第七章 想いの呼応
「ごめん、ルーアン」
カラン、と乾いた音がして、短剣が床に放られる。
シェーナは僅かに出血したルーアンの腕に、自らの纏っていたストールを巻き付けた。
「どうして刺さなかったの? わたしは…」
「ルーアンのせいじゃない。なのに、混同しそうになった」
「でも、力を使っていたのはわた――」
「ヴァルド軍の指示でしょう? それに、いつか言っていたよね。従わなければ軍の要人のお義父さんに消されるって。…ルーアンはあの時、まだ私のことを知る術は無かったはず。それに、私の知るルーアンは、異能である私の力を…脅威を優しく受けとめてくれて、笑顔をくれて…ちょっとドジで、だけど冷静で大人で。…私にとって、かけがえのない親友なんだ」
今もね、と囁いて、両手をルーアンの頬に添える。
ルーアンの瞳から静かに伝っていた透明な涙を、そっと拭った。
「ごめんなさい…」
謝り続けるルーアンに繋がる機械を風の刃で切ろうとすれば、何度も弾かれてしまう。
拾った短剣を突き刺そうとしても、全く刺さらなかった。
見えない何かに、阻まれているような感覚だ。
「シェーナちゃん、それは……切れないわ」
言いかけたルーアンの顔色が、急き青ざめてゆく。
「ルーアン!?」
「ごめんね、シェーナちゃん…最後には、わたしの身体も、異能を発する装置になるの。わたし自身の意識は…あと少ししか、持たないわ」
「何か、方法は…?」
「――貴女のこと、大好きだったわ。大好きよ、シェーナちゃん。わたしの本当の名前は、アンジュっていうの。どこにいてもその名は…語ってはいけなかったけど……。ねえ、シェーナ…クリシュナ・シェエラザード。わたしの名前、覚えていて…くれるかしら?」
ルーアンの足元の…コードというらしいそれが、仄かに発光を始める。
力導器機に繋がっているのだと、彼女は言った。
「わたしを…ころして、おねがい…」
薄れ行く意識の中でささやいたルーアンは、直立したまま全く動かなくなった。
代わりにルーアンの身体から、弾けるように異能が飛来し始める。
避ける間もない風の刃、石の塊、火の粉、圧力を携えた凄まじい速さで迫る水――
「ルーアン…」
炎が、風が、水が、土が。
秩序無くただ荒れ狂うバルコニーで、防御に徹していたシェーナはすうっと息を吸い込む。
渾身の力を剣にこめて、床を思い切り蹴って跳躍した。
刃は澄んだ風を纏い、ルーアンの胸を深く貫く。
その速さは、起きていても声を上げる間もないほどの、素早さだった。
「ごめん…ね」
呟き、シェーナは荒れ狂う威力の静まった床に崩れる。
「…ごめん。ごめんね、ルーアン…ごめんね……」
氷の像のように静止したルーアンの無機質な立ち姿に、唯一色を加えるのは、滲む赤色で。
「シエラ姉さん、ルーアン…。わた…は…。……私は、私の大切な人たちを……私は…っ!」
ぽたりと、一滴だけ、雫が床に溢れ落ちる。
どこからか、鈴のような優しいうたが、微かに響いていた。




