【15】 思惑と気持ち 2
「あの、お母様。ノア様が……困っていらっしゃいます」
いたたまれなくて、つい口を挟んだ。
ノア様だけじゃなくて、わたしにもけっこうなダメージがある。
お母様の寄越した含んだ視線は、使命感に満ち溢れていた。
「我が子爵家とあなたのためなのよ」と、いう。
「ルナ様。なにか私に……お話しがあるのでは?」
ノア様はお母様の質問が途切れたのを逃さずに、すかさずわたしに話を振った。
「そうそう。そうでしたのよ。実はルナが、ノア様に折り入ってお話をしたいことがあるようなのです……。お邪魔なわたくしはこれで失礼いたしますから、あとは若い二人で、これからのことでも語り合ってくださいね。ではノア様、ごきげんよう。どうぞごゆっくり~」
おほほほほと、扇子で口元を隠して席を立ち、去り際に「うまくやりなさい」と、わたしに片目を瞑った。
ノア様は、なんだかよく解らないというような、きょとんとした表情を浮かべたままだった。
それにしても、つ、疲れた……。
どっと精神的な疲労感が襲ってくる。
まるで、激しい暴風雨が通り過ぎたあとのようだ。
……はあ。
……元はといえば、すべてわたしのせいだし。
お父様、お母様に多大な心配と迷惑をかけているし。
なんとかできるものなら、なんとかしたい。
だけど、だけど。……そんなことを託されても。
なにか、なんというか……。
ノア様は相変わらず麗しい。
高い位置で結んだ、さらさらの長い黒髪は艶々しい。
しゅっとした輪郭に青い瞳の涼やかな目元。
左側の目じりのほくろは、妖しいほどの艶やかさを漂わせる。
微笑むときには少しだけ、形のよい薄い唇が上がる。
その声は耳の奥に心地よく流れて、鼓膜を潤し、震わせる。
近衛護衛騎士団の黒と白を基調とした軍服を纏ったノア様は、絵物語に登場する騎士様そのものだ。
やっぱり、直球ど真ん中でタイプ。
トキメクか、トキメかないかでいえば、トキメク。
ドキドキするか、ドキドキしないかといえば、ドキドキする。
でも……。
なんだか、こう、以前に感じていた気持ちとは違うような気がする。
うまく説明がつかないんだけど。
どうして……だろう。
「ルナ様、大丈夫ですか?」
浮かない表情を見てとって、青い瞳が気遣うように揺れる。
「……はい」
「私にお話があるとのことですが……。やはりセオドア殿下のことでしょうか?」
じっと、ノア様を見る。
ノア様も青い瞳でわたしを見ている。
ノア様はテオ殿下の側近だ。
様々な事情も知っているはず。
テオ殿下とわたしとの婚約がどうなるかも、解っているはずだと思うんだけど。
そんな素振りもまったくみせないけど、わたしがノア様をどう思っていたのかを、テオ殿下からは本当に……なにも聞いていないのだろうか。
お母様の言う通りだとしたら、なにかしらは聞いているようにも思うけど……。
でも、テオ殿下は優しいから。
テオ殿下からそんなことを話したら、ノア様は命令と受け取るかもしれない。
そうはならないように、ノア様の意思にお任せをするつもりで、敢えてなにも伝えていないのかもしれない。
それに……。
手紙は書いたものの。
「折り入ってお話をしたいことがあるようで」なんて言われても、ノア様にどう話せばいいのか、なんて。さっぱりわからない。
ノア様は、わたしが話し出すのをじっと待っている。
……ええいっ。もう、だったら……。
「あの……。ノア様はなぜ、我が家へいらっしゃっているのですか?」
「私は……セオドア殿下の大切なルナ様のことを、くれぐれも大事無きようにと頼まれておりますので」
にこりと、なんの躊躇もなく微笑む。
「……」
それは……どういう意味?
なんだか、ますます解らない。
だって、もう『セオドア殿下の大切なルナ』じゃないでしょ?
それとも『セオドア殿下の大切なルナ』だったから、お母様の言うように、そのあとのわたしの身の上をノア様に『大事無きよう頼んだ』ということなの?
「あの、ルナ様……やはり、昨日仰っていたことを気にされているのでは。でしたら……」
ノア様は目を細めて首を傾げた。
「そんなことは、ありません」
無理やりに口角を上げる。
わたしには、テオ殿下と金髪碧眼美人さんのことを気にして憂う資格はない。
「……そうですか。では、もうしばらくですので」
ノア様はそう言って肯いた。
もうしばらく……。
それは、やっぱり、そういうこと。
……そうなんだ。
婚約が白紙にもどるまで、もうしばらくなのだ。
「……はい」
わたしはそれだけを答えて、紅茶を口に運んだ。
ノア様もそれ以上は、なにも言わなかった。




