椿9
近くにトイレに駆け込んだ。
ありがたいことに、誰もいなかった。
手洗い場所で、乱れた呼吸を整えるつばき。
目が・・・あった。
看護士の神崎は、背中しか見えなかったけど、青西優人は、つばきを見て、驚いていたのだ。
つばきは、乱れた髪を直そうと、鏡を見た。
荒い息を吐きながら、恋する辛さで、瞳がうるんだ女性が映っている。
からかわれて怒った顔ではない。
好きな相手が、女好き。
自分だけに、向けてくれない愛情を知って、悲しんでいる。
そんな顔だ。
いやだ・・・。
いつのまに・・・。
つばきは、更に、顔を歪めた。
認めてしまうと、自分の心が、ぎゅっと締め付けれれた。
苦しい。
苦しい。
さっき見たこと、聞いたことが、リフレインされる。
認めたくない。
嘘だと信じたい。
あれは、断っていたんだと・・・。
つばきは、都合よく解釈しようとする。
しかし、それは、「ありえない!」と、別の冷静な自分が言っている。
ぐるぐると、思いを巡らす。現実と自分に都合の良い理由に書き換えようと。
好き・・・。
でも、それだけ。
この気持ちは、消そう。
遊ばれる恋は、ごめんだ。
あっちにもこっちにも手をつけまくった男なんて、いらない!
そうよ!
忘れよう!
この気持ちは・・・もう・・・消えた。
つばきは、クールな自分を取り戻し、仕事に、戻った。
◇◇◇◇◇◇
深夜2時過ぎ。
急変したと連絡があったが妊婦が、無事、出産した。
元気な赤ちゃん。
女の子である。
つばきは、生命が生まれる瞬間の神秘に、いつも感動する。
生命の尊さを!
なんとも言えない感動があるのだ。
うまく説明したいが、うまくできない。
体感した人でないとわからないなんともいえない感動なのだ。
つばきは、白衣を羽織り、医師の控室に、向かう。
夜の病棟は、静まり返っている。
普段だと、少し怖く思えるが、つばきは、生命の誕生に、立ち会ったばかりで、興奮していた。
誰もいない病室から、手がでてきたことには、気づかなかった。
暗いその手は、つばきの腕を掴みとり、容赦なく、誰もいない病室に連れ込んだ。
真っ暗な病室。
つばきは、悲鳴を上げようとするが、きれいな手で、ふさがれる。
同時に、聞き覚えのある声がする。
「つばき、うちやで。青西優人。かんにん。声出さんといてくれる?」
つばきは、何故、彼がいるのか理解できない。そして、この状況も理解できない。ただ、うなずくことしかできない。
暗闇に目が慣れてないせいで、自分の状況がよく理解できていない。
ただ、青西優人が、つばきの腕と口を拘束していて、とても近い距離にいるということだ。
さっきの気持ちは消えたとはいえ、この密着度は、心臓に悪い。
「かんにんな。驚いた?さっき、すぐ追いかけたんやけど、みつからのうっって・・・。そのあと、妊婦急変して、付きっ切りだって、聞いたさかい、待っとったんや。」
口にふさがれた手を、はずしながら、青西優人は、説明する。
「・・・神崎さんとのデートのあとでですか?」
つばきは、自分でも驚くほど、きつい声で聞いた。
本当は、こんなこと、言うはずではなかったのだが、考える前に、でてしまったのだ。
暗闇で、はっきりわからないが、青西優人は、驚いているようだった。
ニヤッと笑い、つばきの腕を掴んでいる手に、少し力が入る。
「気になる?つばきが、いるのに、行く訳あらへんやろ?・・・うぬぼれてええかいな?嫉妬してくれてんって?」
つばきの耳元で、甘い声が聞こえた。
消えた想いが・・・いや、消せてない想いが、うずくのを感じた。
でも、危険信号の恋!
捕らわれては、いけない。
焦っては、いけない。
始める気のない恋。
ここで、今・・・再度、消すのよ。
つばきは、深呼吸して、暗闇を、睨んだ。
「悪いけど、青西先生と付き合う気はないです。」
強く、これ以上、口説いてほしくないと拒絶した。
掴まれていた、きれいな手が離れた。
どことなく悲しい声で、聞かれた。
「ほんまに?キス・・・したよなあ?さっきも、泣いとったよなあ?勘違いって・・・こと?」
「私、青西先生みたいな、あっちこっちで、遊びの恋する人・・・キライ・・・だから。」
「噂・・・信じてんねん?」
「当たり前じゃん!神崎さんにも、私にも・・・一時的な遊びのつもりで、接してる・・・。」
少し泣きそうな声になるのを堪えながら、つばきは、言う。
自然と、三河弁がでてしまう。
「本気やで。信じてや・・・。いや、チャンスをくれ。一ヶ月、うちの人となりを・・・本気ぃ知ってもらう。」
目が慣れてきた。
言葉と同時に、真剣な瞳を向けられる。
それだけで、信じてしまいそうな・・・・そんな瞳だ。
ダメだ・・・。
弱い。
惚れた弱みってやつだ・・・。
でも、あと少しだ・・・。
今、ここで、はっきり断るんだ。
「か・・・仮に、本気だって、わかったとしても、青西先生と付き合う訳ではない・・・です。」
そうそう!
突き放すのだ!
プレイボーイは、口がうまい。
一ヶ月、他の女性を我慢しても、そのあと、またやるに決まっている。
すでに、築かれた性分が、そうそう変わる訳ではない・・・。
今、逃げないと、深みにおちてしまう・・・。
「付き合わんでええで。かわりに、うちと結婚してくれ。」
青西優人の声が、暗い病室の中で、響いた。
つばきの思考回路がショートする音が聞こえてきそうだ。
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