↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
15/19

秀夫の章 その八

 秀夫の章 その八

 

 筋肉痛がひどい僕は、歯を磨きつつ、いてててと声を漏らす。

 テーブルに着くと、母さんが渋い顔で、僕を見る。


「ちょっと、秀夫。無茶しすぎじゃないの? 怪我したら元も子もないわよ」


「うん。休養日もちゃんと作るつもりだからさ。しばらくは、やりたいようにやらせてよ」


 母さんは、言っても無駄と思ったらしく不満そうな顔をして、味噌汁を飲む。

 僕が、朝食を食べ終わった頃、インターホンが鳴った。

 しまった。僕がインターホンに出ようとしている間に、何かを察知していた母さんが、ドアを開ける。


「まあ! 麗華ちゃんじゃないのー! 会いたかったのよー。ほらほら、何してんの! 上がって上がって!」


「お、お邪魔します」


 母さんの勢いに押されて、白鳥さんがおずおずと入ってきた。


「おはよう」


「おはよう。ごめんね母さん、強引で」


 母さんは、冷蔵庫を開けるとロールケーキを出してくる。

 いつの間に、買ってたんだ? 昨日、僕が冷蔵庫を開けた時は、なかったのに。


「ここのケーキ美味しいのよ~。川沿いのケーキ屋さん。知ってる麗華ちゃん」


 白鳥さんは、少し困った顔をしながらも、ケーキを口に運ぶ。

 今日は、Tシャツにジーパンとラフな格好だ。ほのかに、石鹸の香がしてくる。

 朝から、こんな風に会えるなんて、僕は幸せだなあ。

 母さんは、言いたいことだけ言うと、バタバタと家を出て行く。


「じゃ、母さん、もう出るわね。麗華ちゃ~ん。またゆっくりと遊びにきてねー」


 白鳥さんは、がちゃんと閉められた玄関を見て、苦笑している。


「愉快なお母さんね」


「騒がしくてごめんね。まったく強引でさあ」


「ううん。私、おばさまのこと好きよ。なんだか人の良さが伝わってくるもの」


 白鳥さんは、やさしく微笑んでくれる。君の笑顔も、君の優しさが伝わってくるよ。


「まったくさあ。ケーキ出すならもっといいの出せばいいのに。ロールケーキってなんだかさあ」


「なんで、美味しいよ。食べてみる?」


 白鳥さんは、ケーキをフォークに刺し、僕の方へと向ける。


「はい、あーん」


 夢みたいだ。白鳥さんにあーんしてもらえるんなんて!

 僕はパクリとケーキに食いつく。待てよ。これって間接キスじゃないのか?!

 僕はケーキに少しでも白鳥さんを感じようと、ケーキが溶けてなくなるまで、何度も噛む。

 でも、ケーキの味しかしなかった。


「美味しいでしょ? ここのケーキ美味しくて、私もたまに買うんだ」


「へー。そうなんだー」


 白鳥さんは、首を少し傾げる。くー。朝からなんて顔してるんですか。あなたは。僕を悶え殺す気ですか。


「あー、ケーキなんて興味ないって顔してる~。甘いものを馬鹿にしてるでしょ?」


「そんなことないよ。僕も甘いもの好きだし」


「本当に~? 怪しいなあ」


 僕は手をふるふると振って、弁解する。


「本当だって! 甘いものに目がないんだから。昨日だって、飯食ったあとにコンビニに甘いもの買いにいったぐらいなんだから」


「ふーん。そうなんだー。じゃあさ、クッキーとか好きなのかな?」


 白鳥さんは、下を向いてもじもじとしている。うん? これは、どういうことだろう?


「クッキー? まあ、好きといったら好きだね」


「そっか。今日ね、私、頑張って、クッキー焼いてきたんだ。楽しみにしててね」


 そうだ! 忘れてたよ! 今日は白鳥さんのクッキーを食べれるんだよ!

 うはー! やったよ! これは、楽しみだ!


「あ、そろそろ出ないと行けないんじゃない?」


 僕たちは、学校へ向かった。


 校門前で、白鳥さんと別れ、僕は部室に向かった。

 競技用の車椅子に、部室前で乗り換えていると、神崎がやってきた。


「お、今日は一人じゃないか。やっと、白鳥さんに迷惑かけてる自覚が出てきたのかい?」


 僕は顔を背け、聞こえない振りをする。練習前に、こいつなんかと会話したらテンションが下がってしまう。


「ま、身分をわきまえる方がいいよ。白鳥さんと君では住む世界が違うからね。彼女には、僕みたいな男がふさわしいと思うんだよ。

 まあ、若林と僕のどちらかを選ぶかで、彼女も迷ってた時期があったみたいだけどね。どうやら僕の方に決めたみたいなんだよね」


 神崎の言葉にイライラさせられた僕は、思わず睨んでしまう。

 くそー。なんで僕は無視できないんだ。精神がやわすぎる。

 神崎の口撃を背に受けながら、僕は端のコートへと向かう。

 まずは、動きの復習からやることにしよう。

 僕はサービスライン中央から、エンドラインの右端、左端をネットの方を見ながら進み、バックターンを行う。

 車椅子で、前をみてターンしていると、車椅子は、だんだんと前に進んでしまう。

 この目線を切っての、バックターンが動きの肝になってくる。

 僕は、身体に覚え込ませるため、繰り返し繰り返し、同じ動作を繰り返す。

 汗まみれになり、腕もかなり張ってきた頃、石飛と松野さんが現れた。


「おはようございます! 山野先輩。今日は、あの女一緒じゃないんですね。ということは、敵前逃亡か。きししししし」


 松野さんは、すごく嬉しがる。石飛は、そんな松野さんをしょぼくれた顔で見ている。


「松野さん、石飛、おはよう。今日もよろしく頼むよ。白鳥さんは、夏期講習に行ったよ。夕方くるっていってた」


 松野さんの目が釣り上がる。うわー。怒ってるよ。こえー。


「きー! あの女! ちょっと綺麗と思って、調子にのって! いいわ! 目にものみせてあげる! こてんぱんにやっつけてやるわ!」


 松野さんが急に笑顔になり、僕の手に触れてくる。うわっ。すごく柔らかい手だ。僕は顔を赤らめてしまう。


「それは、そうと先輩~。松野さんなんて、他人行儀な呼び方しないで。ゆいって呼んで。ねー。お願いしますー」


「い、いや、そんな女の子を下の名前でよぶなんて……」


「なんでー? 陸上部の青柳先輩を下の名前で呼んでるじゃないですかー? ねー、お願いしますー」


 松野さんは、僕の腕に胸を押し付けてくる。うわっ。すごく柔らかい。石飛がものすごい目で僕を睨んでる。

 うーん。やばいぞ。なんとか切り抜けないと。


「わ、わかったよ。呼ぶから離れて」


「本当ですか?! じゃあ、呼んでみて!」


「えっと。ゆ、ゆいちゃん?!」


 ゆいちゃんは、少し不満気な顔をしたが、すぐに笑顔になった。


「いいです。それで妥協します! あの女に勝ったことですし! じゃ、私女子の方へ行きますね!」


 パタパタと走っていく、ゆいちゃんの後姿を石飛は、寂しそうに見つめている。

 あー、なんかコイツの気持ちわかるなあ。僕も同じようなものだもの。

 僕は石飛の背中をパンと叩いた。石飛は驚いて、僕を見る。


「石飛! お前好きなんだろ? 松野さんのこと好きなんだろ?」


「あ、ああ……」


「だったらさ、そんな顔すんなよ。お前、好きだって言ったのか? 自分の気持ちを伝えたのか?」


「い、いや、まだ……。だって、俺なんて眼中にねえし……」


「だから、しょぼくれた顔すんなって! 言わないうちから諦めてどうするよ?

 お前の気持ちを正直に伝えてみろ!

 ダメって言われてから、諦めろ! やりもしないうちから、負けって決めんな! それが、男だろ!」


 僕は、石飛に言っているようで、実は自分に言い聞かせている。

 白鳥さんに告白する勇気がないくせに、石飛には偉そうなことを言っている。


「そっか。そうだよな! よーし、俺やるぜ! 告白するぜ! ちきしょう! 山野はいいやつだな!」


「ははは。元気出たみたいだな。今日もよろしく頼むよ」


「おお! 今日は、昨日よりキツいのをみっちりやってやるよ!」


 あらま。こりゃ焚きつけすぎたか。今日は、昨日にもまして、疲れてしまいそうだ。

 ハンドバイクで来たけど、無事に家まで辿り着けるだろうか。


 夕方になった。石飛は、宣言通りにきついメニューを組んでくれていて、僕の腕はパンパンに張っている。

 僕は、水筒に入れてきていたプロテインをまずいと思いながら、流し込む。

 そんな僕をみて、石飛が言う。


「何飲んでんだ? えらくまずそうだけどよ」


「ああ、プロテインさ。この変な匂いが、ダメでさあ」


 石飛に水筒を渡すと、石飛は匂いをかぐ。


「あー、これ味ついてないやつだろ? ストロベリーとか、ココアにしてみろよ。だいぶマシだから」


「へー。そうなんだ。今度、そっち買ってみるよ」


「でも、あんたさ」


「うん?」


「ガッツあるな。すげーぜ」


 石飛に褒められるなんて。僕は驚いて、目をパチクリさせてしまう。


「もどしながらも、練習やめない奴なんて、俺、初めてみたよ。今日も、俺が練習してる間は、1年に球出ししてもらってたろう?

 あんた、テニス部で間違いなく、一番球を打ってるぜ。すげえガッツだ。俺も見習いてえよ」


「そっかー? 僕は1年間サボってた分があるからさ。その分、いっぱい練習しないと」


 石飛が笑顔になる。


「違いねえ。さ、腕だしなよ。マッサージしてやるよ」


「うん。悪いな」


 石飛にマッサージしてもらう。やはり、肘に痛みがある。腰が効かない分、僕は腕に負担をかけてしまう。

 ラケットの操作、車椅子の操作。どちらも腕だけに頼っている。これが背筋や腹筋、腰の筋力が使えてれば、

 もっと負担は軽くできるだろうが。不全といっても、左の背筋が少しと左足が少し動くぐらいの僕では、どうにもならない。

 僕が顔をしかめていると、石飛が心配そうに言う。


「でもよ。オーバーワークには、気をつけなよ。今日も止めないと、ずっとやってる感じだったぜ。適度に休憩とんないとさ」


「うん。それはわかってるつもりなんだけど、どうしても焦っちゃってさ。あと3ヶ月しかないって思っちゃうとね。だから、その塩梅は、石飛に頼むよ」


「わかったよ。任せな」


 そのまま、マッサージを受けていると白鳥さんが、現れた。僕に小さく手を振ってくれる。


「いいなあ。山野は、あんな綺麗な彼女がいてよ。俺も、ゆいと付き合いてえ」


「いや、彼女じゃないよ。大切な友達さ」


 白鳥さんは、ベンチまできて、座った。


「もう、練習終わったの?」


「うん。いま、終わったとこ」


「うわー、今日も汗だくねえ。大丈夫? ハンドバイクで帰れる?」


「大丈夫だよ。それぐらいの余力残してるって」


 石飛が驚いた顔をする。


「おいおい。もしかして、あの妙な自転車で帰るつもりかよ? かあ、この上まだ鍛えようとしてるんだ。あんた、やっぱすげえわ」


 僕たちが、笑い声をあげていると、神崎がやってきた。

 一気に、場の空気がさがる。どんな嫌味を言いにきたっていうんだ。


「白鳥さん、今日もお美しい。今日も、かわいそうな山野をいたわりに? いやー、あなたはなんて優しいんだ」


 白鳥さんが、嫌そうな顔をしてそっぽを向く。

 まったく、嫌われてるのがなんでわからないんだ。頭にくる。


「神崎よ。かわいそうとは、えらい言い方だな。お前何様だよ?」


 刺のある言い方を、したつもりだけれど、神崎は勝ち誇ったような顔で僕を見る。


「そんなになってまで、テニスしようとしてるお前を見て、どこをどうみたら、かわいそうじゃないんだよ? コートの隅でちょろちょろされると、目障りなんだよねー」


 くそー。この野郎。言わせておけば、調子に乗りやがって!

 僕が言い返そうとするより、早く石飛が立ち上がり、神崎の服を掴む。


「い、石飛! お前は関係ないだろ? それとも何か? キャプテンの僕に暴力を振るうっていうのか? いいぞ! 殴れよ! お前なんか、パパに頼んで退学にしてやるからな!」


 石飛は、ふんと鼻を鳴らす。


「へっ。お前なんか殴る価値もねえよ。やだねー。しつこい男は嫌われるぜ。生徒会長に嫌われてるのが、わかんねえのかな?

 生徒会長、言ってやれよ。このきのこ頭にさ」


 石飛に話を振られた白鳥さんは、にやりと意地悪い顔をする。


「そうね。消えてくださらない。目障りだから」


「そ、そんなー。麗華さーん」


「だとよ。ほら、消えろよ」


 石飛は、神崎をコートの外に押し出し戻ってきた。


「ったくよう。あんなのキャプテンって言うんだから、嫌になるぜ」


「まったくだな。でも、あいつの顔傑作だった」


 僕たちは、声を上げて笑った。

 しばらくすると、ゆいちゃんが駆けてきた。

 手には、包紙を持っている。

 ゆいちゃんを見つけた白鳥さんの目が釣り上がる。

 怒りのオーラが、全身から溢れ出ている。


「山野せんぱーい! もうね、先生の話が長くって。さっさと終わればいいのに」


 ゆいちゃんは、白鳥さんを横目で見る。


「あら? 逃げずにちゃんとやってきたんだ。へー」


「逃げる? 誰にものを言っているのかしら。敗北感にまみれた貴方が、どういう言葉を告げるのか、いまから楽しみだわ」


「なにおー! 私が負けるわけないでしょ!」


 二人の間から、火花が見える。こ、怖い。

 石飛が二人の間に割って入る。


「公平を保つために、こうしねえ? 山野は、目を瞑って、どちらのクッキーかわからないようにして1枚ずつ食べる。

 俺も、二人のクッキーに細工されてないか確認するために、1枚ずつたべる」


 白鳥さんは、小さく頷き同意する。

 ゆいちゃんは、不満そうな顔をする。


「なんで、あんたも食べるわけ? 山野先輩のために焼いてきたのに」


 石飛は理由をつけて、ゆいちゃんのクッキーが食べたいんだな。かわいいやつだ。


「ゆいちゃん、いいじゃないか。石飛は、第三者の立場でいてもらうよ」


 ゆいちゃんが、僕の首に抱きつく。


「きゃいーん。先輩がそう言うなら、従いますー」


 うおっ。白鳥さんが、般若の形相で僕を睨んでいる。

 やばいぞ。フォローしないと。


「し、白鳥さん?」


「随分、仲がよろしいようね。私、お邪魔かしら?」


「そうそう。年増は、お呼びじゃないって」


 白鳥さんに、絡もうとするゆいちゃんを僕はなだめて、手を離させる。


「白鳥さん、違うんだよ。まあ、落ち着いて」


「私は、いつも落ち着いてるわ。冷静に見たままを言っているだけよ」


 こりゃ、完全に怒ってるよ。まいったなあ。あとでフォローが大変だぞ。

 石飛が助け舟をだしてくれる。


「じゃあ、はじめるぜ。二人共、山野が口にするときに合図とか送るなよ」


 僕は後を向き、目を瞑る。

 石飛から手渡された一枚目のクッキーを食べる。なんともいえない甘い匂いがする。

 口の中に、甘さが広がる。あ、これはアーモンドが砕いて入れてある。

 食感がまたいい。サクッとしてこれなら何枚でも食べられそうだ。

 続いて、2枚目が渡される。

 こっちも美味しそうな匂いだ。あ、これはレーズンが入っている。

 さっきの食感とまた違ったよさがある。大人な感じだ。

 僕は、食べ終わって二人の方を向く。

 ここで、答えを間違えるわけには、いかない。ゆいちゃんには、悪いけど、

 白鳥さんが作った方を言わなければならない。

 僕はどちらが、白鳥さんのイメージにあっているか、脳細胞を総動員して考える。

 1枚目は、甘さが強かった。ゆいちゃんが作ったと思っていいだろう。

 2枚目のビターな感じは、白鳥さんのイメージにぴったりだ。

 いや、いきなり結論をいうのはまずい。どうする? どうするのがいい?

 そうだ! その時、僕は名案がひらめいた。テレビでメンタリストとか言う人がやっていた、人の反応を見るというやつをやればいいんだ。よし、これでいこう!


「では、まず感想を言わせてもらうよ。どちらもすごく美味しかった。練習後の疲れた身体に、最高だったよ」


 二人共、不安そうに僕を見る。よし、こういう心理状態のときのほうがより素直な反応がでるはずだ。


「まず、1枚目。甘くて食感がサクサクしてて、アーモンドのカリッとしたのも美味しかった。お店でだしてもおかしくないと思うよ」


 白鳥さんの反応は、手をキュッと握っている。顔の表情は変わってない。

 よし、間違いない。白鳥さんは、2枚目だ。


「次に、2枚目。ビターな味の中に、レーズンがすごくマッチしてて、これもすごく美味しかった」


 白鳥さんの反応は、あれ? 口をキュッと結んでいる。

 え? どういうこと、どっちだ? わからん。いったいどっちが正解なんだ?

 僕はチラリと、石飛をみる。石飛は、指を一本だけ、真っ直ぐにしてすぐに手を隠す。

 おお! 石飛、ナイスアシストだ! いや、まてよ。石飛のことだ。ゆいちゃんを勝たせようとしているのかもしれない。

 うーん。どっちにするか。いや、信じろ! 石飛を! 今日も自分の練習の時間を削って、練習に付き合ってくれた石飛を信じろ!


「甲乙つけがたいんだけど、強いて言うなら疲れていた分だけ、1枚目だね」


 どうだ? 白鳥さんの反応は? 白鳥さんの顔がぱーっと明るくなる。

 やった! 人を信じるといいことがあるぞ! 僕は間違ってなかった!

 白鳥さんは、ふふんと鼻を鳴らし、腕を組むとゆいちゃんを見下ろす。


「どう? 私の実力がわかったかしら?」


 ゆいちゃんは、悔しそうな顔をする。


「くっ。今日はたまたまじゃないの? ここは、テニス部よ。今度は、テニスで勝負よ!」


「よろしくてよ。テニスでもなんでも勝負して差し上げるわ」


 バチバチと火花を散らす二人をなだめ、4人でラーメンを食べに行った。


 帰り道、白鳥さんが冷たい声で、僕に言う。


「今日は、練習楽しかったみたいね。山野せんぱーい、なんて呼ばれてデレデレしちゃってさ。山野くんは、そんな人じゃないと思ってたわ」


「いや、違うんだよ。なんか、あの子押しが強くってさ」


「どうだか。なんか、山野くんもまんざらじゃないって顔してたし。別に私に気兼ねすることないのよ。私たちは、ただの友達なんだから」


 うわー。なんか、ものすごく怒ってる。困ったなあ。


「いや、ほら、僕って昔テニスが強かったじゃない? で、その強さに憧れてくれてるみたいなんだよ。いまなんて、こんななのにさ。今の僕がわかったら、すぐに離れていくよ」


 赤信号で並んで止まると、白鳥さんはチラリと僕を横目でみる。


「山野くんは、自分がわかってないのね」


「何が?」


 白鳥さんは、上を向いてふーっと息を吐く。なんだか、さっきとちょっと雰囲気が違う。

 信号が青になり、僕たちは再び進みだす。白鳥さんは、僕の前を走る。

 しばらく無言で進むと、また赤信号に引っかかる。

 僕は白鳥さんの横に並び、彼女の顔を見る。


「ねえ、自分がわかってないって何のこと?」


「さあね。自分の事なんだから、自分で考えたら?」


 白鳥さんの冷たい返事に、僕はくじけそうになる。

 何だろう? 僕は嫌なやつということなんだろうか? 白鳥さんに付きまとう神崎とかと大して変わらないということなんだろうか?

 福重に到着し、西の丘に上っていく道に来たとき、白鳥さんが自転車を下りた。

 僕をまっすぐに見つめる。薄暗くなってきた中、車のヘッドライトが、白鳥さんの輪郭をくっきりと浮き上がらせる。

 彼女の表情が見えない。


「私が言いたかったのは、今の山野くんを知ったら、憧れなんかじゃなく、本気になっちゃうってこと」


「え?」


 白鳥さんは、さっと自転車に跨ると、ぐんぐんとスピードを上げて、その背中は、小さくなっていく。

 いま、白鳥さんはどんな顔をして、言ったんだろうか。

 僕は、ゆっくりとしたペースで、家に帰った。


 それからまた数日たち、お盆になった。練習にもだいぶなれ、僕の腕や肩は、一回りも、ふた回りも大きくなり、55KGだった握力は、70KGを超えた。

 白鳥さんとゆいちゃんは、あえば喧嘩するし、石飛は同じように練習に付き合ってくれた。

 僕は毎日、練習のことを竹畠くんにメールした。竹畠くんも自分の病状や、ゲームの攻略の話を送ってくれた。

 少しゆっくり目に起きると、琢磨から電話がかかってきた。


『オッス! はよ来いやー。もう、俺ら3人とも待ってんだぜ!』


 僕は置き時計を確認する。あれ? 約束は9時のはず。まだ8時半だ。


「はええよー。まだ、30分あるじゃん。でも、わかったよ。すぐ行くから」


 僕は昨日内に用意していた水着をいれた袋を持って、家を出た。

 車に乗り込み、集合場所の神社に向かう。

 琢磨は、派手なシャツにサングラスをしてる。あなたどこのチンピラですか?

 さやかは、ピンクのノースリーブに、ジーンズ。なかなか似合ってる。

 白鳥さんは、白のノースリーブのシャツに、七分丈のパンツを履いている。

 似合ってるよ。最高だ! 今日も輝いてる。

 琢磨が僕の車椅子を、ラゲッジルームに入れ直し、海の中道へ向かった。

 夏休みの真っ只中ということで、海の中道海浜公園の駐車場前に長蛇の列ができている。


「うわー。こりゃ、車停めるのも一苦労だなあ」


 僕が愚痴っていると、助手席に座る白鳥さんが、前を指差す。


「山野くん、ほらあれ。車椅子のマークが書いてあるよ。普通の駐車場と別に車椅子用の駐車場があるんじゃないの?」


 後部座席の琢磨が、どんと運転席のシートを叩く。


「うほー。さすが福岡市じゃん! 進んでるー。ヒデ! はよあっちに行けよ」


「OK!」


 通常の駐車場入口を過ぎ、僕は入口近くの障害者用駐車場に入った。

 入口には、守衛さんがたっていて、ウインドウを下げるようにジャスチャーする。


「障害者手帳をみせてください」


 僕が障害者手帳を見せると、どうぞといって通してくれた。

 駐車場に車を止め、入場券売り場へと向かう。


「あ、ヒデくん、障害者と付き添いの人は無料って書いてあるよ」


「へー。こんなのあるんだ。知らなかったよ」


「じゃあ、白鳥さんとヒデくんは、無料ね。私とタッくんは、チケット買うから」


 白鳥さんが、すぐに財布を取り出す。


「いや、私は、あとからメンバーに入っているし、お金を払わせてもらうよ。青柳さんが、付き添いということにすればいい」


「えー? 無理に誘ったんだから、それは悪いよ」


「じゃ、こうしねえ? 払った分をあとで割るっていうのはどうよ? まあ、俺が無料でも全然かまわねえけどさ」


「もー。タッくんは、すぐそういう事いうんだから。じゃあ、あとでみんなで割りましょう。ヒデくんもそれでいい?」


「うん。もちろんだよ」


 入場し、プールまでのバス乗り場に行こうとするが、ここも長蛇の列になっている。


「あらー。こっちも多いわね。そんなに遠くないから、歩いていきましょうか?」


「だな。そうしようぜ」


 池のそばを4人で、揃って歩く。いいなあ。こういうの。

 1年前は、こんな風にまた楽しめるなんて、思ってもみなかった。これからどうなるんだろうって不安ばかりだったなあ。

 僕が苦笑していると、横にいる白鳥さんが、腰を曲げて聞いてくる。


「どうしたの? 急に笑ったりして」


「いや、1年前はこんな風に、みんなで遊びに行けるようになるなんて、思いもしなかったなあって。思ってさ」


 琢磨が、からかうように言う。


「白鳥さん、聞いてよ。こいつさ、見舞いにいっても、目も合わせないんだぜ? なんかこう世界の不幸を一身に背負ってますって、顔しやがってさ」


 さやかが、琢磨の脇腹を肘で突く。


「当たり前でしょう? あんな大怪我したんだから。2週間ぐらい昏睡状態だったじゃない。ヒデくんは、タッくんみたいに単純じゃないんだから」


 白鳥さんが、僕の顔色を覗うように、チラチラと僕を見る。


「その、聞いてもいいかな? 事故のときってどんなだったの?」


「うん。もう大丈夫だよ。ほんとに何とも思ってないからさ。あれは、忘れもしない3月3日。いつもの様に、部活に出たあと、ちょっと寄り道して、西新に行ったんだ。ラケットの新作みたくてね。で、早良口の交差点あるでしょ? あそこを通りかかったんだ。

 僕が渡ろうとしていた方向とは、違う方の信号が青になって、歩行者の人たちはみんな渡りだしたんだ。

 その中に、幼稚園ぐらいの子がいたんだけど、その子がお母さんの手を離れて、ぱっと走り出したら、赤信号で突っ込んできた車がいてね、僕は危ないって思ったら走り出してたんだよ。

 それで、子供を抱きかかえるようにしたら、ドーンって衝撃があって、そっから先は覚えてないんだ。

 気が付いたら、病院のベッドにいて、下半身はビリビリ痺れてた。母さんに聞いたら、2週間ぐらい意識がなかったって。

 鎖骨は折れてるし、右手の甲は肉がそげてるし、肺は潰れてるし、胆嚢炎になって、緑のゲロ吐くしで、まいったよ。

 これは、死ぬなって真面目に思った。でも、助かってよかったよ。みんなとこうして遊びにこれたんだから」


 琢磨がぽんと僕の肩を叩く。


「だな。そんとき、死んじまってたら、白鳥さんの水着姿見れなかったからな。お前、寝不足だろう? コイツめ、やらしいこと考えて寝れなかったのか?」


 うおっ。なんでわかるんだ? 僕は今日のことが楽しみで仕方なくて、昨日は、なかなか寝付けなかったんだ。

 白鳥さんは、顔を赤らめていて、僕が白鳥さんの顔を見ると、さっと目線を逸らした。


「ほらー、タッくんが変なこというから、白鳥さんが恥ずかしがってるじゃないの! 変なこという子は、お仕置きだぞ!」


 さやかが、叩く素振りをすると、琢磨は大袈裟に、上体を反らせる。


「あれー、ごめんなさい。許してちょんまげー」


 僕たちは、笑いながらプールに向かった。


 男女の更衣室に分れ、僕と琢磨は入口付近で二人を待った。


「ヒデ、お前すごい筋肉だな。腕なんてプロレスラーみてえじゃん。昔だって、こんなに筋肉ついてなかっただろ?」


「うん。腕の筋力上げないと、車椅子を速く動かせないからさ」


「あの、ハンドバイクってやつも効果あるみたいだな」


「そうだね。疲れてても、漕いで帰るしかないからさ。追い込みかけるのにすごくいいね。それに、加圧服を寝る前にやるようになってから、筋肉のつき方が変わったよ」


「縛るだけで、そんなに効果あるもんかね? 俺も買ってみようかなあ」


 さやかが、浮き輪をもって駆け出してきた。

 ピンクのワンピースが健康的だ。


「お待たせ!」


 さやかは、後を振り返る。


「白鳥さん、恥ずかしがってないで出ておいでって!」


 白鳥さんは、少し顔を赤らめながら、しずしずと出てきた。

 おお! 白鳥さんはどんな水着を! 僕の期待とは裏腹に、白鳥さんは、パーカーを着込んでいる。残念。水着が見れると思ったのに。

 さやかは、白鳥さんの後に回ると、一気にパーカーのジッパーを下げ、脱がせた。


「きゃっ!」


 白鳥さんが、両手で胸を隠す。おおおおお!!! 白のビキニじゃないか!!

 パンと水着を持ち上げている胸、抱きしめたら折れてしまいそうな細いウエスト、長く白い足。素晴らしい! こんな姿の白鳥さんを見れるなんて!

 はっ! いかん、この美しさをカメラに収めずして、なんとする!

 僕が焦りながら、カメラを取り出そうとしていると、さやかが頭を叩いてきた。


「こら! 女の子の承諾もなしに、いきなり撮っちゃダメでしょ? その前に、白鳥さんに言うことないの? ほら、ヒデくん」


 白鳥さんは、顔を真っ赤にして、上目遣いに僕の反応を覗う。

 くー。可愛い!! なんて可愛いんだ。この顔を撮ったらいけないなんて、そりゃ拷問ってもんだよ!


「き、綺麗だよ! すごく綺麗だ! 水着ものすごく似合ってるよ! 胸の形がすごく綺麗だ。ウエストなんて、折れそうだしさ。足もすごく長いし、バランスがいいよ。マジで、モデルみたいだ。いやホントに、いますぐなんかのコンテストに出たら、優勝間違いなしだよ。

 そうだ! 今からなれるために、撮影しとくべきだと思うんだよ。ね? 白鳥さんいいだろ?

 何も、数百ショット撮らせてとはいわない。一枚、たった一枚でいいんだ!  僕のEOS 6Dも白鳥さんの姿を収めたいと、訴えているよ! 僕には聞こえるんだ! カメラの声が!」


 さやかが、再び僕の頭を叩き、白い目で見る。


「ヒデくん、それじゃすけべ親父だって。白鳥さんも困ってるでしょ? 普通に褒めれないの?」


「はい。ごめんなさい……」


 琢磨がぱんぱんと僕の肩を叩く。


「まあ、ヒデの気持ちもわからんでもないって。生徒会長だけあって、スタイルいいもんな。よっしゃ、最初はどこいく? 楽しもうぜ!」


 琢磨は、さやかの手を取って、さっさと二人でウォータースライダーの方へと行ってしまう。


「あれー、置いていかれちゃったよ。ウォータースライダーなんて、僕乗れないってのに」


 白鳥さんが、僕に近付いてくる。


「み、水着、褒めてくれてありがとう。本当は恥ずかしかったんだけど、お母さんがこれが似合ってるって選んでくれたんだ」


 白鳥さんのお母さん、あなたはなんて素晴らしい人なんですか!

 今度、何か持っていきます。そうだ、ロールケーキ買って行こう。


「いや、ホントに、似合ってるよ。素敵だよ」


 僕が振り向こうとすると、白鳥さんは僕の顔を手で挟んで、前を向かせる。


「こっち見ないで。恥ずかしいから」


「えー? プール来てるんだよ? みんな同じ格好だって。恥ずかしがらなくていいよ」


「だってー」


 僕たちが通りがかると、近くにいた男たちが白鳥さんをチラリと見る。

 やっぱり、誰が見ても綺麗なんだ。あー、僕も早くもう一度、ちゃんと見たい。


「山野くんもすごい筋肉ね。服着てると目立たないけど、すごいわ。胸なんて、私よりありそう」


 白鳥さんの白い手が、僕の胸に触れる。

 うおっ。しまった。僕の一部分が、やばいかんじだ。不全なのが、こんな時に裏目にでるとは。

 いやでも、座ってるなら目立たない。車椅子でよかった。


「ね、流れるプールに行ってみる? 私、浮き輪もってきたんだ」


「うん。行こうか」


 白鳥さんは、長い髪をくるくると巻き、手際よくアップにする。


「へー。上手いもんだねえ」

 

 僕は髪をまとめるのに感心する振りをして、白鳥さんの水着姿を堪能する。

 いいなあ。たまんないよ。


「もう、またジロジロ見て、恥ずかしいって言ってるでしょ?」


 白鳥さんは、舌をぺろりと出す。

 くー。どこまで僕を誘惑すれば君は、気が済むのですか。


「罰として、浮き輪ふくらませてくれる?」


「うん。わかった」


 僕は浮き輪を膨らませつつ、流れるプールを見る。

 脊損になってから、プールに入ったことなんてない。

 プールの水深は結構ありそうだ。

 大丈夫だろうか? 僕は少し不安になってくる。

 浮き輪を膨らませ終わっても、動けずにいる僕の手を、白鳥さんが引く。


「ほら、大丈夫だって。私が付いてるわ」


「う、うん」


 僕は、車椅子から降りプールサイドに腰掛ける。

 白鳥さんが、プールに入り浮き輪を持つ。

 僕は足を手で持ち上げ、浮き輪の中へと差し入れる。

 両足とも、中にいれ、意を決してプールへと入った。

 僕の体は、頭まで水に浸かる。

 焦って、腕を突っ張ると、浮き輪に捕まって、プカプカ浮いていた。

 おお。なんだか、これはいい感じだ。水の冷たさが心地よい。


「ね? 行った通りでしょ?」


 白鳥さんは、浮き輪に掴まって、一緒にプカプカと流れに身を任せたり、

 浮き輪ごと僕を引っ張ってくれる。

 不安だったけど、プールに来てよかった。こんなに楽しいなんて。

 僕は水を掬って、白鳥さんの顔にかける。


「こら! やったな! 許さないぞ!」


 白鳥さんがざぶざぶと僕に水をかけてくる。

 いい! これこそ青春だ! 

 ひとしきり、流れるプールで遊び、

 プールに常備してあったプール用の車椅子に乗り換え、プールジャグジーを二人で楽しんでいると、琢磨とさやかがやってきた。


「そろそろ飯にしねえ?」


 時計を見ると、13時半を過ぎていた。

 いつのまにか、3時間以上も遊んでいたらしい。

 テーブルに付き、僕が財布を出そうとすると、さやかが得意気に胸を張る。


「じゃーん! ここで重大発表です!」


「え? なんだよ? いったい?」


「かわいい女の子が二人で、作る物といったらなんでしょう?」


「は? なんだそれ?」


「わかんないかなあ? ヒデくんは、相変わらず鈍いなあ」


「ヒントくれよ。ヒント」


「そうね。ヒント、その一、遠足に欠かせないもの。ヒントその二、運動会に欠かせないもの」


 遠足? 運動会? なんだそりゃ?

 待てよ。遠足にいるものっていったら、おやつは300円までと……。


「弁当! 弁当か!」


「ご名答! 今日は、白鳥さんと私が愛を込めて、お弁当作ってきたんだ。食べましょう」


 ぬおおおおおお!! さやか、ナイスプレーだ! 今度、プリンを好きなだけおごってやるぞ!

 さやかが、更衣室に行き、重箱をもって戻ってくる。

 すごい! すごい豪華だ! おおー、タコさんウインナーに、こっちは、キノピオの形が作ってある!

 すげー。手が込んでるー。


「これ、白鳥さんが作ったの? すごいよ。いつものキャラ弁もすごいけど、今日のはまたさらにワンランク上だね!」


 白鳥さんは、はにかんだ笑顔で、答えてくれる。


「うん。青柳さんが、一緒につくろうって言ってくれて、朝から私の家で、二人で作ったんだ。一部、お母さんが勝手に作ったものもあるけど」


「すごいぜ! なあ、ヒデ! 俺こんなのはじめてみるわ! じゃ、さっそくこれを……」


 手を伸ばした琢磨の手を、白鳥さんがパチンと叩く。


「お行儀の悪い! あ、ご、ごめんなさい。つい……」


 白鳥さんが、顔を赤くして、下を向く。


「白鳥さん、気にしないでいいって。タッくんが悪いんだからさ。ね、白鳥さんって言いにくいわ。麗華でいい?」


「ええ。構わないわ。じゃあ、私もさやかって呼ぶね」


 笑い合う二人を見て、僕はうやらましくて仕方がなった。

 さやか、お前はなんてスムーズに、距離を縮めるんだ。

 そのテクニックを分けてほしいよ。僕はいまだに、白鳥さんとしか呼べないというのに。


「じゃあ、俺はどうするかなあ」


 琢磨! お前まで何言い出すんだよ? お前はダメだ! 男だろうが!


「俺、麗華ちゃんって呼んでいい?」


「ええ、いいわよ。私も琢磨くんと呼ばせてもらおうかしら」


 なにー?! 麗華ちゃんだとー! 羨ましい。羨ましいぞ、琢磨! つうか、僕が白鳥さんのこと好きって知ってるくせに!

 なんてこというんだ! お前は、帰り歩いて帰れ!

 さやかが、ニヤリと僕を見る。え? なんだ? 僕に何を期待してるんだ?


「ヒデくんだけ、白鳥さんじゃおかしいわよね。ね、タッくん?」


 琢磨も同じくニヤリと笑う。


「だな。俺が麗華ちゃんって呼んでんのによお。変だよなあ。ヒデ、お前そう思わないの?」


 くー。二人して、前もって打ち合わせしやがったな。こいつらー!

 いや、待てよ。これは、チャンスだよ! そうだよ。距離を縮めるまたとない機会だよ。

 うーん。どうする? 何がいい。親しみを込めて、なんて言ったらいいかな。

 チラリと白鳥さんを見る、笑顔で応えてくれる。


「じゃ、じゃあ僕も麗華……、さんって呼ぶかな?」


「なんだー、こいつ! 最後のさんはなんだよ! 照れやがって!」


「いいだろ! 麗華さんって親しみを込めて、呼ぶんだから!」


 白鳥さんは、ふふふと笑ってくれた。


「じゃあ、私も今日から秀夫くんって呼ぶことにするよ。よろしくね、秀夫くん」


 白鳥さんに下の名前で呼ばれたよ! 校内でこんな風に呼ばれているの他にいるか? あ、そうだった。琢磨のことを琢磨くんって呼ぶんだったね。


「なんか、照れるなあ。まあ、改めてよろしく。麗華さん」


「またあ、コイツラはいちゃつきやがってぇー。いちゃつくなら、他所いけ、他所に!」


 僕らは笑いあって、楽しい昼食を取った。

 

 それから、僕らは夕方まで、くたくたになるまで遊び、閉園時間と共に、帰宅の途についた。

 琢磨とさやかは、後部座席でさっそく居眠りを始めている。


「楽しかったね。私、友達とプールに行くなんて、初めてよ」


「そっかー。楽しんでくれてよかったよ。僕もプールなんて、小学生以来だったからさ。楽しかったよ」


 麗華さんが、いたずらっぽく笑う。


「でも、秀夫くんのプールに入る前の顔、傑作だったわ。こう引きつっててさ」


 麗華さんは、その綺麗な目尻を指で押し上げる。


「またあ、そんな変な顔してないでしょ?」


「してた、してた。プルプル震えてたし」


「震えてないって! もう、意地悪だなあ」


 二人の会話を楽しんでいると、あっと言う間に福重についた。

 後部座席の二人を起こし、下ろす。


「じゃあね! 麗華! また遊びに行こうね!」


「麗華ちゃん、学校であって無視っていうのは勘弁してくれよ? じゃな!」


「うん。二人共、今日は楽しかったわ。また、どこかに行きましょうね」


 僕が車を発進させると、麗華さんはふふっと笑った。


「いい人達ね。秀夫くんはいい友人に囲まれてるわ」


「そう? 小さい頃からの腐れ縁って奴だよ」


「そうかもしれないけど、二人共素敵だわ」


「うん。いい奴らだよ。僕が落ち込んでいる時も、一生懸命励まそうとしてくれてさ。僕がひどいこと言った時も、すぐに許してくれたんだ」


 麗華さんは、シートを倒して、伸びをする。


「ふーん。羨ましいなあ。わたし友達なんていないからなあ」


「何言ってんの? あの二人は、もう麗華さんを友達だと思ってるよ。それに、僕も麗華さんを大事な友達だと思ってる」


「そうね。そうだったわ」


 麗華さんは、少し驚いた顔をして、口に手を当てる。


「いやだ私ったら」


「え? どうしたの?」


「友達欲しいってずっと思ってたら、一気に三人もできちゃった。運を使い果たしてるかしら?」


「あははは。そうだね。そうかもしれないね」


 僕は麗華さんを家に送ると、自宅に戻りハンドバイクで走りに出た。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。