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麗華の章 その七

 麗華の章 その七


 今日から、山野くんは本格的に練習を開始する。

 私は、山野くんが準備運動を開始したのと見届けてから、教室前のロッカーに向かった。

 こんなこともあろうかと、私は着替えとラケットを学校においていたのだ。

 私は、校舎に行きロッカーから、着替えとラケットを取り出し、着替えるために女子トイレに向かった。

 着替え終わり、女子トイレから出ると神崎くんが待ち構えていた。

 私が、そのまま行こうとすると、神崎くんは追いすがってくる。


「麗華さん、ちょっと!」


「何かしら? 私、急いでいるのだけれど」


 神崎くんは、私を上から下まで舐めまわすように見る。

 私の背筋に、悪寒が走る。

 このところ、神崎くんの態度は特にひどい。

 夏期講習が終わる時は、待ち伏せしているし、この間は家の前をうろうろしていた。立派なストーカーだ。


「麗華さんは、山野に何か弱みでも握られているんですか? 例のことをばらすとでも、脅されているですか?」


 私は、ため息をつき、神崎くんとは目を合わせず、できる限り冷たい口調になる。


「神崎くん、私のことはほおっておいてもらえないか? 私は君と関わりたくない。私をつけ回すような真似は止めて欲しい」


 神崎くんは、私にさらに近付く。私が顔を背けると、洗い鼻息で尚も迫る。


「ちょっと、近いわ。離れてくれない?」


「麗華さん、僕はあなたを愛してるんだ! 若林は振ったのでしょう? 僕と付き合うために振ったのでしょう? だったら、もう迷うことはないはずだ!」


 私は構わず、廊下を歩く。神崎くんは、私の横についてくる。


「ついてこないで! 不愉快だわ!」


「麗華さん! 僕の何がいけないんですか? なぜ、僕を選んでくれないんですか?」


 私は、神崎くんを横目で睨む。だんだんと怒りがこみ上げてくる。


「あなたが嫌いだからに決まってるでしょう! ついてこないでって言ってるの!」


 神崎くんは、涙声になりながら、なおをしつこく食い下がる。

 なんなのこの人は。


「ま、まさか、山野が好きってことはないですよね? あんな奴が好きってことはないですよね? ねえ? そうですよね?」


 私は立ち止まり、神崎くんの方を見た。

 神崎くんはふるふると唇を震わせながら、私を見る。


「好きよ。少なくともあなたの100倍も1000倍もね! どう? これで満足した? わかったのなら、私の前から消えて!」


「麗華さん!! 何を言ってるんだ?! 自分が何を言ってるかわかってるのか?! あんなカスを好きだなんてそんなこと言っちゃいけない!

 君は僕と付き合わないといけないんだ!」


 怒鳴り合う私たちを、通りがった運動部員が、怪訝な顔をして通りすぎる。

 でも、いまは体裁なんて繕っていられない。


「あなたなんかと、比べたら山野くんに失礼だわ! 彼は、あなたと違って強い人なの! 人を見下すような真似しかできないあなたとは違うのよ!

 人の表面しか見れないあなたは、かわいそうな人だわ! 私に言い寄ってきているのだって、私の顔が好みだってだけでしょう?

 あなたは、私の何を知っているの? 何を知っているというの?!」


 うううっとうめき声を上げたかと思うと、神崎くんは、私の手を掴んできた。

 私は振りほどこうと抵抗するが、両手を持たれ壁に押し付けられてしまう。


「止めて! 人を呼ぶわよ!」


「麗華さん! 恥ずかしがることはない! 素直になるんだ!」


 神崎くんが首筋にキスをしてくる。

 いや! 気持ち悪い!

 私が振りほどこうと、必死にもがいていると、神崎くんが不意に離れた。

 私が両手で体をかばい、屈みながら見ると、神崎くんが尻もちをついていて、後に吉村くんが立っていた。


「な、なんだお前は! いきなり何するんだ!」

 

 吉村くんは、無言で神崎くんの耳を引っ張った。


「いててて! 放せ!」


 吉村くんは、神崎くんを私から引き離すと、私と吉村くんの間に立った。


「お前、何してんだよ? 校舎で女の子襲って、頭おかしいのか?」


「何言ってるんだ! 僕と麗華さんは、愛し合ってるんだ! 邪魔するな!」


 掴みかかった神崎くんを吉村くんが蹴り飛ばした。

 ひいっ! と悲鳴を上げて転んだ神崎くんを、さらに数発吉村くんが蹴る。


「これ以上やんなら、先生とこいって、大ごとにするぜ? お前、卒業前に退学にでもなりたいのかよ?

 勉強のしすぎで頭おかしくなったんじゃないのか? ええ? どうなんだよ!!」


 神崎くんは、吉村くんに一喝されると、走り去っていった。

 私は、彼が立ち去って初めて、震えがきた。

 もし、吉村くんが通りかかっていなかったら、もっとひどいことをされたに違いない。


「生徒会長、大丈夫か?」


「え、ええ。ありがとう」


「しかし、あいつ何なんだろうな? 学校で襲いかかるなんて、気が触れてるとしか思えねえぜ」


 私は、足がすくんで屈みこんでしまった。


「おいおい、大丈夫か? 職員室いくか? ついてくぜ?」


「い、いえ。大丈夫。私、テニスコートに行かないと。山野くんが待ってるから」


「へ? ヒデも来てんの?」


「このことは、山野くんには言わないでもらえる? 心配かけたくないから」


 吉村くんは、あごに手をやり、ふーんと言ってから、私の手を引いて、立たせてくれ、まだ神崎くんがいるかもしれないと、テニスコートが見えるところまで、ついてきてくれた。

 テニスコートの方には、神崎くんはおらず、私は吉村くんにお礼を言って、

山野くんの方へと駆け寄った。


「お待たせー。ごめんね。ちょっと捕まってて。さ、練習手伝うわよー」


 Tシャツとスパッツに着替え、ラケットを持った私を見て、山野くんは少し驚いた顔をする。


「白鳥さん、練習を手伝うって、勉強は?」


「やるわよ。帰ってから」


「え? 悪いよー。受験生なんだし、勉強しててよ」


「あー、そういうこと言うんだ。そんなこと言うなら、山野くんが私をいやらしい目で見てたって、みんなに言っちゃおうっと」


「わかった。わかったから、止めてよ! でも、白鳥さんテニス上手いの?」


 それきた。私は、テニスボールを取ると、サーブを打った。

 久しぶりで入るか心配だったけれど、我ながらいい球が打てた。

 私は、胸を張って山野くんを見た。


「お分かりかしら? さあ、バンバン球出しするわよ! さあ、ラケットを持って、コートに入りなさい!」


 山野くんと私が練習を開始しようとしていると、女子部員が走ってきた。


「部外者が入ってきてるように、見えるんですけどー」


 部外者? 何よこの子やたら、挑発的な態度ね。

 私は、女子部員の方へと威圧的に近付いた。


「部外者とは、ご挨拶ね。私は、生徒会長よ。部活動の様子を見にきて、何が悪いのかしら?」


「ふん。何言ってんのか意味がわかりませんねー。ここは、テニスコートです。テニス部員以外の方は、許可なく入ってもらいたくないわね」


 むっ。やるっていうの? それにこの子の山野くんを見る目、恋する乙女の目だわ。ここで負けてなるものですか!


「許可なら、井上先生にもらってるわ。自由にコートを使っていいって、井上先生がおっしゃったのを聞いてなかったのかしら」


「それは、山野先輩に対してでしょ? あなたに言ったわけじゃないわ!」


「私は、山野くんの練習を手伝うために来てるのよ? それとも何かしら、あなたは山野くんの練習を邪魔したいわけ?」


「きーっ! ああいえば、こういう! 私なんて、山野先輩にクッキー焼いてきたんだから! 山野先輩だって、若い子の方がいいに決まってるわ!

 私のことは、ゆいって呼んでくれてるんだからね」


 なんですって? 山野くんはこの子を下の名前で呼んでいるの?

 私は、苗字でさん付けで呼ぶくせに!


「いや、言ってないよ。僕はそんなこと。会うのだって、今日が初めてなんだから」


 そうだよね。そんなわけないわよね。山野くんと一番仲いいのは私なんだもんね。


「ほら、ご覧なさい。山野くんがああ言ってるわ。変なクッキーなんて山野くんにたべさせないで頂戴。お腹壊したらどうするつもりなの?」


 女子部員が、山野くんの首に手を回して、顔をくっつける。

 きーー! なんてことするのこの子は! 恥を知りなさい! 恥を!


「ふーんだ。そんなことないようだっ! 先輩、あーんして。あーん」


 私は、女子部員の手を山野くんから引き離した。


「止めなさいよ! 山野くんが嫌がってるでしょ?」


「やー、怖いー。年増の嫉妬はみっともなーい」


「な、なんですって?! なんて嫌味な子なの?」


「へーんだ。悔しかったら、あなたも先輩にクッキー焼いてきたらいいじゃないの。どうせ勉強ばっかで、料理なんてしたことないんでしょうけど」


「それぐらい私でも出来るわよ! いいわよ。クッキーでもケーキでも焼いてきてやろうじゃないの!」


「じゃあ、1週間後、山野先輩にどっちが美味しいか、判定してもらうっていうのはどう?」


「望むところよ! あとで、謝っても遅いんだからね!」


「ふん。どっちが謝ることになるんでしょうね? じゃ、先輩このクッキー後で食べてくださいね。わたし練習にもどりますから」


 言いたいことだけ言って、去っていた女子部員に対する怒りがふつふつと沸き、ぶつける対象がなくなった怒りが、私の中でぐらぐらと煮えたぎる。

 私の視線の端に、山野くんの手が女子部員がもってきた包に触れているのが見えた。


「や~ま~の~く~ん! まさか、それ食べる気じゃないでしょうね!!」


「いや、違うよ。これは、石飛にやるってさっき、約束したんだ。なあ、石飛、約束したよなあ」


 石飛くんは、うんうんと頷く。

 なんだ。そう言ってくれないと。誤解しちゃったじゃないの。

 私はほっと胸を撫で下ろす。よし、こうしてはいられない。あの子に負けないように、今からクッキーを作る準備しないと。


「なんだ。そうだったんだ。早く言ってくれなきゃ。じゃあ、私、買い物するから今日は帰るね。また明日ね」


 私は一旦家に帰り、自転車に乗って買い物に出かけた。

 家で材料を広げていると、母が帰ってきた。


「あらあら、どうしたの?」


「クッキー作るんだ。明日、持っていくの」


「ははーん。この前来た、あの子ね? そうでしょ?」


 お母さんに、指摘されて私は思わず下を向く。

 そうだった。勢いで勝負になったけど、山野くんに食べてもらえるんだ。

 頑張ろうっと。

 お母さんに教えてもらいながら、私はクッキーを作る準備をした。


 それから、数日経った。

 山野くんは、毎日、朝から晩までトレーニングをしている。

 彼の体は、目に見えて大きくなった。腕や肩は別人のようだ。

 私も山野くんの頑張りに負けないように、勉強を頑張り時間があれば、山野くんの練習を手伝った。

 彼の頑張っている姿を見つめていると、心が温かくなる。彼を身近で見守れるこの時を私は大切にしようと思った。

 彼を想う気持ちは、日増しに大きくなっていったけれど、私は努めて好意を悟られないようにした。彼には試合に集中してもらいたかったからだ。

 

 そんなある日、夏期講習が終わり学校に向かった私に、校門のところで待っていた青柳さんが話しかけてきた。


「こんにちは。どう? 勉強の調子は」


「順調だよ。青柳さんは、どうなんだい? 陸上部は引退ってきいたけど」

「私は、元々頭よくないからねー。部活引退したっていっても、なかなか頭が切り替わらないわ。それは、そうとちょっと、お話があるんだけど、いい?」


「構わないよ」


 青柳さんに伴われて、人がおらずがらんとした食堂に入る。

 青柳さんは、ジュースを2本かって、1本をわたしの前においた。


「ありがとう。いただくわ」


 青柳さんは、いたずらっぽく笑う。


「あのさ、プールに行かない? 私とタッくんと、ヒデくんの4人で」


「え? プール?」


 プールかあ。暑いし気持ちいいだろうなあ。でも、受験生だし、遊んでいる暇は……。

 ん? 今、青柳さんは山野くんも行くと言わなかった? 言った! 言ったわ!

 自分から、誘うのは恥ずかしいけれど、みんなで行くというなら自然よ。

 私はスタイルがいいと人から言われるわ。水着姿を見せたら、山野くんが私のこと意識してくれるかも。


「ふむ。我々は受験生ではあるが、息抜きも必要だね。それに、山野くんはほっとくとすぐ無茶をするからね。強制的に、休養を取らせる必要がある」


 青柳さんは、パチンと指を鳴らしてニコリと笑う。


「じゃ、決まりね! ヒデくんには言わないでね。前に誘ったら、なんか嫌がってたし。白鳥さんは、知らないことにして、ヒデくんから誘わせるようにするわ。そうだ! いまから水着買いに行かない?」


 青柳さんは、私からの返答を待たずに立ち上がり、今にも駆け出しそうだ。

 思い立ったら、行動しないと気が済まない性質なのだろう。


「わかったわ。じゃあ、行きましょうか」


「そうこなくっちゃ! じゃ、いこいこ!」


 青柳さんに連れられて、私は地下鉄に乗り天神にむかった。


 デパートの水着売り場には、様々なデザインの水着が所狭しと並べてある。

 青柳さんは、水着を自分に当てては、私に似合うか聞いてくる。


「ねね、こっちとこっちどっちがいい? あー、でもこれもいいなあ。迷うー」

「ふふふ。そうね。どっちも可愛いわ」


 私も水色の水着を自分に当ててみる。無難なワンピースタイプの水着だ。これなら、山野くんに見せる抵抗もない。

 青柳さんが、私の肩越しに鏡を覗いてくる。


「えー。そんな大人しめのじゃ、白鳥さんの魅力が出せないじゃないの。こっちにしなよ。こっちに」


 青柳さんは、白のビキニを手に持っている。


「ビ、ビキニ? そんなの着たことないから……」


「絶対似合うよ! 白鳥さんスタイルいいから! ヒデくんもメロメロになること間違いなし!」


 私は、プールサイドで、山野くんと一緒にいるところを想像する。

 私は、少し恥ずかしがりながらも、上にきていたTシャツを脱ぐ。

 ビキニになった私に山野くんは微笑む。


「水着似合ってるよ」


 そう言って、山野くんは私を抱き寄せ、キスをする。

 きゃー。すごい! そうなったら、どうしよう?!


「ちょっと、白鳥さん? 聞いてるの?」


 青柳さんが妄想の中にいた私を引き戻した。

 危ない危ない。妄想をしていた私は、きっと間抜けな顔をしてしまっていたに違いない。


「ああ、うん。ちゃんと聞いているよ。この水着は、少し露出が多すぎないかな?」


「そんなことないよー。絶対似合うって。試着してみて!」


「試着? 水着の試着というのは、どうも抵抗感が……」


「いいから、いいから!」


 青柳さんに試着室に押し込まれ、私は仕方なく服を脱ぐ。

 水着を着け、鏡の前で少しポーズを取ってみる。

 髪を左手で上げ、右手を胸の下に持って行ってみると、外から青柳さんが聞いてきた。


「どう? もう開けていい?」


 私は、びっくりして直立不動のポーズになる。


「う、うん」


 試着室を覗き込んできた、青柳さんが鏡を見る。


「きれーい! スタイル良すぎ! 何なの? 同じ女なのに、この差は! 不公平だわー」


 大袈裟に、褒めてくれる青柳さんに、私は苦笑いする。


「ふふふ。そんなことないよ。青柳さんと変わりないさ」


 青柳さんは、試着室まで入ってきて私の肩に手をかける。


「あ~、それってイヤミ~?」


「違うよ。思ったことをいったまでさ」


 青柳さんが、私のウエストに触れる。私は、驚いてびくんと体を震わせる。


「ちょ、ちょっと、青柳さん!」


「素敵ねー。ウエストこんなに細くて。肌もすべすべ」


 私は、恥ずかしくて顔を真っ赤にしてしまう。


「や、止めて。恥ずかしいよ」


「女同士じゃないの? 恥ずかしがることないよ~。でも、白鳥さんがモテるのわかるなー。女の私でも、惚れ惚れするもん。相手選び放題でしょ?」


「そんなことないよ。いいことなんて一つもない。本当に好きになって欲しい人には振り向いてもらえないわ」


 青柳さんは、少し驚いた顔をする。


「白鳥さん、好きな人いるの?」


「え、いや、い、いないわよ。例えばの話よ。例えば」


「ふーん。怪しいなあ」


「さっ、外に出て。私、服を着るわ」


 青柳さんに、山野くんが好きって分かってしまっただろうか?

 私は、少し不安になりながら、服を着た。


「私、これに決めたよ。白鳥さんは?」


 ピンクのワンピースを見せてくる。彼女のキャラクターに合っている明るい色だ。


「私は、これにするわ」


「うふふ。楽しみだね。2、3日のうちに、ヒデくんから誘わせるようにするから、待っててね!」


「楽しみにしているよ」


 私たちは、水着を買い、学校へと戻った。

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