椿8
紫陽花も、枯れ始めた。
雨も、まだまだ残っているが、暑さが厳しくなっていく梅雨の終わりのころ。
あれから、二週間以上の時間が流れた。
中大路つばきは、いつもと変わらず、過ごしている。
相変わらずの美人ぷりであるし、産婦人科の仕事も、スマートにこなしている。
あのあとから、青西優人と、付き合うどころ、顔を合わせていない。
もちろん連絡もとっていない。
あんなことは・・・なかったこととして、つばきは、過ごしている。
なかったことにしたいのだ。
つばきは、モテる。
青西優人みたいなチャラい男性からも、アプローチされたこともある。
それでも、35年生きてきて、付き合ってもいない男性とキスしたことはない。
恋愛下手なつばきだが、男女の仲は、真面目にしてきているし、真面目でありたいのである。
だから、あんなことは、なかったことにしたいのだ。
酔っていたとはいえ、自分の行動を許せない。
付き合っているなら、問題ない。
あんなことの後も、つばきのスマホに電話が鳴って、我に返った二人。
無言のまま、駅に行って別れたのである。
百歩譲って、青西優人が、告白してきたなら、愛ある出来事にできたかもしれない。
でも、お互い何も触れない。
30後半の男女が、触れないのは・・・。
気まづい以外ないだろう・・・。
空気読め!
と、言うことだ。
つまり、酔った勢いで、異に運んだ。
甘い蜜に、酔いしれただけ。
つまり、気の迷い。
遊び。
言い方は、いろいろだ。
青西優人の噂を、身を挺して、立証したことになる。
キスだけで、良かったのだ。
あのままだと、もっと、進んでいただろう。
電話が鳴らなかったらと思うと・・・つばきは、怖いのである。
自分にそんな感情的に行動してしまう一面があるということに。
しかも、大人な自分に。
時間も、経ったのに、今だ、青西優人とのキスが忘れられない。
夢にも、でてくるのだ。
認めたくないけど、欲求不満なんだろうか?
いやいや。
こんなことを、考えても、仕方ない。
金輪際、彼に会わなければいい。
そうすれば、大丈夫だ。
ありがたいことに、勤務時間帯が被ることがないので、難なく、避けれている。
つばきは、今日は、病院で夜勤の日。
土曜日夕方。
病院の夕焼けが好きで、屋上に来ている。
ベンチに座り、心を休めている。
こういうキレイな景色を見るのが好きである。
屋上は、あまり人が来ないので、いつも一人で、のんびりしている。
しかし、入口付近から、声がする。
男女の声だ。
何故か、隠れなくてはと思い、入口の裏側に向かう。
反対側も、景色が良い。
極力、会話を聞かないようにして、距離を取ろうとすると・・・気になる会話が飛んできた。
「青西先生、私と、今晩、過ごしてください。」
壁があるので、誰かはわからない。
女性の声だけはわかる。
相手は、青西優人ということも。
「神崎さん。今晩って・・・。一回でいいの?」
青西優人の優しい声が聞こえる。
「はい。青西先生が、望んでくれるなら、もっとでもいいいです!」
な・・・なんて・・・会話?!
つばきは、焦った。
こういう会話のところに出くわしたことはない。
しかも、チャラい男性とたしか彼氏持ちの若い看護士だ。
「へえ。オレのこと好きなの?それとも・・・遊びたいの?」
いたって優しい声の青西優人。
チャラいだけあって、余裕だ。
つばきは、何とか、立ち去りたかった。
声からして、入口からは、だいぶ離れているだろう。
そっと、でれば、バレないだろうとつばきは、思った。
「両方です!私じゃダメですか?」
甘い声で、誘う声がした。
つばきは、聞きたくなかった。
こういう会話だからではなく、青西優人がらみだから、聞きたくないのである。
でも、余裕のないつばきは、自分の気持ちには、まだ気づいていない。
そっとドアに近づいて、出ようとしたつばき。
「そんなことないよ。嬉しいよ。神崎さんみたいな、キレイな女性からの誘いは、断れ・・・。」
なんで、振り向いたんだろう!
つばきは、目撃した。
屋上から出る瞬間。
看護士の神崎が、青西優人の腕を、親し気に掴んでいて、恋人同士の距離感で見つめ合ったいるところを。
つばきは、真っ白になって、思いっきりドアを閉めて、階段を駆け下りた。
涙をこぼしながら・・・・。
読んで下さって、ありがとうございます。