【06】 第二王子殿下
婚約式から四ヵ月ほどが経った。
婚礼式で着用する衣装を決定するために、王宮を訪ねていた。
気に入ったのはレースをふんだんに使った白いドレス。
鎖骨が少しのぞく胸元から袖までは、透け感のあるレースが使われている。
スカート部分はお尻がつんと上向きにぽこりと膨らんでいる。腰からはふわりと適度なボリュームがあり、裾が長く後ろにひくデザインだ。
一方、テオ殿下が推していたのは、首を覆うかっちりとした高襟を、真珠で留めた白いドレス。
長袖の手首の部分にも真珠があしらってある。
胸から腰まで、さらに腰から下のスカート部分も足首まですとんと落ちていて、シンプルだが気品のあるデザインだった。
わたしの気に入ったドレスが可愛い印象なら、テオ殿下が選んだドレスは上品な印象を与えるもの。
テオ殿下のセンスは素晴らしい。
だけど、着る人を考えていただきたい。
正直な感想としては、これ、わたしに似合うの? である。
上品な雰囲気って、たぶん、わたしに一番欠けている。
……うむむ。
テオ殿下も同席するはずだったのだが、時間までには姿を見せることはなかった。
公務が押してしまったとのこと。
最終決定は次回に持ち越されることとなり、不在のテオ殿下の代りにノア様が第三王子宮の執務室までエスコートをしてくれるという。
実はノア様とは直接に言葉を交わしたことがない。
勝手に目で追って、その視線に気がついたノア様は瞳を細めて唇を上げる。
それだけだ。
だけど、たったそれだけのことでも。
わたしの心臓はおかしなくらいにドキドキと跳ねた。
それなのに……今日は。
ノア様にエスコートをしてもらえるなんて……!
「ではルナ様。執務室に参りましょう」
うわわわわ。
名前を呼ばれた……!
なんて……いい声なんだろう。
耳奥に柔らかく響いてくる。
高過ぎず、低すぎない。透明感があって、とても心地がいい。
ノア様は左手を差し出した。
震える手をのせると、手袋越しでもノア様の手のひらは騎士の手らしく硬いことがわかる。指も長い。
「はい」
緊張で声が裏返りそうになる。
恥ずかしくてまともに目を合わせられない。
いつもはテオ殿下の応接室によばれていたので、王宮から第三王子宮の執務室まで続く廊下を歩くのは、今日が初めてになる。
足元を確認しながら、毛足の短い赤い絨毯の上を慎重に歩く。
極度の緊張で足がもつれて転ばないように、いつも以上にゆっくりと足を運ぶ。そのせいもあり、執務室までの道のりがやけに長く感じられた。
いや、実際にも廊下はかなり長かったんだけど。
さすが王宮。広い、広すぎる。
突然に、ノア様が足を止めた。
どうしたのかと顔を上げる。
すると華やかなドレスの女性たちと、華美なコートの男性たちの一団がこちらに歩いてくるところだった。
「ルナ様、申し訳ありませんが端へ……」
促されて廊下の端に寄る。ノア様は頭を下げて礼を取る。
わたしもそれに倣った。
「第二王子様のルドア殿下です」
小さい声で教えてくれる。
ルドア第二王子殿下の一団は、わたしたちの前で足を止めた。
「ノアじゃないか。どうしたのだ? このような場所で? ……そちらのご令嬢は?」
声をかけてきたのは、取り巻きと思しき人々の中心にいた人物だった。
声がテオ殿下と似ている。
おそらくこの方がルドア第二王子殿下だろう。
顔もわからないくらいかなり遠くから、ちらりと見かけたことはある。
だけど、こんな間近でお会いするのは初めてだ。
「はい。セオドア殿下のご婚約者、ルナ・フィリップス子爵令嬢をご案内しているところでございます」
「ほう……そなたがセオドアの……」
わたしを値踏みするように、足の爪先から頭の天辺まで、じろじろとした視線が往復しているのを感じた。
「ルドア第二王子殿下にご挨拶させていただきます。フィリップス子爵が娘、ルナでございます」
顔を上げて微笑む。
膝を曲げて礼をとった。
周囲に侍らせている人々よりも、なお一層豪奢なコートとウエストコートを身に纏っている。
肩までの濃い金色の髪にテオ殿下と同じ灰色の瞳。だけど身長は、テオ殿下よりも小さい中肉中背。
ルドア第二王子殿下の灰色の瞳がすうっと細められる。
なんか……感じが、悪い。かも。
だけど、表情には出さない。
「……聞くところによると、セオドアに夜会で婚約を宣言されたそうだな。そなたも災難だな」
ルドア第二王子殿下の口元には嘲笑が浮かんでいる。
ノア様の肩がぴくりと動いた。
ルドア第二王子殿下の取り巻きたちからは、くすくすとした忍び笑いが聞こえてくる。
むむむ……さらにわかりやすく感じが悪い。
「……わたくしのようなものにセオドア殿下からお申し込みをいただくとは、誠に光栄でございます」
なにも聞こえなかったふりをして、にこりと微笑む。
ルドア第二王子殿下は明らかに興が醒めた様子を見せた。
「ふん……セオドアとはお似合いのようだな。ところでノア、先日の件は考えておいてくれたか?」
わたしをふいっと無視してノア様に笑みを向ける。
「……たいへんに光栄ですが、私には身に余るお話でございます」
ルドア第二王子殿下の灰色の瞳は、さらに細められる。
「……まあ、いい。その気になったらいつでも訪ねてくるがいい。皆の者、行くぞ」
たわわなお胸がポロンとこぼれそうなほど胸元が大きく開いた、真っ赤なドレスを纏った女性の腰に手を回したルドア第二王子殿下は、そのまま取り巻きたちと去っていった。
……なんだったんだろう。あれは。
灰色の瞳の色は同じでも、印象はまったく違った。
テオ殿下の瞳は、陽だまりのような優しい暖かさを湛えている。でも、ルドア第二王子殿下の瞳には冷たさと狡猾そうな影が潜んでいた。
……すっごく性格悪そう。
それに、テオ殿下とは仲がよくないみたい。
ルドア第二王子殿下の一団を見送り、彼らが見えなくなると、ノア様が密かにため息をついた。
「ルナ様、大丈夫ですか?」
「はい」
こくりと肯く。
ノア様は、ほっとしたように唇を少し上げた。




