【37】 行方
少し長いです。
朝食の席では昨夜の失態について、お父様たちに叱られるかと覚悟をしていた。だけど、なにも言われなかった。
ノア様は報告をしなかったらしい。ううっ。なんてありがたい。
二日酔いのせいで頭がずきずきと痛むと言っていたマリエルと、そのことにほっと胸を撫で下ろした。
部屋にもどると「ノア様からお話があるそうです」と、マリエルだけが迎えの騎士様に呼ばれた。
いよいよ、つやつやさらさら髪の秘訣を教えてもらえる!
二日酔いの頭痛も忘れたように、緑色の瞳をきらきらと輝かせたマリエルは、ノア様の呼び出しに嬉々として応じた。
そのあとしばらくして。
もどってきたマリエルの顔色はなんだか青白かった。
部屋を出ていく前とはあまりにも違うその様子。
「どうしたの?」
そう訊くと、申し訳なさそうに眉を下げた。
「守秘義務があるから……話せないの。ごめんね」
両手で頭を抱えるマリエル。
ん??
さらさらつやつや髪の秘訣を教えてもらった……とかではなさそう。
マリエルは難しい表情で眉間にしわを寄せている。
ときどきこめかみに人差し指を充てて、痛む頭をおさえながら、うんうんと唸っていた。
△▼△▼△
第三王子宮で過ごす三日目。
クロス兄妹と一緒に、昼食後のお茶の時間にノア様からの説明を聴いていた。
だんだんと、どういった状況なのかが判ってきていた。
捕虜にした兵士の口を割らせて聞き出したことには、舞踏会場を襲撃したのは、大半が雇われた傭兵だった、ということ。
大本である雇い主は依頼経路がつかめないようにと、小枝が別れてゆくように、あちこちの仲介業者を経由して彼らを雇ったらしい。そのために雇い主を特定することはかなり困難になる、という。
「ただ……」と、ノア様は付け足した。イルギスと国境線を隣り合う隣国であるモラリスでは、ここ数年近く内紛が続いており、傭兵を稼業とする者はイルギスを経由してモラリスへと流れている。イルギスのフラン商会が絡んでいるだろうことは、おそらく間違いはないだろうと。
あの舞踏会の夜――わたしたちが大扉をくぐり抜けて、会場をあとにする少し前。
テオ殿下はルドア殿下と直接に対峙したらしい。とはいってもルドア殿下の場合は、剣を持っていたのはルドア殿下派の近衛護衛騎士だった。
壇上に上がる階段途中で、あっさりとテオ殿下に剣をはじかれて、騎士たちは組み伏せられた。それを見捨てたルドア殿下は、ほかの騎士たちと共に会場から逃亡したという。
テオ殿下はそのあと、国王陛下や王太子殿下たちをお護りしながら避難した。
もともと大半が傭兵の集まり。ルドア殿下が騎士と逃げたことで、統率もとれなくなった傭兵たち。略奪行為を行いながら逃亡を図ったが、駆けつけたクワン団長率いる王立騎士団に、逃げ遅れたルドア殿下派の騎士たち諸共に、捕らえられたということだった。
そして、テオ殿下はというと。
今はルドア殿下たちを追って、イルギスとの国境付近にいるらしい。
ルドア殿下はイルギスに逃れて、態勢を立て直そうとしているみたい。
「ううん……。それはイルギスにとっては好ましくないでしょうね」
オーギュスト様は腕を組み、考え深そうに親指を顎に充てた。
「舞踏会場を襲撃したのが傭兵だった時点で、ルドア殿下は捨て駒だよね」
マリエルはオーギュスト様の言葉を受けて、うんうんと肯いている。
えっと……。
……あれ?
どういうことか解らないのは、わたしだけ?
ノア様と視線が合うと、いつものように微笑んだあとに説明をしてくれた。
「つまりですね。イルギスが正規の国軍を使わなかったということは、最初からサリファ王国と戦争状態にはしたくはないということです。サリファ王国の軍事力は内外でも評判です。そんなに簡単に崩せるものではない。イルギスもモラリスからの飛び火がないとはいえないですからね。あちこちで火種を起こすわけにはいかないのです。ですが、王太子殿下がアイゼン王国のオリヴィア王女様と婚約をしたことで、サリファ王国とアイゼン王国の同盟がより強固になることは懸念していたのでしょう。そこで、王太子の地位を未だに諦めていないルドア殿下派に接触を図った、とみるべきです」
……うん。そこまではなんとなく、わかるかも。
理解した合図に肯くと、今度はオーギュスト様があとを続けてくれる。
「フラン伯爵家にルドア殿下派を焚きつけさせて、王太子殿下と王女様の成婚前に叛乱を起こさせたのです。そこには、親イルギス派と反アーバン商会派をも巻き込んだ。おそらくはイルギスが後ろ盾になるとでも吹き込んだのでしょう。しかし……蓋を開けてみれば送り込まれたのは正規軍ではなく、傭兵だった。つまり、イルギス側からしたら、ルドア殿下派は最初から捨て駒だったのです。多少、サリファ王国を混乱させ、王太子殿下と王女様の成婚を遅らせるか、アイゼン王国に、サリファ王国に対する信頼に疑念を持たせることができれば上出来。あわよくばルドア殿下が国王の座を獲ったなら、傀儡にするつもりだった。というところでしょう」
オーギュスト様の説明にノア様が「そうです」と相槌を打つ。すると、オーギュスト様は急に下を向いてしまった。そのあとをマリエルが続ける。
「でも、王座を手中に収めるのはムリよね。だってルドア殿下だもん。結果、やっぱり失敗。イルギスだって、助けてほしいってルドア殿下に逃げ込まれたら困るでしょ? 背後の黒幕が自分たちですってばれるから。公になったらトンデモない外交問題だもの。だからイルギスは、ルドア殿下には国境を越えさせないはず。それに……フラン伯爵家はイルギスと本家からは切り捨てられるよ、たぶん。勝手にやったことだって。この数年間でサリファ王国内のフラン商会の販売ルートは大分拡大されたから、もう伯爵家は用済み。こっちも捨て駒だった可能性が高いよ」
なるほど……。そういうことなんだ。
……っていうか。
オーギュスト様もマリエルも、分析力が半端なくすごい!
うむむ。人畜無害そうな可愛いリス顔兄妹なのに、ふたり揃ったら最強頭脳なのでは?
「報告によりますと、イルギス側は国境線に大規模な検問を敷いているようです。ルドア殿下派は国境を越えることはできないでしょう。おそらく、ルドア殿下が捕縛されるのも時間の問題かと」
ノア様の言葉に、オーギュスト様は細かく肯いている。
「ルナ様、大丈夫です。セオドア殿下はじきにおもどりになります。それまで、もう少しこちらでお待ちください」
細められたノア様の青い瞳。
なんだか、心臓がどきんと跳ねた。
だけどそれは。麗しい微笑みが理由ではなくて。鼓動の跳ねた原因は……。
「ところで……ノア様。アーバン子爵様はご無事でいらっしゃいますか?」
マリエルはずっと気にかかっていただろうことを尋ねた。
「はい。近衛護衛騎士団に、アーバン子爵様はご家族と共に保護されておりますので。ご学友のクリスタ様も、もちろんご無事ですよ。ご安心ください」
マリエルは、ほっとしたような、だけど疑問をもったような、なんとも複雑な表情をみせた。
まあ、クリスタについては、ね。もし誰かに捕まっても、自力で逃げ出してきそうだけど。
それにしても……保護って?
アーバン子爵様がご無事なのはよかったけど……?
「あの、なぜ近衛護衛騎士団に保護されていらっしゃるのですか?」
ああ、とノア様は唇の前に指を立てる。
「ここだけのお話にしていただきたいのですが、アーバン商会には今回のことで、協力をいただいておりましたので」
「良く言うなら。協力よね」
マリエルがぼそりと呟いた。
なんのことだか解らないけど。それを聞いたノア様は、マリエルに麗しの微笑みを贈った。
そのとたんにマリエルは苦虫を噛み潰したように顔をしかめる。反対にオーギュスト様の頬は、真っ赤に染まってゆく。
どうしたの? ふたりとも。風邪でも引いた?
「我々はルドア殿下派の動きを水面下で監視しておりました。アーバン商会からは、サリファ王国内とイルギス内での、フラン商会における資金や物資の動きなどの情報を提供していただいておりました。それもあって叛乱を起こす時期も予測できたのです。……これも、ルナ様のおかげでもあります」
ふわりと微笑むノア様。
ん?
わたし、なにかしたっけ?
3333文字でした。
( ・∇・)
1/4/2023 修正しても字数変わらず。(*`艸´)
12/4/2023 修正後、3326文字。( ・×・)




