【25】 王太子の座
国王陛下はゆっくりとテオ殿下に視線を向ける。
「なにを仰るのですか!? セオドアはとうに王位継承権を放棄しているではありませんか!? それに……確固たる後ろ楯もない、身分も卑しいあやつは王たる器ではありません!」
憎悪のこもった激しい眼差しで、テオ殿下を鋭く睨めつける。
テオ殿下のその灰色の瞳は、揺るぎなく、真っ直ぐにルドア殿下を見つめ返す。
その表情は無だった。なにも感情が読み取れない。
「では……そなたにはその後ろ楯と、王たる器があると申すのか?」
「もちろんでございます!」
ルドア殿下は大きく肯いた。
「本日、婚約者となったロージー・フラン伯爵令嬢は、ギリオン・フラン伯爵を父とします。ご存知のとおりに、フラン伯爵家といえば我が国のみならず、隣国イルギス王国の貴族の称号も持つ、歴史ある素晴らしい一族です。その令嬢を婚約者とし、なおかつサリファールの加護を受けることのできる私こそが王太子にふさわしい! いや、次代の王にふさわしいのです!」
自分に酔っているかのごとく、とうとうと語りあげるルドア殿下。
再び、会場の一角から拍手と歓声が上がる。
「ルドア殿下こそが次代の王だ」
「ルドア殿下をおいて、他にはない」
「王太子の地位をルドア殿下に!」
歓声の出処を灰色の鋭い瞳で一瞥した国王陛下は、その声が治まるのを待ち、口を開いた。
「そうか。よく理解った。そなたはそう考えていたのだな。……では、ほかの者たちもそれに賛同するのかを問うてみようぞ。意見のある者は手を挙げよ! 家門や身分は問わぬ! 忌憚のない考えを申すがよい!」
異例尽くしのことに、会場はどよめくばかり。
とは言っても。
この場で王太子殿下擁護の発言をすれば、ルドア殿下派を完全に敵に回すことになる。
万が一、この反逆劇が成功して王太子が交代することにでもなれば、王太子擁護の発言をした家門は冷遇どころか、失脚もあり得る。生き残ったとしても、陽の目を見る地位を築くことはできないだろう。
王太子殿下の地位がそのままなら、王太子殿下擁護の発言にはなにも問題はない。逆に、ルドア殿下派が一掃されて地位を失うだけだ。
そんな状況下では日和見派が手を挙げることは、まず考えられないけど……。
すぐさま、前方で二人が挙手した。
「あれは……ウィンズ公爵とリブラント公爵です。彼らは王太子殿下を推しています。まあ、当然ですね」
オーギュスト様が小声で教えてくれた。
すると、そこかしこでパラパラと手が挙がり出す。
「お兄様、フラン商会だよね……」
「ああ」
マリエルとオーギュスト様は揃って眉間を寄せた。
「フラン商会?」
聞きなれない商会名だった。
「ルナは聞いたことない? ここ数年で力をつけてきたフラン家の商会なの。イルギス王国を拠点としていて、サリファ王国内ではアーバン子爵家と市場を争ってる。フラン商会とはクロス領の取引でも関係があるんだけどね、ちょっと強引というか……正直、あんまりやり方が好きになれないんだよね」
マリエルはそう言って、ぷくりと頬をふくらませた。
「フラン家はサリファ王国では伯爵位ですが、一族はイルギス王国では侯爵位を持っているんです」
オーギュスト様が説明を補足してくれる。
と、いうことは……。
「ルドア殿下の後ろ楯というのは、もともとの第二王子派とフラン商会ですか?」
「そうでしょうね。ただ、おそらくはそこに、親イルギス派と反アーバン子爵家の勢力が混じっている可能性があります」
……なるほど。
「王太子殿下とアイゼン王国の王女様の婚姻が滞りなく成立すれば、サリファ王国とアイゼン王国の同盟はより強固になります。イルギス王国にとって、それは目障りでしょうからね。フラン商会を使って、王位を狙うルドア殿下を取り込み、継承権争いを起こすことでアイゼン王国との摩擦を煽る。あわよくばルドア殿下を王に据えて、イルギスの傀儡王として動かすことができたら……。推測に過ぎませんが、狙ってるのはそんなところだろうと思います」
「お兄様。もしそうなった場合は、ルドア殿下の後ろ楯への見返りは相当大きいよね」
「そうだな。しかし、失敗した場合はすべてを失う。ルドア殿下たちも、ここは決死の覚悟で王太子の座を獲りにくるだろう」
うんうんと、肯くマリエル。
オーギュスト様は冷静に、淡々と状況を分析していた。
さすが……クロス兄妹。一目置かれているだけのことはある。
年越の舞踏会が急遽、婚約破棄劇場に。そして一転して、王位争奪戦劇場に変わってしまった。
それだけではなく、こんな陰謀めいたことが隠されているかもしれないなんて。
もしも……もしも。
万が一にでも、まかり間違ってあのルドア殿下が王太子なんてことになってしまったら、テオ殿下は……。
憎悪を隠そうともしないルドア殿下は、なにをするかわからない。
今さらながらに事の重大さに……焦ってくる。
どうしよう。どうしたらいい?
テオ殿下のために、なにができる?
「大丈夫ですよ。ルナ様」
オーギュスト様は厳しい表情を崩すと、ふにゃっと笑った。
安心させようと気遣いをしてくれる。
「でも、でも、テオ殿下が……」
……心配すぎる。
「ルナ様、落ち着きましょう。ほら、近衛護衛騎士団を見てください。こんなことが起こっているというのに、動こうとしていない」
促されて、会場の要所要所に立つ騎士様たちに目を遣る。
騎士様たちは事態を注視してはいるけど。確かに、こんな状況だというのに、動く様子はまったくない。
だけど。
「それは……ルドア殿下についているから、なのでは?」
オーギュスト様は静かに首を横に振った。
「思うにこれは、想定されていたこと、ではないでしょうか?」
「想定? ですか?」
「はい」
緑色の瞳の底が、きらりと光った。
「大きな声では言えませんが、ルドア殿下についてはあまり、よい評判は聞きません。ルドア殿下派といえども、殿下本人を慕って担ぎ上げているわけではないでしょう。第二王妃様の家門の利益絡みですよ。そうであれば、それに関係のない騎士たちは絶対にセオドア殿下を裏切らないでしょうね。セオドア殿下の評判は素晴らしいですから。だから、これは作戦……じゃないのかな?」
「作戦?」
前方では、挙手した者たちが陛下に意見を述べていた。
手を挙げないまでも、周囲の人々はそれぞれに自分の考えを口にしている。そのせいで会場全体がざわざわと騒ついていて、どんなことを請願しているのかは、ここまでは届かない。
ただ時折、大きな声が上がっていた。
「お兄様、作戦って?」
「これも証拠があるわけじゃない。だけど状況から考えれば……」
「ロージー・フラン伯爵令嬢! 貴女、一体どういうつもり!?」
突如として、聞き覚えのある声がひと際大きく会場に響いた。




