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⑩絆

 『月の国』の人間であるミリアの存在を報告していいのか判断に迷いながら、グロリア城に戻る。しかし、塀を越えた辺りであっさりとサティ王子に発見されてしまい、仕方なくわたしは事の顛末をサティ王子に説明した。

「とりあえず地下牢に入れます。強大な力を持っている以上、わたしの勘だけで判断できる範囲を超えていますから。ナナミさんのご友人ということですし、何も無ければ危害は加えないと約束しましょう」

「ありがとうございます。能力を酷使していたので、数日は目を覚まさないと思います」

 サティ王子が兵士に、ミリアを地下牢に連れて行くよう指示する。それからわたしの肩を指差して、「その傷も早急に処置が必要ですね。イリス、お願いできる?」と言う。イリスは「任せて」と頷いた。

 『医務室』と書かれた札の部屋に移動する。その部屋にはベッドが十以上置いてあり、見たことも無い医療器具が棚に並んでいた。わたしは入り口に一番近いベッドに仰向けに倒れる。

「目を瞑っていたほうがいいわよ」イリスが言う。「駄目。いま目を閉じると眠ってしまうそうだから」「あっそ。とりあえず肩と脇腹でいいわよね」イリスは麻酔から縫合、包帯を巻くまでを手際よくやってくれた。

 わたしはイリスに礼を言うと、ベッドから立ち上がる。

「ちょっと、もう少し安静にしてなきゃだめよ。結構血を流しちゃってるんだから」

「ありがとう。でも、ごめんね。今日じゃなくちゃ駄目なのよ」

 わたしが歩き出すと、背後から「馬鹿……」と声がした。聞こえなかったふりをして、わたしは足を進めた。



 扉を叩く。グロリア城の一階、西側に位置する一室。ティーズたちが泊まっている客間だ。返事がして扉が開く。交代で見張りをしているのか、扉を開けたラースの後ろに、眠っているティーズとミースが見える。無用心だとも思ったが、明日にはまた砂漠を越えて『呪いの自治区』に帰らなくてはいけないのだ。やむをえないことなのだろう。

 さらに五日後には、ティーズ達が起こすクーデターの決行日があるのだから。

「ナナミさん、といいましたか。夜遅くに何か御用でしょうか?」

 生真面目に訊く大男に、わたしは答える。

「すみませんが、ティーズさんを起こしてもらうことはできますか? 自分で言うのもあれですが……ジョーカーをもってきました」

 


 三日後、わたしは『呪の自治区』へ向かう前に、地下牢にいるミリアのもとへ立ち寄った。地下牢には見張りの兵士が二人。ミリアはまだ眠っていたが、少し体が動いたような気がしたので、兵士の目を盗んで能力を使ってミリアの肩を揺さぶってみる。ミリアが目を覚ます。ミリアは目をこすって周囲を見回したりしていたが、わたしの姿を見るなり飛び起きた。

「ナナミちゃん……」

「おはよう、ミリア。本当は書き置いても良かったんだけど、せっかくだから聞いて」

「今さら、何をですか?」

「今からわたしは用事があってこの国を出る。『呪の自治区』が能力者を意図的に作ってるって聞いたから、それを止めてくるの。だからもうこの国でわたしを探しても無駄よ。あと、それとは別件で、まだわたしにはやらなくちゃいけないことがある。だから『月の国』には帰れない。こんなところまで探しに来てくれたのに、ごめんね」

「やらなきゃいけないことって? 終わったら、そのときは『月の国』に戻ってこれるのですか?」

「戻るのは無理かな。わたしのやらなきゃいけないことって言うのは、あのバケモノを消すことだから」

「……ランス様を殺すってことですか?」

「あれはランスじゃない。わたしはあのバケモノを許さない。それと、あのバケモノを生み出した『月の国』もあってはいけない。どっちもわたしが、この手でやらなくちゃいけないのよ」

「『月の国』を滅ぼすって……ナナミちゃん、どうしてそこまで……」

「全部、思い出したからよ」

 わたしの言葉にミリアが息を呑んだのが分かった。

「四月一日、『剣の国』に住んでいたわたしは、すべてを失った。お父さんも、お母さんも、友達も、村の人たちも全て。そんなことが許されていいの? そんなことがこれからも続いていいの? ねぇミリア、もう一回言ってみてよ。今の『ランス様』がバケモノじゃないって。みんな苦しんで死んでいった。とっても優しい人たちばかりだったのに! 黒一色に焦がされてなにもなくなった故郷を見てきた。目を開けているのも辛くて、それでもお父さんとお母さんの骨を埋めた。建てたお墓の前で『元気だよ』って嘘をついた。涙が出なくなってもまだ泣き足りないぐらい苦しかった。でもたぶん、『ランス様』はわたしを見ても何も感じない。同じことをまた繰り返す。それをバケモノじゃないって、アレを生み出した『月の国』が間違っていないって、もう今のわたしには思えないの」

 俯いたまま、ミリアの言葉は無かった。

 本当は、こんなことを言うつもりは無かったのに……

 わたしは地下牢を出る。唇を噛みながらわたしは、馬の手綱を握った。



 国長を捕らえて政権を奪い、『奇跡の種』を作っている研究施設を破壊。その後、地区ごとに順番に、全ての国民の『奇跡の種』をラースとミースが砕いて回る。『呪いの自治区』は小さな国なので、五日もあれば全国民を普通の人間に戻すことが出来るそうだ。

 けれど、サティ王子もわたしも、この作戦にひとつ懸念があった。

 謀反を起こした張本人のティーズに、国民が纏められるのかということだ。

 現国長のガレスは民衆からの信頼を失っているわけではない。『奇跡の種』を植えることについては疑問視する声もあるが、独立の英雄である彼から政権を奪ったとして、ティーズにどれほどの民衆がついてくるか分からない。最悪の場合、『呪の自治区』が内乱状態になることもありえるそうだ。

 ならば、物事の順番を変えて、犯人を挿げ替えればいい。

 まず最初に、外部に異常が伝わらないようにしながら、城を制圧して国長を確保する。その間にティーズたちは、国長の指示だと虚偽の説明をしながら国民の『奇跡の種』を壊して回る。嘘の内容は『新しい能力開発の方法が見つかったから』とでもいえばいい。五日間で国中の人間を能力者から普通の人間に戻したあと、わたしが今回の件の首謀者として、研究所を破壊しながら国外に逃げる。そうすれば『呪の自治区』をティーズたちが纏めることに不満を持つ人も少なくなるだろう。

 この話をティーズに提案したのち、サティ王子の了承も貰った。馬を走らせること二日、わたしは『呪の自治区』へ到着する。

 澄んだ空気に、とてものどかな風景だった。田畑が広がり、緑も豊かで、道も整備されている。わたしが暮らしていた村とよく似ていた。時刻は朝。わたしが道を歩いていると、ぽつぽつと、家から鋤や桑を持った人たちが出てくる。季節は秋。収穫がひと段落つき、次の季節の野菜を植える時期だ。能力者の国と思っていた印象とは裏腹に、誰もが農具をふるって畑を耕していた。

 しばらく歩いてわたしの目に留まったのは、一人の男の子だった。例に漏れず小麦色の肌に銀色の髪をしたその子には、片腕が無く、一回り小さな農具を振るっている。男の子はわたしと目が合うと、こちらに寄ってきた。「おはようございます」と声をかけると、「おはようございます、お姉さん」と人懐っこく男の子は笑った。

「わたしはこの国にくるのは初めてなの。どんな国かおしえてもらってもいいかな?」

「えっとね、元気のある国! 野菜とかがとれる量もだんだん増えてきてるんだって。牛とか羊とかを飼う人も増えてきて、最近はお肉が安くなってきたって、お母さんが喜んでたよ」

「そうなんだ。ねぇ君、この国は好き?」

「好きだよ。片腕のぼくにもみんな優しいし」

「その腕、どうしちゃったの?」

「燃えちゃったんだ。ぼくが十歳のときに右手から炎が出るようになったんだけど、そのときにね。全身も死んじゃうかもしれないぐらいの火傷だったんだ」

 男の子は、無理をして笑って話しているように見えた。それにわたしは「そうなんだ……」とあいずちを打つことしかできなかった。

「でもね、僕だけじゃないから。大人の人もみんな、いろんな奇跡をもってるけど、やっぱりちょっと怖いって言ってる。怖いのが僕だけじゃないから、怖くないんだ」

「そう。君は強いね」

 男の子と別れて、わたしはまた歩き出す。

 確かに独立したばかりの頃は必要だったのかもしれない。けれどもうこの国は、能力なんて無くても自分達で営んでいける段階まできているのだろう。

 半日歩き、ようやく国の中心までたどり着く。そこは小さな市場が開かれる程度の、本当に小さな町だった。売り買いされているものは、食料や日用雑貨が主で、装飾品や嗜好品の類は少ない印象を受けた。活気のある声が飛び交う中、しかしよく見ると、片足が不自由な男、両手が動かないのか背中の籠に荷物を入れてもらっている女性、妙に上空を気にしている老人、何も無いのに背後を振り返る少年、寒い中で薄着の人、必要以上に厚着の人、突然耳を塞いで黙ってしまう子供などが紛れている。元気に果物を売っていた女性が前触れも無く突然泣き出し、通りすがりの親子が声をかけながら背中をさすっている。

 ただ活気があるんじゃない。お互いに元気付けるために、自分から元気な声を出しているんだ。この国の誰も彼もがきっと、自分のことで一杯一杯の中、それでも隣に居る人を支えようとしているんだ。

 町の中央には、『月の国』の王宮の半分よりもさらに小さな城。わたしは裏側から塀を乗り越えると、目に付いたのは使用人の少女だった。わたしはその少女をナイフで脅し、国長の居場所まで案内をさせる。

 この城にも謁見用の広い部屋があり、そのすぐ隣に国長の自室はあった。わたしは能力で鍵をはずす。手が震える。息を大きく吸って気持ちを落ち着かせる。わたしは手元が狂わないよう、使用人の少女の首元に着き付けたナイフに気をつけながら、その部屋に入る。

 その部屋にいたのは、この国で唯一、肌の色が白く瞳の色が赤くない男。宗教の宣教師のような格好をしている彼は、わたしの姿を見てなお、意外そうな表情はするものの、驚いている様子は無かった。おそらくこの男が国長のガレスだろう。国長が戦場にまで出ていたことを意外に思う反面、脅す手間が省けたとも思った。

「あなたがガレスさんですか? わたしはナナミといいます。また会いましたね」

「……今度は何の用だ?」

「門番も含め、城中の人間を隣の大広間に集めてください。でないと、この城の人間を全員殺さなくてはいけなくなります」

「貴様に人質は必要ないだろう? その使用人から手を離せ。ミラ、詳細は言わず、婦長と警備長に、城中の人間を大広間に集めさせろ。至急だ」

 ミラとよばれた使用人は今にも泣きそうな顔で、「わかりました」と走っていった。

 それから二十分後。大広間に城内の全員が集まると、ガレスにわたしの能力の説明をさせる。ガレスはわたしの能力が『空間掌握能力』あることを伝え、その上でどれほどの脅威かを淡々と話した。警備兵の中には先日の戦争に出兵していた者もいたようだ。

「集まっていただいた四十八人中で、一人でもわたしの指示に従わない者が出れば、城内と市場の人間を一人残らず殺します」そんなことは出来るはずがなかった。だからこそ自信ありげに嘘を吐く。「わたしにとってはどちらでも構わないのですが、賢明な選択をされることお薦めします」

 それからわたしは、門番の四人を除いた全員に『奇跡の種』を体から取り出すよう指示し、それらをすべて破壊する。門番には城内の異変を口外することを禁じ、外交交渉中のため国長への謁見及び城内への立ち入りを禁止する旨を書いた虚偽の立て札を作らせた。

 国長を地下牢へ閉じ込める。これでこちらの準備は完了だ。

 今頃はティーズたちも動き出しているはずだ。

「あと五日……」

 作戦はもう始まっているのだ。



 それからわたしは厨房に向かった。倉庫には十日はもつ量の食材が保管されていて、種類もさまざまだった。罪の無い人たちを監禁している罪悪感もあり、わたしは腕によりをかけて約五十人の食事を作ると、使用人三人を呼んでそれを運ばせる。

 食事を並べる分の机を大広間に準備させ、そこに料理を並べると、少しだけ警備兵や使用人たちの表情が和らいだ。やっぱり料理は素敵だ。表情には出さないように努めたが、やっぱり手料理を喜んでもらえるのはうれしいことだと思う。

 そして十分後。誰も喋らなくなった。

「何で?」

 首を傾げる。食中毒の可能性も考えたが、同じものを食べているわたしはピンピンしているし、自分で言うのもあれだが美味しくできたと思う。

 近くの警備兵の肩を揺らすと、まるで内臓でも滅茶苦茶に引っ掻き回されたような苦しげな表情で顔を上げ、そしてわたしの姿を見るなり、壁際まで走って逃げていった。使用人の一人が近くの警備兵を起こそうと背中を叩いたのを皮切りに、起きている人は近くで倒れた人の介抱しはじめる。そして全員が目を覚ますと、腹痛で立ち上がることが出来ないかのように、また壁際で一斉にうずくまった。

 せっかく作った料理は、ほんの少し食べた程度で放っておかれている。

「……なによ、失礼ね」

 わたしは思わず呟く。途端に壁際にいた全員が両手を床に着いて頭を下げた。「お助け下さい」だの「殺さないで」だの、更に失礼な言葉が聞こえてくる。わたしが「もういいわよ、別に」と言うと、安堵のため息が壁際からここまで聞こえてきた。

 やがて、一人の少女がおどおどしながらわたしの元に歩いてくる。国長の居場所を案内させた使用人――ミラだった。

「あ、あの……ナナミさん、じゃなくてえっと、ナナミ様? ちょっとお願いがあるのですが……」

「あなた、じゃんけんで負けでもしたの?」

「えぇぇぇぇっっと、そのそのそあのののいえ、えっと、ちがうくはないのですが……」

 どうやら本当にじゃんけんで負けたらしい。わたしが言えた立場じゃないが、今日のこの子は本当に運が無いようだ。

「食事はわたし達に作らせてください。お願いします、ナナミ様の分もちゃんと作りますので」

「様はいらないわよ。分かったから、必要な人数を連れて作り直してきなさい」

 何人かの使用人が立ち上がって、ミラと共に部屋を出て行く。それにしても、結構ショックだ。頑張って作ったのに……

 四十分後ぐらいだろうか。ミラ達が食事を作って戻ってくる。まず最初にわたしのところに一食、ミラが持ってくる。それから全員に配っていき、配り終えたあとにまだミラの手元には四食残っているのが見えた。ひとつはミラ自身の分、のこりは……

「門番とガレスの分でしょ? いいわよ、持っていきなさい」

「ありがとうございます!」

 使用人二人がそれぞれ一食分、門番の分を持って先に出る。それからミラが国長の分を持って地下牢へ走って行き「きゃっ!」ガシャンパリーンどべしゃっ!

「………………」

「………………」

「………………あー。またやったか」

 どこからかため息が聞こえる。どうやら初めてではないらしい。しょんぼりして戻ってきたミラは、自分の分の食事を持って再び出て行こうとする。あまりにも不憫すぎて、わたしはミラを呼び止めると、自分の分の食事を差し出した。

「これを持っていきなさい。ついでにこっちの状況も伝えてきなさい。どうせあの男には何も出来ないんだから」

 ミラが「いいんですか?」と首を傾げるので、「いいから早く行きなさい!」と怒鳴る。

 何度やっても、悪役を演じるのは疲れる。この調子であと四日も持つはずがなくて、わたしは何とかして仮眠をとる方法を考える。

「わたしに危害を加えたり、城から出ることを禁止します。それと、町にわたしの仲間を忍ばせてあります。わたしは仮眠をとりますが、その間になにかあれば、相応の結果が待っていると思ってください」

 そう伝えると、わたしは壁に背を預けてまぶたを閉じた。丸二日間かけて砂漠越えをしたせいもあり、わたしの意識は溶けるようにすぅっと闇に落ちていった。



 二日後。城を制圧して三日目。使用人達の髪が次第に茶色く、肌が白く変わってくる。個人差もあるが、ほとんどが瞳の色も赤から青に戻りつあった。

 この日、わたしは地下牢に降りた。牢の中でガレスは壁に背中を預けて座っていた。わたしが牢の前で立ち止まると、ガレスは顔を上げる。

「ガレスさん、ご機嫌はいかがですか?」

「至って普通だ。使用人や町の人間に手出しはしてないんだろうな?」

「まだ何もしていませんよ。あなたが国民や使用人の心配をされるなんて、意外でした」

「心配とは少し違うな。そんなものはとうの昔に捨ててしまった。私はただ危惧しているだけだ」

「そっか。あなたもバケモノなのですね」

 その行いに憎しみは無く、他者の悲しみを理解することも無い。喜びを知らず、怒りを知らず、哀しみと楽しみを失った、かつては人間だったヒト。こう生きると決めた決意だけで生きてきたバケモノを一人知っていたが、ここに同じような人間がもう一人いようとは。

「どうしてあなたはかつて、国民を能力者にしようと思ったんですか?」

「独立のためだ」ガレスが答える。「そのときの気持ちなんぞ覚えていないから、記憶でしか話すことは出来ないがな。この国はもともと、迫害されていた地域だ。国民は自尊心を失い、日々を希望すら探すことなく生きていたように、かつての私には見えた。『水面の国』と『箱の国』からの独立ではない。それは私一人の力でも可能たった。だが、彼ら一人ひとりが立ち上がるのにはそれではいけないと考えた。だから力を与えた。一人ひとりが国を守るための力を。他者を助けることのできる力を。他者から必要とされる力を。それが人間の道を踏み外しかねない力だと知りながら、それでも彼らが立ち上がるためには必要だったんだ」

「あれがどんな能力か、能力者じゃないあなたに分かるのですか?」

「少なくとも、当時のわたしは理解していた。私もかつては能力者だったからな」

 ふと、ティーズの言っていた言葉を思い出す。

『現状では、ラースかミース、そしてあなたに「奇跡の種」壊してもらう以外に、普通の人間に戻る方法はありません。以前はもう一人いたのですが……』

 そしてガレスがかつて、一人でも独立国を作ことができるほどの能力者であったということを考えると……

「あなたの能力も『空間掌握能力』だったんですね。どうしてそれほどの能力を手放したんですか?」

「言っただろう。守られるのではなく、一人ひとりが立ち上がることが大切なのだと。もっとも、私にはその意味も決意も葛藤も、もう思い出せやしないのだがね」

 それならばガレスが能力を使わなければいいだけだ。能力を手放して、国の切り札を捨てる理由にはどこか弱いような気がした。

「あとひとつ聞かせてください。どうして『光の帝国』と戦争を始めたんですか?」

「『光の帝国』との戦争に勝てば、世界中のどこにも、もう我が国を蔑む者がいなくなるからだ。民が一人で立てるようになるなら、私はどんな手段でも躊躇わないさ。私はそういう存在なのだから」

 牢の中にはいつの間に運び込まれたのか、毛布や水、紙と筆、着替えまで置いてある。きっと使用人たちが気を利かせて持ってきたのだろう。

 きっとガレスも、もとは悪い人間ではなかったのだろう。けれどこの国の民はすでに一人で立ち上がっていて、この国にもう特別な能力は必要ない。きっと今のガレスには、それが分からないのだ。



 二日後の朝。ティーズがラースとミースを連れて、城の裏口から戻ってきた。使用人たちに気づかれないようにわたしはティーズたちに合流する。ティーズたちが戻ってきたということは、三人を除くすべての能力者を普通の人間に戻し終えたのだろう。わたしが「門番は?」と聞く。「四人とも済んでいます」と答えたラースは、「しかし」と前置いて言葉を続ける。

「住民登録の中で一人だけ未回収です。二年前に失踪した子供がいます。女子で、生きているとすれば今年で……」

「十二歳、ですか?」その女の子に、わたしは心当たりがあった。「能力は物を腐らせること。自分の手で両親を殺めてしまった、なんてことは?」

「その通りです。村人も泣きじゃくるその子を蔑むどころか哀れみ、励ましたそうです。ですが夜の間に逃げ出したらしく、翌朝にはどこにも姿は見当たらなかったそうです。ナナミさん、もしかして心当たりが?」

「いいえ、そういうわけでは。たまたま城に来る間の道で聞いただけです」

 ティーズが「それは捨て置いてもいいだろう」と言い、少しだけ歩を早める。

 向かう先は地下牢だ。わたしが最初に地下に入り、誰もいないかを確認する。おそらく食事を届けに来ていたのだろう、階段を下りる途中でミラとすれ違う。ガレス以外の者が地下にいないことを確認して、わたしはティーズたちに合図を出した。

 ティーズがガレスの牢の前に立つ。ガレスは食事していた手を止めて立ち上がると、牢の柵の近くまで来る。

「ティーズ、城の外はどうなっている?」

「国民は皆、喜んでいます。『奇跡の種』は我々三人の中にあるものを除いて全て砕きました。国長、あなたの時代はもう終わりです」

「本当にそれで我が国の民は、蔑まれずに生きていけるのか? 迫害を受けずに生きていけるのか? 私にはそうは思えない。十年や二十年ではないのだぞ。未来永劫、我が国は奪われることなく、嘲笑されることなく、唾を吐かれることなく、誰からも恐れられる強き国でいられるのか?」

「この国の民は強いです。既に上を向いて歩き出しています。互いを支え、隣人を尊び、あなたのおかげでとても優しい国になりました」

「優しさの何を信じることが出来る? 私と共に建国からこの国にいた貴様が、この国が出来る前に人間の残虐さを私と共に見ていたはずの貴様が、今さら何を期待している? 何を夢見ている? 他者の上に立たない限り、我が国は蔑まれ続けることになるぞ」

「俺はそうは思いません。心に寄り添ってくれる人がいるなら、人間はその足で立って生きていけます」

「無理だ。人間にそのようなことができてたまるか! 一時の幸せなんて苦しいだけだ。蔑まれればすべて奪われて終わりだ!」

 ガレスが叫ぶ。それをティーズは冷めた目で見つめていた。

「ガレス国長。あなたには何を言っても無駄なようですね。この国にはもう上に立つ人間なんていらないんです。俺もあんたも必要ないんですよ」

 ティーズが腰の剣に手を掛ける。鞘から抜かれた刃はこの暗がりの中でなお銀色に光り、その剣先はガレスの左胸を向く。

 そのとき、ほんの少し。

 照らし出されたガレスの顔が、僅かに笑っているように見えた。

 わたしは咄嗟にポケットから手鏡を取り出すと刃を展開する。

 本来ならば止めるつもりは無かった。人の道を踏み外したバケモノが死んで、みんなが幸せになれると思っていた。だけど真相は、そうではなかったんだ。

 ティーズの剣を阻むように手鏡を振りぬき、しかしそれが間に合わないと察する。ガレスに剣を避けるそぶりは無い。剣の切っ先がガレスの左胸に刺さり

 べしょっ!

 そうになる直前で、わたしはティーズの剣を弾き飛ばすことに成功した。

 飛んできたのは、生卵だった。

 卵が飛んできた方向には小柄な人影。おそらく柱の陰に隠れていたのだろう。今にも泣き出しそうな顔でそこに立っていたのは、ミラだった。ティーズが振り向くと、ミラは腰を抜かして立てなくなる。それからティーズがわたしを睨む。けれど、怒っているのはわたしも同じだ。

「茶番ですね」 

 ラースが「ナナミさん、どういうことですか?」と聞いてくる。しかしそれに答える間もなく、ティーズはわたしの胸倉を掴む。

 確かに恐い。能力が頼らなければ勝ち目も無い。けれどわたしの能力のあるなしに関わらず、グレン様のときのほうが何倍も恐かった。

「何で邪魔しやがった!」

「ティーズ兵士長、あなたが死ぬつもりだったからです!」

 皆が驚いていた。言い当てられたティーズも、ラースも、ミースでさえも。当事者でないミラでさえ目を丸くしているのに、ガレスだけは眉ひとつ動かさなかった。

 けれどそもそも、今回のやりとりはガレスの方もおかしいのだ。

「ガレスさん、以前に聞いた質問をもう一度します。あなたはどうして最強の能力である『空間掌握能力』を捨てたんですか?」

「言ったはずだ。私の力で国が成り立っているうちは、国民が立ち上がったことにはならないからだと記憶している」

「そうですね。本質的な意味では間違っていませんが、大切な部分が欠けています。そもそも今回の二人の茶番も、本来ならば起こるはずの無いものなんです」

 ラースが「それは何故ですか?」と問う。その後ろでミースも腕を組みながら耳を傾けていた。

 『私にはそうは思えない』と。確率が低いとは言わず、ガレスはそう言った。『何を信じることが出来る?』 それは信じることを否定する言葉だ。『今さら何を期待している?』 それは期待することの無意味を嘆く言葉だ。『一時の幸せなんて苦しいだけだ』 それは苦しみを拒絶したいと思う人間の言葉だ。

 だから、そんなことはありえないのだ。

「だって、今のガレスさんには心が無いんですから」

 ラースが一歩前に出て言う。「ふざけないでいただきたい。国長に心が無いなど、失礼にも程があります!」しかしミースが「待て」とラースの言葉を途切る。「最後まで聞かせてほしい。一体何が起こっていたんだ?」ミースに促されて、わたしは話を続ける。

「あの茶番でガレスさんが言った言葉はすべて演技です。心の無いガレスさんが声を荒げるなど、本来ならばあるはずがないですから。けれどもガレスさんには『理不尽な国長』を演じきる理由があった。そしてそれは、ガレスさんがまだ心を持っていたときから計画されていたはずです。今日までの全てが、ガレスさんが考えた『呪の自治区』の独立計画だったんです」

「ガレス国長の計画とは何ですか?」ラースが言う。「まさか私達のクーデターまで計画の内だっていうのですか?」

「そうです。かつてガレスさんが願ったのは、『呪の自治区』の国民が能力に頼らずに生きていく道を、自分で選ぶことだったんです。だからガレスさんの目的は国民に殺されること。国民が革命を起こせるように、ガレスさんは最強の能力を自ら捨てたんです……そうですよね、ティーズさん?」

「どうして俺に訊く?」

「ティーズさんはそれを知っていたはずだからです。この城に来る途中、さまざまな人を見てきました。城で働く兵士や使用人の姿を見てきました。ガレスさんは国長として慕われ、支持率も高いそうですね。そう考えるとティーズさん、あなたの行動が国民の総意とは考えにくいんです。むしろ、国民が能力に頼らずに生きていくことが出来る段階に至ったと判断したから国長を殺めようとしたと、そう考えた方が自然なんです。すべてはガレスさんへの忠義のためだったんですよね?」

「では、それでどうして俺まで死ななくてはいけなくなる?」

「『この国にはもう上に立つ人間なんていらない』……あなたが言った言葉です、ティーズさん。この国は政治的な舵取りをする人間がいなくても互いに助け合って繁栄できると、あなたは本気で信じています。そもそも最初から、わたしたちが聞かされていた作戦は破綻していたんです。クーデターが成功すれば、そのあとはティーズさんを支持する人達と反対派で内乱になる可能性があった。けれど謀反を起こした人がその場で自刃したら? 派閥に分かれることも無く、国の窮地を国民達はまた互いに支えあって乗り越えてくれると思ったんじゃないですか?」

「ちょっと待ってくれ」そういったのはミースだった。「うちの兵士長はまだ死ぬ必要があったのか? 悪役はナナミさん、あんたが引き受けてくれることになっていたはずだ。それで丸く収まるんじゃないのか?」

「ラースさん、ミースさん。あなたたちの兵士長は、誰かに罪を押し付けることを良しとするような人ですか?」

「いいや、クソ真面目だ。確かにそうだな」

「兵士長は義理を重んじる人です。その類は彼が最も嫌うことかと」

 ミースが笑い、ラースが頷いた。わたしはティーズに向き直る。

「ティーズさんは最初から、わたしを犯人に仕立てるつもりは無かった。国民が自分の力で立ち上がること――革命が国民の手で行われることが、ガレスさんの願いだったんですから」

「何でだ?」ティーズの口が開く。「そこまで分かっていて何故止めた? この国はもっと良くなる! 戦争をして他国から奪うことなく、交易で経済的に潤うわけでもないこの国は、それでも絆の力でもっともっと上を目指していける。虐げられてきた歴史があるからこそ、どんな国よりも隣人に優しくできる。物や金ではない、本当の意味で豊かな心を持つ国だ。国長の誇りであり、俺の誇りだ! だからこそ、これからのこの国に俺達は必要ない……」

 乾いた音がした。手のひらがじんと熱くなって、気がつけばわたしはティーズの頬を張り飛ばしていた。

「ふざけないでよっ!」怒りがこみ上げてきて、熱くなった右手を握り締める。「何で止めたかって? 誰もあなたたちの死を喜ばないからに決まっているでしょ! 自分の心や命よりも、国や民を大切にしてきたんですよね。そんな二人だからこそ、民も部下も信頼して付いてきたんじゃないんですか? そんなあなたたちだからこそ、大勢の人が深く悲しむんじゃないんですか? わたしはそれを見過ごせません。ほんの数日ですが、わたしもこの国が好きになっていまいましたから」

 ティーズが舌打ちをし、それから考え込むように黙る。

「相変わらず融通の利かないクソ真面目なんだから……」そう言ったのはミースだ。ミースの右手には一本の槍が握られている。「ティーズ兵士長。民と名誉ならどっちが大事ですか?」

「もちろん民だ」

「じゃぁこの件は革命じゃなくて、不幸な事故ってことでいいですよね?」

 そう言うと、ミースはガレスの右脇腹に槍を突き刺した。ガレスが床に倒れる。わたしが咄嗟に能力で牢の鍵を開けると、ミース以外はガレスの元に駆け寄った。ガレスに呼びかけると、辛うじてこちらを向く。どうやらまだ意識はあるようだ。

「ミース、貴様……」

「怒らないでくださいよ先輩、真面目すぎはクソですよ? それに急所は外しました。あー、でもその傷だとこれ以上政治を続けるのは難しそうですね。国長には予定通りティーズ兵士長がなるとして、今回の件は、城に忍び込んだ強盗に刺されたってことで、僕のほうで処理しておきますから」

 それからミースはミラに、兵士を四人程度呼んでくることと、医務室の準備を指示した。ミラは大急ぎで階段を駆け上がっていく。

 それからミースがわたしに振り向いて問う。

「一応、丸く収まると思うんだけど、こんな感じでどうかな?」

 国民は全員、能力から開放された。次の国長には予定通りにティーズが就き、殺めるはずだったガレスも生きている。「上出来です」と、わたしはミースに頷く。多少予定外のことはあったが、あと一手で計画はすべて完了だ。

 それからミースはわたしに槍の柄を向けて言う。

「ナナミさん。先日の申し出、僕からお願いしてもいいですか? すみませんが、これを持って今すぐ国外に逃げていただきたい」

「ミースさん、ティーズさん、ラースさん。そちらこそ、これからが大変だと思います。頑張ってください」

 わたしはミースから槍を受け取ると、地下牢を、城を、『呪の自治区』を出る。馬の手綱を握り、『光の帝国』への帰路をひたすらに駆けた。



 槍は帰路の途中で地中深くに埋めた。『光の帝国』に帰ってくると、サティ王子に報告を済ませ、すぐにわたしは部屋の布団で眠りに落ちた。丸二日間眠り続けたのち目を覚まして、更に十日後。『呪の自治区』での謀反から数えると二週間が過ぎた日。わたしはサティ王子に軍議室へと呼び出された。

 扉を開けるとそこにはサティ王子以外に、妙に低姿勢なマッチョと、いかにも偉そうなチビがいた。

「ラースさん、ミースさん……」

「先日は大変お世話になりました」

「ウチのアホ兵士長の企みを潰してくれたこと、本当に感謝しています。柄でもないけど、頭を下げさせてください」

 ラースとミースがわたしに深く頭を下げる。二人はまだ白髪に小麦色の肌をしていた。聞くと、今後『奇跡の種』を悪用しようとする者が現れたときのために、自分たちから志願したのだそうだ。サティ王子に促されて、わたしとラース、ミースは椅子に腰を下ろした。

 ラースの口から、改めて謀反の件の顛末と、現在の『呪の自治区』の現状が報告される。新しい国長にはティーズが就任。だからといって国がどう変わるわけでもなく、肌と髪の色が元に戻った人たちが、今までどおりに助け合って暮らしているようだ。

「それと、国の名前が『絆の自治区』に変わります。来週の会議で可決される予定です」

「それはティーズさんが?」

「正確にはティーズ国長とガレス前国長が、前々から考えていたようです」

 それから『光の帝国』と『絆の自治区』の同盟についての話になった。最初の会談は一週間後、互いに草案を持ち寄って行われるようだ。この話がまとまれば、『絆の自治区』の平和は磐石だろう。

 あらかたの議題が終わり、室内のみんなが一息ついた頃。「実は個人的なお願いがありまして」と、言いづらそうにしながらラースが切り出す。

「『光の帝国』の出版技術で、この本を大量に作れないでしょうか?」

 そう言ってラースが無骨な手で鞄から取り出したのは、かわいらしい表紙の絵本だった。草原に男の子や女の子が手を繋いで笑っていて、空には虹が掛かっている。

「えっ……これラースさんが描いたんですか?」

 思わず口に出してしまう。ラースが渋々頷いた。

「ホント、驚きますよね」ミースが言う。「先輩、こんな図体なのに、子供の頃は絵本作家になるのが夢だったらしいんですよ。初めて聞いたときはホント爆笑しちゃって……だけど、よかったら中を見てください。国の歴史を伝えたいって、先輩、結構真剣に作ったんですから」

 絵本を開く。迫害のページ。独立成功による歓喜のページ。戦争のページ。能力の副作用に苦しむページ。それでも助け合って笑いあうページ。心をなくした国長と、国長のために謀反を起こす兵士長の話。わたしが十割増しぐらいに可愛く描いてあって少し照れる。それから次のページをめくると……

 他の絵と一線を画すどころか、段違いにゆるふわキュートに描かれた女の子がいた。

 卵を持っているので、おそらくミラだろう。給仕服はピンク色のフリルで飾られ、周囲にはしゃぼん玉のような光が浮き、背中には白い翼までついている。

「えっ……これもラースさんが描いたんですか?」「ホント驚きますよね。ミラちゃん、先輩の妹なんです」「えぇっ! えっ。嘘ぉぉっ!」「妹は心優しい娘ですから。清き心を以って、勇気を出して自分の正しいと思ったことを貫いたんでしょう。だからこれでいいのです」「シスコン……」「ってか卵を投げるようながさつ女が、どう間違ったらこうなる……うおっ、ちょっ先輩! 嫌だな冗談ですよ、だからやめてくださぃストップストップ、そのツラと図体でキレられるとマジで怖いんですって!」

 一騒動あったあと、ラースとミースはまた深く頭を下げて、『絆の自治区』へと戻っていった。



「全て終わったな」

 二人きりになった軍議室で、サティ王子が呟く。

「これで、この国にとっての脅威は無くなりました。ナナミさんのおかげです。これでもうこの国を脅かせる戦力は、世界のどこにも存在しなくなりました。平和の時代が来たんです」

 わたしはサティ王子のカップに紅茶を注ぎながら、首を横に振る。

「まだです。まだ残っています」

 まだ、この世界にいてはいけない、アイツが残っている。

 もはや在ってはいけない国が、未だ存り続けている。

 国を焼き、民を根絶やしにする、心を失ったバケモノ。お父さんとお母さんと、村のみんなと、わたしの大切なひとを奪った仇。

 サティ王子が「何が?」と訊くので、わたしは答える。

「ランス・ディーゼルボルグリーベント・クレセントナイト。『月の国』の第二王子です」

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