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■第1話:2000年、春。キャンパスの片隅で

2000年4月。世間はミレニアムだのIT革命だのと騒がしかったが、鈴木健太の心境は至って平坦だった。

着慣れない、少し肩の余った量販店のスーツを着て、都内にある中堅私立大学の入学式に出席した。桜はすでに散り始め、葉桜が目立つようになっていた。

経済学部の新入生は数え切れないほどいて、隣に座った見知らぬ男子学生と二、三言葉を交わしたものの、式が終わればすぐに人混みの中に紛れて別れた。これが大学か、と健太は思った。特に感動はなかった。

入学式から数日後、キャンパス内は新入生勧誘のサークル員で溢れかえっていた。

高校時代からの悪友である高橋に「とりあえず出会いのあるところに行こうぜ」と強引に引っ張られ、健太は名ばかりのテニスサークルの新歓コンパに参加することになった。

会場は大学近くの、床が少しベタつく大衆居酒屋。ビールと煙草と、安っぽい香水の匂いが混ざり合っていた。

「俺、埼玉から通っててさ。満員電車、本当にしんどい」

「わかる。私、神奈川からだから、毎日小旅行みたいになってる」

向かいの席に座った女子学生、佐藤佐知子との最初の会話は、そんな通学路の愚痴だった。

彼女は派手なグループの端っこで、少し所在なさげにウーロンハイのグラスを撫でていた。流行りの細い眉に、少し明るく染めた髪。どこにでもいる、普通の女子大生に見えた。

健太もまた、面白おかしい冗談を言って場を盛り上げるタイプではない。ただ相槌を打ち、唐揚げにレモンをかけるタイミングを窺っているような男だった。

「テニス、得意なの?」と健太が聞くと、佐知子はふるふると首を振った。

「全然。高校の時は帰宅部だったし。友達についてきただけ」

「奇遇だね。俺も」

二人は顔を見合わせて、少しだけ愛想笑いを浮かべた。運命的な引力も、胸の鼓動が高鳴るようなドラマチックな瞬間も、そこには一切なかった。ただ、「この場に馴染みきれていない者同士」という、消極的な連帯感が生まれただけだった。

二時間の飲み会が終わり、店の外で解散の空気が流れた時、高橋が「みんな連絡先交換しようぜ!」と声を張り上げた。

それに便乗する形で、健太はポケットから折りたたみ式の携帯電話を取り出した。アンテナが伸びる、少し分厚い機種だ。

「あ、じゃあ、一応」

「うん。えっと、番号と……メールアドレス、これで合ってる?」

小さなモノクロの液晶画面を見つめながら、ぽちぽちとボタンを押してアドレスを登録する。まだ赤外線通信の機能が付いていない携帯も多く、互いの画面を見せ合っての手入力は少しだけ手間だった。

『sato_sachi…』と打ち込んだところで、健太は携帯をパタンと閉じた。

「よろしくね、鈴木くん」

「こちらこそ、佐藤さん」

夜風が少し冷たい春の夜。

それが、のちに長い時間を共に過ごすことになる鈴木健太と佐藤佐知子の、最初の出会いだった。

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