【43】 ふたり 1
話を聴くの? 食べ物のリクエストじゃなくて?
「……あの、お話ですか……?」
「はい」
「聴くだけで、よいのですか?」
「ルナに……聴いてもらいたいのです」
それだけで……いいの、かな。
テオ殿下は立場的に、気楽に気持ちを吐き出せない。
だから。
わたしがマリエルに話を聴いてもらうように、テオ殿下は、わたしに話をしてくれたら。
気持ちは少し軽くなるのかもしれない。
それですっきりとしたら、きっと食事も喉を通るはず……だよね。
「……はい。いくらでも聴きますっ!」
前のめりな勢いに、テオ殿下はふっと表情を弛めた。
「今日は天気がいいですし……少し……庭園でも歩きませんか?」
△▼△▼△
傾きはじめた陽光は、石畳の上に長い影を淡く伸ばしてゆく。
それでも陽射しがあるおかげで、日向は凍てつくほどの寒さはない。風もなく、穏やかな午後。
第三王子宮の庭園には、四季それぞれに咲く花が植えられている。と、テオ殿下が教えてくれた。
ステラ様は花が好きだったから、一年中、その季節の花を眺めていられるように、と。
葉の落ちたまっすぐな木の枝いっぱいに、透き通るような黄色の小さな花弁が幾重にも重なって開いた花や、赤いベルベットのような花弁をもつ、大ぶりな花が咲いている木などが庭園の区画を仕切るように植えられている。
足元にはピンクや白、紫色の花。
冬咲きの花たちは背を伸ばし、透明な陽の光を浴びて咲き誇っていた。
石畳の小径をテオ殿下の説明を聴きながら歩く。
花には詳しくはないわたしにも理解できるように、名前や特徴、原産国を説明してくれた。
語りは解りやすくて、やっぱりとても面白い。
さりげなくハンカチで口元を隠すように鼻を覆う。
うん。まだ、大丈夫。
しばらく歩いた先には、丸屋根の真ん中がくりぬかれた白いガゼボを取り囲むようにして、大きな円形に花壇が創られていた。
花壇には葉が尖ったラッパみたいな黄色い花や、妖精のような形の白い花、ぱっと目を惹く五枚の花弁の紫色の花、包み込まれている葉が、やわらかな色の花弁のようにみえるものなど、色も種類もとりどりの花たちが、色の配置も対比も見事に植えられている。
その花壇に設えてある数段の階段は、中心に建てられた白いガゼボへと続く。
「ルナ」
名前を呼ばれて視線をもどす。
目の前にはテオ殿下の左手が差し出されていた。
「どうぞ」
小首をかしげた優しい声と笑顔に誘われるように、少し戸惑いながらも、手のひらに右手をそっと置いた。
手袋越しでもわかる硬い手のひらからは、温かさが伝わってくる。
……なんだか、右手がくすぐったいような気がする。
ゆっくりと階段をのぼったテオ殿下に促されて、丸屋根の下の白いベンチに並んで座った。
少し動けば肩と肩が触れてしまうような距離。
もちろん触れてはいないけど、こんなに近いと、身体の熱が外套越しに伝わってしまいそう。
意識をすると、ちょっと……緊張してしまう。
背筋をぴっと伸ばしてみる。
「ここは、思い出の場所なのです」
花壇の冬咲きの花たちを眺めながら、テオ殿下が呟いた。
「ステラ様との……ですか?」
「母上ともよく歩きましたが、兄上……ルドア第二王子とも遊んだ場所なのです」
「えっ!?」
思わず大きな声を出してしまった。
だって、仲が悪いんじゃないの?
「意外ですか?」
苦笑するテオ殿下に、「はい……」と答える。
斜めに射してくる陽の光は、ふっと笑ったテオ殿下の横顔に影を落とす。それが……とても淋しそうに見えた。
鍛えられた大きくたくましい身体も、急にひと回りくらい縮んでしまったように思える。
「幼いころの話です。……王太子殿下も優しい兄でしたが、国を背負うための教育に忙しく、私たちと一緒に遊ぶ時間はなかった」
ゆっくりと思い出すように話す。灰色の瞳はわたしを見つめていた。だけど、映しているものは思い出なのかもしれない。
「第二王子の母方の祖父……ルイード侯爵は、私と第二王子が一緒にいるのが気に入らなかったのでしょう。一緒に遊んでいるところを見つかると、ルイード侯爵は第二王子を連れて帰りました」
「そう……でしたか」
「ネル第二王妃様は、なにも言いませんでした。私と第二王子が一緒にいようが、いまいが。あの方はそういったことにまったく頓着がないようでしたので」
「でも……ネル第二王妃様は、ステラ様やテオ殿下を疎んじていたのではないのですか?」




