第25話:禁断の腹もふ
深い眠りから意識が浮上し始めた時、お腹のあたりに形容しがたい「幸福な重み」を感じた。
まどろみの中で、私は自分が今、とてもリラックスした姿勢でいることに気づく。元人間としての理性が働けば、今の自分の格好は少しばかりはしたないものだった。
(あら……。私、いつの間にこんな格好に……)
私は、シグルドのベッドのど真ん中で、仰向けに転がっていた。いわゆる「へそ天」という状態だ。 四肢を投げ出し、ユキヒョウの最も柔らかい急所であるお腹を、天井に向けて丸出しにしている。ユキヒョウとしての野生など、どこか雪山の彼方へ落としてきてしまったらしい。けれど、それほどまでにこの場所が、シグルドの隣が、私にとって安全で心地よい場所になっていた。
薄目を開けると、隣に座り込んで私を見つめているシグルドと目が……合わなかった。
彼の視線は、私の顔ではなく、私の真っ白でふかふかとした「お腹」に釘付けになっていた。
「……雪。お前、そんな無防備な姿を見せてくれるのか」
シグルドの囁き声は、聖遺物を前にした巡礼者のように震えている。彼は大きな掌を空中で何度か躊躇わせ、指先を曲げたり伸ばしたりしていた。動物にとって、腹部は命に関わる急所だ。信頼していない者には決して見せない場所であることを、騎士である彼は誰よりも理解しているのだろう。
「お前が俺を、これほどまでに信じてくれているというのか……」
感動に打ち震えるシグルドの独白が聞こえる。私は睡魔に勝てず、再び深く目を閉じて「みゃん……」と小さく鼻を鳴らした。それは彼への「好きにしてもいいわよ」という、最大級の許可証だった。
ーその直後、ついに禁断の瞬間が訪れた。
グルドの熱を持った大きな掌が、私のお腹の最も柔らかい中心部へと、沈み込むように着地した。
(ふふ……。シグルドの手、温かくて気持ちいい……)
地肌に伝わる彼の掌の厚み。指先が、密集した細かな産毛を優しく、円を描くように撫でていく。 背中の毛よりもさらに細く、まるで最高級の綿飴のようにふわふわとしたお腹の毛の中に、彼の指が埋もれていく。シグルドは、まるで壊れやすい宝物を磨き上げるかのように、慎重に、けれど確かな情熱を持ってなでなでを繰り返した。
「ああ……信じられん柔らかさだ。これが、これが真の癒やしというものか……」
一撫でごとに、シグルドの重苦しい疲れが溶け出していくのが伝わってくる。 彼は次第に大胆になり、お腹から胸元、さらには脇の下のくすぐったい部分まで、執拗なまでに撫で回し始めた。
私はそのリズムがあまりに心地よくて、大爆睡の波に再び飲み込まれていった。シグルドが「もう少しだけ……」と何度も繰り返しているのも、夢うつつの遠くで聞こえるだけだった。
どれほどの時間が経っただろうかー。
静かな寝室に、控えめな、けれど無情なノックの音が響いた。
「団長、失礼いたします。朝の鍛錬の刻限です。そろそろお支度を」
聞き慣れた老執事の穏やかな声が、シグルドの至福の時間を切り裂いた。
シグルドの動きがぴたりと止まる。彼は最後にもう一度だけ深くお腹を撫で上げてから、名残惜しそうに、けれど迅速に身支度を整え始めた。
いつもなら、私は彼の散歩がてら朝の鍛錬についていくのが日課だ。シグルドは着替えを終えると、ベッドで丸まったままの私に優しく声をかけた。
「雪、朝だ。鍛錬に行くぞ。……雪?」
彼の呼ぶ声ははっきりと聞こえていた。けれど、清潔なシーツと、なでなでの心地よさが、私の体をベッドに縫い付けていた。
(シグルド……ごめんなさい……。今日は、とっても眠いの……)
私は目を開けることすら拒否し、丸まったまま、寝言のように力なく鳴いた。
「みぃ……みぃ……」
それは、今日の鍛錬はパス、という私なりの意思表示だった。
その幼い鳴き声を聞いた瞬間、シグルドは雷に打たれたように立ち尽くした。
「……っ。みぃ、だと……?」
いつもの「みゃん」ではなく、抗いがたいほどに愛らしいその寝言に、シグルドは膝から崩れ落ちそうになった。彼は扉に手をかけながら、何度も、何度も私の方を振り返った。
「雪……本当に行かなくていいのか? いや、無理強いはしない。だが……その、寂しくはないか?」
返事の代わりに、私はしっぽをぱたん、ぱたんと一度だけ動かした。
シグルドは後ろ髪を引かれる思いが全身から滲み出たような、情けないほどに名残惜しそうな顔で、ようやく部屋を出ていった。
静まり返った寝室で、私は彼の去り際の重いため息を夢の中に聞きながら、再び深い眠りへと落ちていったのだった。




