5話 厄介事2
ヒーローとは何か。
人を助けることが出来ればヒーローなのだろうか
ならば自衛隊員はヒーローなのだろうか?
悪を倒せばヒーローなのだろうか?
殺人犯や強盗犯を捕まえる警察官はヒーローなのだろうか?
きっと答えは万人にあり、どれもが正解でどれもが間違いなのだろう。
ヒーローとは正義の体現者であり、正義とは万人にあるものだから。
自宅に戻り買ってきた牛乳を冷蔵庫に入れコーヒーを戸棚の中に入れておき、そのまま自分の部屋に戻り明日の考えをまとめる。
東の頭が変わった。ある程度予想は出来ていたが、同田の話を聞く限り面倒事以外の何物でもなかった。
この地域には東西南北に一つずつ高校がある。
一般生徒を生徒会長が、不良を頭が統率し、揉め事の解決に努めてきた。
生徒会長は全校生徒の投票で選ばれる。つまり人望を集めることが出来る人間が生徒会長になる。これは何の問題もない。
問題は不良たちの頭の方だ。頭になる方法はある意味とても簡単で力づくで今いる頭を引き摺り降ろせばいいだけだ。
不良たちの人望を集めるのは何より腕っ節の強さにある。それこそ彼らの物差しであり、絶対条件である。
部屋に入りベッドに横になる。
東の頭は決して弱いわけじゃない。腕っ節だけで言えば同田と同じくらいだったと記憶している。それが右足に左腕、肋骨の骨折、尚且つ相手の情報は不鮮明。
「殴り合いなら東は決して弱くない。仮に囲まれたとしても3~4人くらい差があっても簡単に覆すだけの地力はあるはずだ……」
考えれば考えるほど泥沼にはまっていく感覚に襲われる。無抵抗にするにはどうすればいいか? 人質を作る。人数で圧倒する。抵抗できない状況を作る。
「まさかな……念のために同田に頼んでおくか」
ベッドから起き上がり携帯を鳴らす。3コール目で同田は電話に出た。
「お疲れさまです。どうかしやしたか?」
あくまで予想だ。と念を押して予想した考えを話す。
「なるほど……確かに米倉さんの考えは理解できやす。ですがその勘定に米倉さん自身が入っていないように思えるんですが」
「何で俺を勘定に入れる必要があるんだ? まぁすまんが頼む。予想が当たってたら俺一人じゃどうしようもない。そういうことで頼むわ」
携帯を切り再びベッドに横になる。
少なくともこれで最悪の事態は回避できるはずだ。
「面倒事は勘弁してほしいが……せめて俺の手の届く範囲は……」
眠気がやってくる。明日の事を考えなければと思いつつも心地よいそれに身を任せてそのまま寝入ってしまった。
………
……
…
夢を見た。
小さい頃道に迷った女の子を連れて商店街を歩き回った時のことだ。
あれは何歳くらいのことだったろうか。それすらも覚えてない小さな頃だった気がする。 爺さんから貰ったコロッケを半分に分け一緒に食べた。婆さんからお茶を貰い熱い熱いと言いながらもお茶を飲み夕暮れになるまで一緒に遊んだ。
気づけば引いていた小さな手は遠くに行っており、手を伸ばしても届かなかった。
泣いた。と思う。なぜ泣いたかまでは分からなかったが、あの時大泣きしたことは鮮明に覚えていた。
あの子はそれ以来出会っていない。どこの誰かとも分からず遊んだあの子は今どこにいるだろうか。
「最近夢をよく見るな……」
雀のさえずりで目が覚めた。携帯を見ると5時30分。いつもより1時間早く目が覚めてしまった。すでにどんな夢だったかさえも覚えていないが、無性にむしゃくしゃする夢だった気がする。
「顔……洗うか……」
身支度を整え下に降りる。すでに爺さん婆さんは忙しなく働いており、仕込みを手伝いながらメシの支度を済ます。珍しく昨日の売れ残りにコロッケとカツが余っていたため、食パンに挟んで昼の弁当とした。
ちなみに朝食は出汁巻き卵に味噌汁に米。我が家でパンが出ることはほぼない。
爺さん曰く、こんなパサついた物で力が出るか! だそうだ。
通学時間までまだ時間に余裕はある。暇潰しにテレビをつけると同年代の連中がヤンチャをして付近に迷惑をかけているシーンが映し出される。ちょうどVTRが終わったところなのかコメンテーターが若い世代についてどうのこうのと語っていた。
「俺らのわけぇ頃も似たような事でテレビが特集組んだりしたもんよ」
ボーっとテレビを見ていたら仕込みを終えた爺さんがキセルを吹かしながら椅子にどすりと座り箸を手に取る。
「ああいう連中は何したらいいかわからねぇんだろうな。ある意味ありゃ悲鳴みたいなもんだ」
この手のテレビで特集が組まれると爺さんは饒舌になる。メシをかっ込みつつも喋りは続く。
「誰かに認めてほしい。誰かに見てもらいたい。誰か助けてくれ。ってな。そういうサインの出し方もわからねぇからああやって暴れて人の気を惹きたがる。今風にいやぁかまってちゃんってやつだな。ま、ケツの青い連中のかかる麻疹みたいなもんだ」。
「あらあら。あんたまた啓二に自分の理想論押し付けて……近頃の若いもんは~なんて言われると嫌われるわよ」
「へっ。うちの啓二をあんな青臭いガキ共と同じにすんじゃねぇよ。こいつは俺らの孫だからな。ちゃんと理解してるさ」
実の親より付き合いの長い祖父母だが未だに理解できない部分も多い。特に俺らの孫だから~なんて親バカならぬ孫バカの言う言葉な気がしてならない。
まぁ、そんなことを言ったら恐ろしい鉄拳制裁が待っているので何も言わないが。
祖父母の話を頷き程度でスルーしつつ朝食を食べる。自画自賛だが我ながら良い出来の出汁巻き卵を作ったと思う。
「そういや今日ちょっと用事出来たから店手伝えないんだわ」
爺さんの目が光った。厄介事かと視線だけで伝わる。
視線を合わせ、じっと見る。やましいことは何一つとしてない。10秒くらい経った所で爺さんは、そうか。とだけ呟いて食事に戻っていった。
「そういうわけで学校行ってくるわ。あぁ、来ないと思うけど、俺に客が来ても通さないでくれよ?」
あいよ。と声だけが聞こえたのを確認して裏口から外に出た。
時刻は7時30分。高校から歩いて30分もかからない立地のためゆっくりと歩いていく。
「さて、爺さんは何か感づいてたみたいだけど、とりあえず学校行くか。本格的に動くのは昼からだな……」
ぼそりと呟き高校へ足を向けた。