【44】 ふたり 2
「……ルイード侯爵はそうでした。幼心にもはっきりと解りました。しかし……ネル第二王妃様は、ご自分の立場にも第二王子のことにも、私たち親子のことにも関心がないようでした。第二王子を王太子にと熱心に推していたのは、ルイード侯爵でしたから」
「……」
テオ殿下の灰色の瞳は哀しそうな色に憂いて、潤んでいるみたい。
肩を丸めた大きな身体は、さらに縮んでしまったよう。
そうだよね。
幼いころは周囲の思惑なんか関係ないよね。
だけどいつまでも、なにも、知らないままではいられない……。
『確固たる後ろ楯もない、身分も卑しいあやつは王たる器ではありません!』
舞踏会場では、憎悪のこもった激しい眼差しで、テオ殿下を鋭く睨めつけていたルドア殿下。
ノア様と一緒に廊下で会ったときにも、テオ殿下を馬鹿にする物言いをしていた。
ステラ様のあの噂のこともある。
それなのに……いや、それでも……?
「あの、ルドア殿下のこと……恨んではいないのですか……?」
「正直……どう考えてよいのか、わかりません」
テオ殿下は瞳を伏せた。
「第二王子は罪を背負った。もう、言い逃れもできません。弁解の余地もないでしょう。これからの彼の人生は、政治的に利用されて、罪人として生きてゆくしかないのです。それが……報いなのでしょうが……」
灰色の瞳に宿る影はいっそう濃くなって、晴れることはない愁いに震えているように思えた。
いつもは周囲に気遣いを忘れずに、口元にはあたたかい微笑みを湛えているテオ殿下。
だけど今は――。
どうしよう……。
こんな姿を見てしまったら。
こんなことを聴いてしまったら。
こんなの、こんなの、絶対に、絶対に、このまま放ってはおけないよ……!
「テオ殿下、ちょっと失礼します」
ベンチの上に膝を載せて中腰になる。
どうしたのですか? という表情をしたテオ殿下の肩に、横から素早く両腕を回した。
そのまま思いっきり、ぎゅっと抱きしめる。
テオ殿下の身体が反射的にびくっと後ろに退かれた。
「ちょっ……ルナ……?」
突然のことに驚いて、戸惑っている声。
それでも、かまわずに両腕で抱きしめる。
肩幅が広過ぎてというか、胸板が厚過ぎてというか、すべてを両腕で包んではあげられないけど。
大きな荷物を抱きかかえるようになってしまったけど。
それでも。
少しでも、あたたかくしてあげたい。
少しでも、心を軽くしてあげたい。
少しでも、哀しみをまぎらわせてあげたい。
少しでも。ほんの少しでも。
わたしにできることなんか、こんなことしかないから。
「テオ殿下。大丈夫ですよ……。大丈夫です」
貴方はあたたかな陽だまりのような人だもの。
大丈夫。
絶対に大丈夫。きっと大丈夫。なにが大丈夫かなんて、そんなのわからないけど。
でも、貴方なら絶対に大丈夫。
繰り返し、繰り返し、なにかの呪文のように耳元で唱えた。
だんだんと、テオ殿下の身体から力が抜けてゆくのがわかる。
「ルナ……」
テオ殿下の両腕が、ゆっくりと背中に回される。
「……抱きしめても?」
答えを返す前に、壊れものを扱うように慎重に、優しくそっと引き寄せられた。
背中を丸めたテオ殿下の額が肩にのせられる。
「貴女がよければ……もう少し、このままでいてもいいでしょうか……?」
「……はい」
そうは答えたものの。
短髪だった金色の髪は前よりも伸びていて、柔らかく頬をくすぐってくる。
外套越しにだけど、熱い息がかかる。
微かにだけど……なにかいい香りもする。
おまけに、わたしもテオ殿下の肩に顎をのせるかたちになってしまって……。
柔らかな布地の外套を通して、抱きしめられた身体に、少しずつテオ殿下の熱が移ってくる。
そう。
テオ殿下の身体の熱や息づかいが伝わってくるのだ……。
……ええと。……あれ?
今さらながら……なんだけど。
いくら放っておけなかったとはいえ。
もしかして。
ちょっと、というか、この行動は、かなり……大胆なこと、だったのでは……?
……ええと。ええと……。ええと……!?
これは……どうしたらいいのっ!?
我に返った途端に身体が固まった。なんだかヘンな汗までもが全身から噴き出しはじめたような気がする。
「ふふふ」
目を白黒とさせていると、テオ殿下は突然に含んだように笑って顔を上げた。
すっと背中から腕を離すと、テオ殿下の肩に巻いていた腕を優しく掴んで外させる。
その手を膝の上で両手でしっかりと握られた。まっすぐに見つめられる。
「……ありがとう」
その声に、瞳に、もう憂いの影は感じられない。
「はい」と、かろうじて返事はしたけど。
なんだかとても、とても恥ずかしくて。
灰色の瞳からすっと視線を逸らしてしまった。
頬がかっと熱く火照ったのが解った。
どうしよう。
すごく、すごく胸が……どきどきとしている。




