暗転と好転
重い…。
水の中を掻き分けるような感じだ。
たった一階降りるだけなのに疲労感がとてつもない。
それにしても、
「なんでお前はそんなにピンピンとしてんだよ。」
俺の隣で鬼灯は悠々としている。
「慣れってやつ?私は環境適応力が高いからね。ほら、肩持とうか?」
ニヤニヤと、にまにまと手を出してくる。
こいつ…性格悪い。
「いらねーよ。あークソ。」
今度は隣からプププと聞こえてきた。
こいつ…いつかぶっ殺す。
ようやく一階に着いた。
ここからは警戒心をさらに強めて慎重に扉を開く。
一階は食堂のようだ。
かなり視界が開けている。そんな広い空間だ。
隠れる場所はほとんどないな。
俺たちは手術棟と本館の連絡通路を目指して急ぐ。
「美咲は、どこだ?鬼灯、わかるか?」
霧が濃すぎて敵の位置すら把握出来ない。
「うーん、わかんないけど少なくてもこっちの手術棟にはいないよ。」
その言葉に少しだけ安堵する。
美咲を助ける為なのに、いないことに安堵する自分が憎い。
そんな感情も今は押し殺す。
「連絡通路は西の方だっけ?急ごう。」
「うん。あそこじゃない?」
吸い込まれるように連絡通路に辿り着く。
が、入り口に着いたことで俺たちは今、自分がどういう状況にいたかを知った。
そもそも手術棟から一階へ降りるのは間違いだったと分かった。
「どういうことだよ!!」
通路の途中にはトイレがあった。
その少し先に俺たちの目指していた本館が…そして出口があったはずだ。
しかし今は、その手前に…本館のところに柵が降りていた。
つまり、閉鎖されていたのだ。
「…これ、どうしよう。」
さすがに鬼灯も言葉を失っている。
この柵にも嫌な感じはする。
つまり美咲はこうなることを分かっていたんだ。その上で病院のあらゆる扉や窓、柵にレーダーの様な何かを付けていた。
「………ッ。はぁ、一旦落ち着こう。鬼灯、扉とか窓からする変なやつが何か分かるか?」
今ここで切羽詰まって立ち止まってもしょうがない。
俺は進むしかないんだ。
「うーん、わかんないなぁ。そもそも普通の人間なんかがこんなこと出来るわけないしね。ハイ、じゃあここでヲノマエ君に質問。美咲とどのくらい昔から一緒にいる?」
美咲と?そういえば、いつからいたっけ?
改めて振り返ってみると、気が付いた頃からずっと一緒だった気がする。
「ずっと一緒かな?いつかなんてわからないくらい。」
「とするとなぁー。多分、原因はヲノマエだと思う。」
「……どういう意味だ。」
俺のせいで美咲がああなったと?
「ほら、ヲノマエって鬼としては特殊なグループだよって言ったじゃん?まあ、いろいろと君はイレギュラー過ぎるんだけどね?」
「あぁ、言った。」
「ヲノマエの能力ってほんと特殊で周りの人とかに影響を与えるタイプなんだよね。」
それは…考えてなかったことじゃない。
さっき鬼灯と再会して、指の話を聞いた時にもしかしたら?って思っていた。
「やっぱり、俺の…せいなのか?」
「別にヲノマエ君が悪いとは言ってないけどね。影響を与えるってことは、私が君の指を持ってた時に証明されてるよね?」
「力を吸い取った?」
「私も最初はそうだと思ったんだけど、違かったみたい。似たようなもんだけどね。」
「じゃあ、一体なんだったんだ?」
力を吸い取るじゃない、なら俺の力は一体…?
「それはね、相手の力をどんどん放出させるの。吸い取るだけの能力なら、吸い取って溜まった力を私が指から取り返せば良かっただけだしね。でも、放出させちゃったから、休んだりして回復させないとダメなの。」
「ふぅん?」
生返事になる。話を聞く限りじゃ、
待てよ?だから、なんだ?
って所で思考がフリーズする。
「ごめん、違いはなんとなくわかる。でも、意味がわからない。」
「あぁ、ごめんごめん。ヲノマエにとってはどっちでも強力で凶悪なものに変わりはないんだけど、今回影響を受けたのが美咲だったからかなり変わっちゃったみたい。」
「つまり、他人の力をどんどん削ってく力が俺にはあって、それと美咲が関係してると?」
「あくまでも予想なんだけどね。ヲノマエがずっと一緒に美咲といたってことは、それだけ人間としての力を美咲から奪ってたってこと。」
「俺が…美咲の力を奪ってた?」
「結果を見るとそうなるね。でも、さらに人間の力を奪われ続けた美咲は数直線で言えばマイナスのところにいたんだ。そこに鬼のヲノマエがずっと一緒にいた。あとは、わかる?」
「美咲が俺の鬼の力を吸収していた?」
「そう。でも、気になることがあって…美咲もヲノマエと同じ放出させる力を持つと思ってたんだ。」
「違うのか?」
「どうもねー、見た限りだと正反対なんだよ。」
「逆っていうと…力を集める、力か?」
「そうなんだよ。それをこの病院の至る所に使っていて、それに触れると私たちの力が美咲に集まって行くみたい。逆探知みたいな感じかな?」
「力についてはわかったけど、まだまだ謎が多いな。」
「全部私の推測だけどね。」
ガシャンッ。
「「 なッ!? 」」
レバーが落ちるような音がした。
幾つか生き残っていた照明も全て消え、非常灯へと切り替わる。
続けざまに、バキャッと機械が激しく壊れる音もした。
(なんだ、これ?美咲の仕業か?)
小声で鬼灯に尋ねる。
(多分…。とにかく隠れよう!!)
俺たちは急いで近くにあったトイレに逃げ込む。
コツン…コツン
と、本館の方から音がする。
ガシャンとひとしきり大きな音がする。
「ヲノマエ君?近くにいるんでしょ?その女に騙されちゃダメだよ?すぐに助けてあげるから待っててね。」
俺は、ゾッとした。
柵の所で話しているはずなのに、耳元で囁かれたような感覚だった。
(鬼灯…おまえ狙われてるぞ。どうすんだよ。)
(それはお互い一緒でしょ?とにかく今は出口も確保しつつ美咲をなんとかしよう。今日中には無理かもね。あと、この暗さは味方につけよう。それと電気もなんとかしないと。)
(明るい方がバレるんじゃないか?)
(それもおいおい話すよ。まずは、美咲の力なんだけどさ?多分、正攻法なら問題なく開くんだよ。)
それが…ほんとなら俺たちにもチャンスはあるのかもしれない?
(でもなんで分かる?)
(ほら、鍵で開いた扉あったじゃん?あれさ、触ったあとも嫌な感じがしたんだけど、鍵を使った時は何も感じなかったんだよね。)
(でも、それと電力を戻すことは関係ないぞ。)
(それは今から話すって、せっかちなんだからもう。院長室に多分全ての扉を開ける鍵がある。それか全ての扉を開ける分だけ鍵が幾つかある。)
(それも、なんでわかった?)
(昔この病院に来たことがあるんだよね。そこでいろいろあって知った。)
さっき、美咲は言った。
俺は鬼灯に騙されている、と。
あの状態の美咲を信じるわけにはいかないけど、ほんの僅か。心に引っかかる。
(鬼灯…信じて、いいんだな?)
すると、鬼灯はニヤリと笑った。
(フフフ…アハハハ。)
「アハハハハハハッ!!あったりまえでしょ?私を誰だと思ってんの?こんくらいの死地、くぐり抜けられないで鬼が務まるわけないでしょ?」
一瞬ドキッとした。鬼灯はいつも通りだった。
俺は…こいつを信じようと思う。(指を切られたりなんだりしたけれども。)
それでも、こいつの笑ってる姿を見たら俺でもやれそうな気がしてきた。
「っしゃ!!じゃあ、2人で乗り切るか。」
「私も燃えてきたよ。じゃあまずは電気系統をどうにかし…「見つけた。こんな所にいたんだ。」
鬼灯はトイレの入り口付近にいる。美咲は音もなく現れた。
手には金属製のトンカチを持っている。
一瞬、何が起きてるかわからずキョトンとする。
が、その一瞬が命とりだったとすぐに俺は理解した。
鬼灯は入り口を背にして座っているから背後に美咲がいることに気付いていない。
「ッ鬼灯ぃ!!」
ゴスっと鈍い音がする。
「あっ……。」
鬼灯が倒れる。
なんで、突然出て来るんだよ。
「おいッ!!どういうことだよッ」
気配がなかった。本当に一瞬だった。
「ごめんね、ヲノマエ君。こいつが邪魔なの。」
美咲は、そう言うと鬼灯を抱えトイレから出る。
俺はすぐさま美咲を追いかけるために、トイレから出る。
食堂の方へ走る。距離にして20メートルもない。
なのに俺が美咲に追いつくことはなかった。
この短い距離で、鬼灯を背負った美咲を見失うなんてありえないだろ。
なにがどうなってんだよ。
「クソッ!!」
何なんだよ、一体。
遠くから声が聞こえる。
「この女は預かるね。私とヲノマエ君の敵だもん。それと、私の力はこの女の言ってたことで当たりだよ。また後でね、ヲノマエ君院長室で待ってるから。」
「どうなってんだよ、畜生ッ!!」
鬼灯が一緒にいた時の安堵感。そのおかげで俺は冷静を保てた。
いくら弱体化してるとはいっても俺みたいなひよっことちがって鬼灯には長い間生きてきた知識や経験があった。
これからは1人で行動しなければいけない。
「あぁー、クソッ!!すぐに助けに行くから待ってろ。」
ふぅ、と息を吐いてから深呼吸する。
深呼吸することで落ち着きを取り戻す。
冷静に今起きたことを振り返って思う。
おかしい…。
美咲は、さっきまで本館にいたはず。じゃあ一瞬でここまで来たのか?
いや、そんなはずはないよな。
多分、ダクトか何かを通って来たんだ。
今は…暗くてよく見えない。
赤い色の非常灯は、俺の不安をより煽る。
鬼灯は大丈夫なのか?
さっきの美咲の様子だと無事かどうか怪しく思える。せめて五体満足でいて欲しい。
とにかく、院長室に入るために今は電気をなんとかしよう。
「制御室は確か…5階か?急ぐか。」
俺は地図を思い出しながら、電気系統の中枢がある制御室へ走った。




