第153話…神刀
「疾く目覚めよ!阿穂之火玉白神!!!」
クラージュの呼び掛けに、手にした妖刀が震える。
「どこの下級神の名か知らぬが、ここは我輩の閉鎖空間。
他の上位存在は入ってこれぬぞ。
まして、この物質界には、我輩ら魔族と忌まわしき神族の大戦のおり、双方が相手が入れぬ結界を張り巡らせた。
それ故に魔王も大神も直接物質界に干渉出来ず。
我輩のように物質界側から呼ばれねば、魔族も神族も物質界には出入り出来ぬ」
ペイオールの嘲笑。
物質界への上位存在の出入りを封じる結界の存在。
それこそがマシロン・ノワールが物質界から冥府へ…母たる復讐の女神の下に行けなかった理由。
ましてペイオールの作った閉鎖空間内では、上位存在から僅かな力を借りる魔法すら使えない。
他の神族は、閉鎖空間内に入れない。
例え、偉大なる復讐の女神の第4子と言えども…
「ゲヘッ!ゲヘゲヘ!」
不快な笑い声が聞こえた。
手も足も失い、身体が崩壊しかけたぬいぐるみから、その笑い声は聞こえていた。
「下級魔族が何を言っているのですぅ?
確かに、お前の閉鎖空間に外部からマシロンの仲間は入って来れないのですぅ」
その後の言葉はクラージュの口から漏れた。
「この小刀を鑑定に出した時、材質すら解らなかった。
それは当然の事だったんだ。
何故なら…」
クラージュが手にした小刀『妖刀・玉白』が姿を変える。
小刀から、長さ2mを越える大太刀へと変化する。
「この刀自体が神族!
この刀自体が復讐の女神スィーラスーズの第4子たる眷属神『阿穂之火玉白神』なんだから!」
「そうですぅ!
玉白は最初から閉鎖空間内に居たのですぅ!!
だから入って来る必要なんて無いのですぅ!」
ペイオールは驚愕と共に、大太刀を見た。
復讐の女神の振るいし神器にして眷属神たる大太刀『神刀・玉白』を見た。
「2匹目の冥精だと?!
何故、そのような物が此処に顕現しているのだ?!」
ペイオールは焦った声を出したが、直ぐに冷静さを取り戻す。
「いや何匹居ようと我輩の権能の前には力を失う。
動けぬ冥精など恐れるに足りぬ」
そうペイオールの権能の前では、冥精とて自由には動けない。
まして傷ついた玉白に、自ら顕現し戦う力は残っていない。
『尻尾無き者よ、我を振り上げ、振り下ろせ』
クラージュの脳内に聞こえる玉白の声。
『必要なのは斬ったという事実のみ』
クラージュに、その言葉の意味は理解出来ない。
ただ振り上げ、ただ振り下ろす事に何の意味があるかなど分からない。
それでもクラージュは大太刀を握りしめ振り上げようとした。
「重い…」
どのくらいの重さがあるのか分からない。
いや仮に大太刀として軽くてもクラージュには関係無かっただろう。
2mを越える長さの大太刀は、人間には両手で持ち振るう武器。
しかし、クラージュには左手が無い。
クラージュの左手は義手であり、重量物を持ち上げる力は出せない。
まして、この場は『光属性』のクラージュの力を奪うペイオールの『権能』の効果範囲。
クラージュが力を込め大太刀を振り上げようとしても、力を込めた分だけ力が抜けていくような感覚に襲われる。
「上がれ…上がれ…上がれーっ!!」
クラージュは、必死で『神刀・玉白』を振り上げようとする。
その時も『闇属性』の3人は戦い。
追い詰められつつあった。
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「もはや反転させるわけにはいかぬか…」
2柱目の冥精を警戒したペイオールは、権能の効果対象を反転させず闇属性の3人との決戦を選択する。
「くそ!硬い!!」
ゲルタの曲刀がペイオールの硬い外骨格で鎧われた多脚に阻まれる。
肉を切り裂くための武器である曲刀に外骨格ごと脚を断ち切る事は出来ない。
ましてゲルタは闇妖精。
素早さや器用さに優れても単純な腕力は低い種族。
「この脚!邪魔ばかりしてぇ~!」
速度ではペイオールに勝る吸血鬼形態のエリは飛行能力を駆使して上からペイオールを攻める。
しかし、間合いが短い短剣と爪ではペイオールの多脚の守りを掻い潜り攻撃を当てるのは容易では無かった。
「ふぅーっ!ふぅーっ!」
銀狼形態のルゥは4脚歩行であり姿勢が低い。
そしてペイオールの下半身はルゥの牙でも破れぬ程に堅牢だった。
多脚を掻い潜り跳躍し無防備な上半身を狙う。
だが跳躍中は回避など出来ない。
攻撃時こそがルゥの最大の隙となり、その身は傷ついていく。
人狼の再生能力は体力に依存し、傷を再生させればルゥの体力は削られていく。
妖魔王はペイオールの戦闘力を下位魔族には優る程度と評した。
しかし、下位と呼ばれても魔族は魔族、下位魔族の戦闘力は熟練した冒険者一党が戦い犠牲を出しながら辛うじて勝利出来るレベルなのだ。
それよりも戦闘力に優れるペイオールは決して弱くなど無いのだ。
3人は苦戦し徐々に追い詰められていく。
このままでは敗北は時間の問題に見えた。
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このままでは仲間たちの敗北は時間の問題。
クラージュの目には、そう見える。
だからクラージュは必死で『神刀・玉白』を振り上げようとする。
その意味を知らずとも阿穂之火玉白神の言葉を信じ振り上げようとする。
「上がれ!上がれ!上がれーっ!!」
だが、クラージュに左手は無く、その身体から力は抜けていく。
重い両手持ちの大太刀を振り上げる力がクラージュには無かった。
「何で!何で僕は何時も何時も何も出来ないんだ!!何で僕は無力なんだ!!」
己の無力さを嘆きながらも必死で大太刀を持ち上げようとするクラージュの手に、そっと後ろから手が添えられた。
「シシリィ…?」
「大丈夫よクラージュ。
クラージュには私が付いてる。
私が何時だってクラージュの側に居るんだから!!」
1人なら不可能でも、2人なら…
そう信じた2人は必死で『神刀・玉白』を振り上げようとした。
しかし、シシリィも筋力に劣る種族である森妖精であり、権能の効果で力が入らない。
このままでは大太刀は振り上がらない。
それが道理のはずだった。
「お…おう…凄い力が玉白に流れ込んでいるのですぅ…」
マシロンにはシシリィの手から玉白に流れ込む力が感じられた。
かつてマシロンは言った。
『妖刀・玉白』とは持ち主の『恨み辛み妬み嫉み僻みやっかみ』の感情により切れ味を増すのだと、力を増すのだと、そう言った。
呪われた英雄シシリィ・アナスタージア・ルオナヴェーラの心の中にある物。
仲間を家族を血族を未来を、全てを失った悲しみ。
十年以上もの月日、愛しい子を側に置きながら手を出せない事への怒り。
世界全てを呪う程の絶望。
それは他者への、自分以外の幸せに見える人々への『恨み辛み妬み嫉み僻みやっかみ』を産み続けた。
それらの負の感情が『神刀・玉白』に流れ込み力を与える。
そして流れ込んだ力は、持ち主に再び還元され力を与えた。
「「やあぁぁぁぁーっ!!」」
2人の気合いの声と共に、ついに『神刀・玉白』は振り上げられた。
「何だ?!」
ペイオールは、クラージュとシシリィが『神刀・玉白』を振り上げた事に気づいた。
「この権能の効果内で、これ程の力が…有り得ぬ…」
驚愕するペイオール。
「行け!クラージュ!」
「クラージュさん!!」
「クラージュ!ヤッちゃえー!」
3人の声援が響く中。
「「いっけぇーっっっ!!!」」
『神刀・玉白』は振り下ろされた!!
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振り上げ、振り下ろす。
本当に、それだけだった。
その刃はペイオールに掠る事さえ無かった。
その振り下ろされた切っ先の延長線上にすらペイオールは居なかった。
「はっ…ははは…
当たっていれば我輩とて無事ではすまぬやも知れぬが掠る事すら無くてはな。
全ては無駄だったな!下等生物ども!!」
ペイオールは笑う。
クラージュの努力を嘲笑う。
もはや万策を尽きた。
ペイオールを倒す事は叶わなかった。
そう見えた事だろう。
それ故にペイオールは笑う。
その場の愚かな者たちを嘲笑する。
そして、その声がペイオールに届いた。
「お前ごとき下級魔族の矮小な尺度で物事を語るな」
「なっ?!」
ペイオールの目に其れは見えた。
それは、長い黒髪を持ち白い小袖と緋袴を纏い。
そして、8本の蛇の尾を持つ童女の姿をした神性。
「必要なのは『振り上げ、振り下ろし、斬った』という事実のみ」
そう神性が呟いた瞬間、ペイオールの身体は中心線から左右にずれる。
「馬鹿なっ?!」
自分に何が起きたのかすら理解出来ないまま。
ペイオールの身体は真っ二つに切り裂かれ、二つになった身体が左右に倒れた。




