などとっくに知っているかのように、どこまでも優しく私を包み込んでいたのだった。




