【40】 ティリアンの監獄
ルドア第二王子派を捕捉するために指揮を執り、一派と交戦しながらイルギスとの国境付近まで追っていたテオ殿下。
テオ殿下が第三王子宮にもどってきたということは、ルドア第二王子を捕捉した、ということだった。
イルギスに一番近い国境沿いの村に潜伏しているところを発見されたらしい。
ルドア第二王子と共にいたのは、わずか数名の護衛騎士と侯爵家側の人間だったという。
わずかな時間であっさりと決着はつけられた。
ルドア第二王子は王都に護送された。
現在は王都のはずれの、ティリアン地区に建てられた監獄に収容されている。
フラン伯爵親子はルドア殿下と一緒には逃亡していなかったようだ。今は行方がわかっていない。
ルドア殿下の母であるネル第二王妃様は、西の塔に移されていた。
西の塔は問題を起こした王族を隔離するための塔。これは事実上の幽閉となる。
ネル第二王妃様の実家である侯爵家と、フラン伯爵家には、すでに近衛護衛騎士団の手が入っていた。屋敷、財産、領地を王家が接収する手続きを行っているらしい。
テオ殿下が怪我もなく、無事にもどってこられたことはよかったものの、第三王子宮に滞在したのはその夜だけだった。それ以降はノア様と一緒に、忙しく事後処理に飛び回っている。
あの夜以降は顔を見ていない。
もう五日が経っていた。
午前中のお茶の時間。
ノア様に託されたオーギュスト様から、今回の叛乱の顛末を、そんなふうにざっと説明されていた。
「ふうん。そうなんだ……」
その報告を聴くと、頬をぷくっと膨らませたマリエルは不満そうに呟く。
「マリエル? この間から……なにかあったの?」
マリエルと二人で年越しの乾杯をした翌日に、二日酔いのマリエルだけがノア様に呼び出された。
それ以来、ノア様が話に絡むとマリエルは浮かない顔をする。
以前に訊いたときには、『守秘義務があるから』と教えてはもらえなかったけど……。やっぱり、何事かはあったのだろう。
マリエルだけ、こってりと絞られたのかもしれない。
酔っぱらっていたとはいえ、ノア様の髪の毛を掴んで引っ張っちゃったしね……。
お茶を飲む手を止めてこちらを向いたマリエル。緑色のぱちっとした瞳は、今はどことなく物哀しい。
「だって、ノア様に……いいように使われてるから」
ぽつりとそう言う。
今度は瞳にはっきりとした哀しみを湛えて、オーギュスト様をじっと見つめた。
「……っ!?」
飲みかけた紅茶を吹き出しそうになり、慌てふためくオーギュスト様。
「……ばっ、ばかなことを言うもんじゃない。こ、こ、これは重要な任務なんだ。マリエルもわかっているはずだろう?」
オーギュスト様の頬は、なぜだか、ぱあっと桃色に染まってゆく。
「オーギュスト様、大丈夫ですか?」
「……お兄さま? どうかしたの?」
「なっ、なにもっ、どっ、どうにもっ、だ、大丈夫ですっ」
げほげほとむせてしまい、桃色の頬を隠すように腕で口元を覆った。
涙目になったオーギュスト様は、それから指先で目尻の涙を拭う。
「それに、今回は、マリエルの落ち度が原因だよ」
「それは……わかってるから……。だから、よけいに……。うううっ……タダ働きはイヤなのに……。タダ働きはイヤなのに……タダはイヤ……」
頭を抱えてしまったマリエルは、呪文のように繰り返している。
タダ働き……。
無料はなにより、マリエルの嫌いな言葉だった。
(マリエル曰く『タダより高いものはないんだから』)
「あの、なんのことだかよくわからないのですが……。どういうことだか、お聞かせくださいませんか? マリエルの力になれるかもしれません」
どんよりとした生気のない瞳をしたまま、うつむきがちにぶつぶつと呟くマリエルをちらりと横目にしたオーギュスト様は、小さなため息をついた。
だけど、そのため息とは裏腹に、表情はなぜだか嬉しそうにみえる。
「本来なら……守秘義務があるのですが……。ルナ様になら……」
オーギュスト様は、他言無用ですよ、と念を押して教えてくれた。
マリエルだけがノア様に呼び出された日。実は、オーギュスト様も一緒に呼ばれていた。
そこでクロス兄妹はノア様と……近衛護衛騎士団と、ある取り引きをしたのだそう。
マリエルの過ぎた行いを不問に付す代わりに、クロス男爵家は、近衛護衛騎士団が要請した任務を受け合うという取り引き。
「任務……?」
近衛護衛騎士団から要請する任務ってなに?
オーギュスト様は剣も使えるけど、まさかアブナイことじゃないよね?
「……ああ、すみません。ご心配をさせてしまったみたいですね。大丈夫です。ルナ様が考えているような荒事ではないですよ」
オーギュスト様は、ふふふっと微笑んで続けた。
「情報です」
「情報?」
「はい。ルナ様も御存知のように、我がクロス男爵家は旅行、観光業を営んでおります。マリエルは主に開発と流通関係の担当になります。ということはですね。事業者同士の繋がりもあって、人の流れや物の流れが……まあ、見える立場にあるわけです」
「はい……」
ええと、ということはつまり……。
頭が回転するよりも幾分か速く「つまり」と、オーギュスト様の唇が動いた。
理解するのを待つよりも、説明してしまったほうが早いと考えたらしい。
「今回の一件のようなことは極稀でしょうが、サリファ王国の治安維持のために、クロス男爵家も内密に近衛護衛騎士団に協力をすることになったのです」
「……協力」
その言葉で思い浮かんだことがある。
マリエルが尊敬するアーバン子爵様の安否を、ノア様に尋ねたときのこと。
『近衛護衛騎士団に、アーバン子爵様はご家族と共に保護されておりますので。ご学友のクリスタ様も、もちろんご無事ですよ。ご安心ください』
『ここだけのお話にしていただきたいのですが、アーバン商会には今回のことで、協力をいただいておりましたので』
それを聴いたマリエルは、ほっとした中にも、なにやら複雑な表情をして言ったのだ。
『良く言うなら。協力よね』
ああ……そうか。そういうこと……なのね。
「……そうよ! 協力という名のタダ働きなのっ!」
悲壮感に溢れたマリエルは勢いよく顔を上げた。
「まだそんなことを言ってるの? 今回のことはマリエルが原因だろ。それに……言ったじゃないか。悪いことばかりじゃないって。近衛護衛騎士団や王立騎士団との繋がりができるんだ。これはクロス男爵家にとっては中央に伝手ができるということなんだよ」
オーギュスト様はこれまでにも、マリエルを何回も説得しているようだった。
「そんなこといったって……お兄様はノア様から出された条件をなんでもほいほいと引き受けちゃって……。もうちょっと、ちゃんと交渉してくれてもよかったじゃない!」
「……っ! そ、それは……。私だって、不肖の妹がしでかしたことを申し訳ないと思ったからであって……」
再びオーギュスト様の頬が桃色に染まってゆく。
「どうしたのお兄様? なんなの? さっきからなんかへん!」
「いや、そんなことは……へんなんてことはことは断じてない!」
「いいえ! へん!」
「へんじゃない!」
ええと……。
この不毛な諍いの発端は、マリエルがお酒に酔っ払ってノア様に絡んだことから始まっていて……。
それについては、マリエルに飲ませてしまったわたしも責任を感じてしまうところで……。
マリエルがタダ働きがイヤと言うのなら……。
「あのう……」
へんだ! へんじゃない! と言い合うふたりを前に、そろりと手を挙げる。
「それならノア様に掛け合って、騎士団の寮にクロス男爵領の名産品コーナーを作ってもらうとかは……どうでしょうか?」




