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第1話 配達人と少年


 腰を落とし、ゆるく両腕を下ろしたまま、目線と気配だけで辺りの様子を窺う。

 木の葉を僅かに揺らす風の音がやけに大きく聞こえる程、静まり返った街の一角。先程まで通りをのんびりと午後の散策と洒落込んでいた人々は、そそくさと手近な店に駆け込み、息を潜めてこちらの様子を窺っている。質の悪そうな少年達に囲まれた男を安全な場所から眺め、義侠心にかられて面倒事に首を突っ込もう等という、お人好しはどうやらいないようだ。囲まれて数分、俺が黙ったままな事もあり、緊迫した空気が辺りを包み込んでいる。

 沈黙に焦れたのか、まとめ役らしき一番背の高い少年が、太い木の棒を手にこちらへ不敵に笑いかけた。

「おっさん、荷物と金目の物、ぜんぶ置いて行きな」

 勘弁してくれ。

 俺は早く、昼飯が食べたいんだ。



 数時間前――


 依頼人に指定された場所が山岳都市ネストカの首都だった時から、警戒はしていた。あそこはその土地柄、鉱石の採掘や加工を行う者が多く、大半が頑固な職人気質。おまけに残るは口が達者で、がめつい海千山千の商売人。観光ならともかく、仕事ではあまり訪れたくはない所だ。素直に仕事が進むという楽観的思考を捨て、相応の覚悟を決めて挑んだ筈――だったのだが。


 夏の終わりの陽が真上をとうに過ぎようが、こっちの都合等どこ吹く風。ああだこうだと屁理屈をこね、届けた配達品の値を引き下げようとする魂胆の爺を、何とか宥め倒し、粘り強く説得を重ね、くたびれ果てた末になんとか交渉完了。

 ところが受取票を渡された時、今度は俺の腰の愛刀を売ってくれないかと持ちかけられた。どうやら訪ねた時から、目を付けられていたらしい。しかし既にこの爺にうんざりしていた俺は「売るつもりは無い」と完全拒否。尚もしつこく値段交渉しようとする相手を、最終的には挨拶もそこそこに振り切ってきたのだ。

 こんな所に長居は無用。

 可能な限り急いで山を下り、空きっ腹を抱えて国境近くの街まで、俺は這々の体で辿り着いた。


 そもそも配達人が、しつこい値引き交渉の対応までさせられるなんて聞いていなかった。こっちは運ぶのが仕事なんだ、それ意外は自分達でやってくれ。道理で随分と腰が低い上に依頼料が良かった訳だ、あの客からの仕事はもう受けんぞ。

 内心で散々悪態をつきながら、早足で通りを歩く。二つ先の角を曲がれば、露店や食堂の多い地域だった筈だ。どうせ明日の夜までの期限の仕事だし、今日は早めの店じまいとしよう。この近辺で宿をとって、いつもよりちょっと良い酒と美味い飯で、重労働を終えた自分への報酬とするか。

 決意を固めたその勢いのまま、角を曲がった、その時。

 幸福を耳から届ける、じゅうじゅうという肉の焼ける音。

 焼きたてのパンと思しき、心安らぐ柔らかな匂い。

 露店で炭火に焼かれる魚の、抗い難いその香ばしさ。

 馥郁たる酒の、熟成されたその芳香。

 連続で繰り出される魅惑的な香りの攻撃に、自然と口角が上がってしまう。浮ついた気持ちで己が欲望に従い、足を進める。――と、少し離れた店先で、店員が呼び込みを始めた。

「ただいま本日のおすすめ、鶏の香草焼きの追加が焼き上がりました!パンとスープ付きで銅貨七枚!」

 決めた。酒は献立表を見ながら選ぶとしよう。

 早速、店に向かって早足で歩き始める。やっと飯にありつける、そう思ったのも束の間。おそらく呼び込みを聞いていたのであろう、曲がり角から現れた観光客の一団と、地元民に囲まれてしまった――その瞬間。

《これだけあれば、足りるわよね?》

《あれ?あの店、また休みか?》

《昨日は魚だったし、今日は肉にするか……》

 頭の中にすれ違う人々の思考がどんどん勝手に入ってきて、うるさい事この上ない。ハッとして自分の左手を確認すると――しまった、急ぎ過ぎて〈心音の指輪〉を外すのを忘れていた。

 仕事での交渉相手ならともかく、一般人の内心を許可なく聞くのは失礼にあたる。すぐにでも外すべきだが、これは職場の貸し出し品だ。買えば恐ろしく値が張る一品なので、こんな雑踏の中で落として、無くしでもしたら一大事。ひとまず人通りの少ない所に行って、さっさと外して仕舞ってしまおう。それが一番安全だ。


 人の流れに逆らうように、大通りから一つ外れた通りに入る。良かった、こちらは人気もまばらだ。大きな建物に遮られて陰になった道の奥へと歩き、指輪に手をかけようとした、その時。

《よし、今だ。囲め》

 不穏な声が脳内に響いた。

 反射的に重心を落とし、辺りの気配を探る。

 正面の木の影から大柄の少年が一人、そして仲間が左右から脇を固めるように一人ずつ、前に立ち塞がった。これで三人。

《あの剣、売ったらいくらぐらいになるかな》

 左後ろから少女の声が聞こえる。後ろは一人か?……いや、少年達の目線を見ると、右にもいるようだ。つまりは全部で五人程か。


 画して、冒頭の状態が出来上がった。


「聞いてんのかよ。荷物と金目の物、あと……その腰のエモノ。それ置いて消えろ」

 じわりと距離を詰めながら、抜け目無くまとめ役の少年が辺りを見回す。右手の店舗側にいる仲間は邪魔者が入らないよう威嚇を怠らず、左手の仲間は大通りの様子を警戒していた。相当手慣れてるな。少なくともこの三人は、場数を踏んでる。

「この配達人の腕章が見えないのかい。荷物の中身は俺の物じゃない、大事な依頼人からの預かり品だ。あと、この刀も仕事に欠かせない相棒でね。つまるところ、君達に渡せる物は何も無いんだ。諦めてくれ」

 無闇に刺激しないよう敢えて穏やかな口調にしたが、馬鹿にされたと思ったのだろう、少年達が突然いきり立った。

《この野郎、舐めやがって……!》

《とっととブチのめした方が早いな》

「どうやら痛い目を見ねぇとわからないタチらしいな」

 三人共強気だが、すぐに手を出して来ないのは恐らく俺の腰のもののせいだろう。下手に動いて、返り討ちにあうのを警戒しているのは、何度かそういった経験があるという事か。

 その時、大通りを警戒していた少年が、忌々しそうに俺の後ろを見ながら舌打ちした。

《くそっ、シリウスの野郎、ぼんやりしやがって……》

 ――シリウス?

 左後ろにいるのは、声からして少女だった。男の名前という事は、右後ろにいるのが〈シリウス〉か。眼の前で木の棒を構えた三人が、じりじりと動きながら目線を忙しなく動かしている。

《あの野郎、何回やっても慣れやしねぇ。今日しくじりやがったら、今度こそ売るかバラす》

 俺より物騒な話になってきたな。

 緊迫した空気の中、風で煽られた窓が壁に当たり、バタンという大きな音が辺りに響き渡る。静寂が崩れた一瞬の間を、まとめ役は見逃さなかった。

《今だ!! シリウス、行け!!》

 何かしら合図が決めてあったのだろう。その言葉の直後、背後の気配が動いた。

《……ごめんな》

 あまりにも静かな、何か諦めを含んだような声だった。反射的に体を捻り、左手で掴んだ鞘を振り上げる。

 固い物同士がぶつかる音と、手に響く衝撃。こちらに向けられた、前にいた三人より細身の木の棒。その奥で間近に迫る、瞠った相手の瞳にハッとした。

 崇高で美しい、夏空のような青。

 そのあまりの既視感に、己の心臓がどくんと跳ねた。切なさに一瞬胸が詰まったが、街角に響き渡った背後からの怒声は、沈みかけた意識を現実に引き戻すには充分だった。

「この役立たずが!! もう我慢ならねぇ、二人共ぶっ殺せ!!」

 まとめ役を筆頭に、全員が一斉にこちらへにじり寄って来る。迷っている暇は無い。空いた右手で〈シリウス〉の腕を掴むと、焦燥の表情を浮かべてこちらを見ている、痩せ細った少年と目が合った。そのまま彼の胸元に潜り込むようにして細い体を肩に担ぐと、隙を見てこっそり左手に忍ばせておいた丸い玉を、力一杯地面に叩きつける。

 一瞬の眩い閃光の後、凄まじい量の白煙が一気に辺りを白く染めた。

「うわぁぁぁあ!?」

 少年達の悲鳴を聞きながら、俺は空へと地面を蹴った。白煙を割って宙へ浮かぶと、鳥の目線で周りの状況を確認し、立ち並ぶ屋根へと膝を使って柔らかく着地する。

 そのまま高速で屋根伝いに走り抜けると、耳元で風を切る音が絶え間なく聞こえ、白煙の残る場所がみるみる遠ざかって行く。およそ常人には出来ない動きだが、俺のような魔道具持ちには不可能ではない。


 暫く屋根の上を飛び回った後、国境に設置された馬車乗り場の建物が目視でき始めて、ようやく俺は足を止めた。幸いにも大きな旅の宿の屋根が、我々二人をしっかり支えてくれている。

「突然でびっくりしただろう。出来るだけ丁寧に降りたけど、怪我はないかい?」

 声をかけながら、ゆっくりと肩から少年を降ろす。

 ――商売柄、重量操作の魔道具を持ってはいるが、それにしてもこの子はあまりにも軽過ぎる。おまけにぶかぶかの服の中にあった胴体は、俺の片側の肩に乗せて尚も余りそうな程、恐ろしく細かった。

「……ッ、触るな!!」

《何だ、何なんだよ、こいつ!!》

 驚き過ぎて固まっていたのか、屋根を走り続けていた時は無言を貫いていた〈シリウス〉だったが、ようやく正気に戻ったらしい。俺から離れようと思わず後ろに一歩引いたその途端、屋根の傾斜でたたらを踏み、ぐらりと後ろへその体が傾いた。

「危ない!!」

 幸い腕を掴んで落下は避けさせたが、恐らくこのまま地上へ下ろした所で、リスのように俊敏に逃げられてしまうだけだろう。――だが俺は、この子と別れる前に、どうしても話をする必要があった。

 眼の前には、何回やっても人を襲う事に慣れず、己が非道に謝ってしまう程、未だその心に光を灯したままの少年が立っている。

 虚勢をはってこちらを見返す青い瞳は、闇を生きるにはあまりにも不釣り合いな、透明さと純粋な輝きを留めていた。

 それにあの時聞こえた声の通りだとすれば、このまま仲間の元へ戻ったが最後、彼は売り飛ばされるか、その短い生涯を終える羽目になる。それらを知ってしまった以上、このまま放ってはおけなかった。


 頭の中に、一つの案がある。

 実現すれば彼だけではなく、俺の未来も悪くない見通しが出来る筈だ。

「少し、時間を貰ってもいいかな」

 賭ではある、と思う。

 だが、賭をする価値がこの子にはある。

 そう考えたら、腹が決まった。


 細い腕を緩く掴んだまま、警戒されないよう静かに、でも真っ直ぐ相手の眼を見て、俺はゆっくり話しかける。

「俺は隣の国にある〈鳥籠〉っていう所で配達人をやってる、ミカド・東郷。ひとつ提案があるんだけど」

 訝しげな表情の少年は瞳を不安に揺らしながら、それでも次の言葉を待っている。

 その時、眼下の通りから駆け抜ける子供達の歓声が上がり、俺達のすぐそばを鳥達が競うように飛び立った。雲の隙間から漏れ出でる、柔らかな午後の陽光に羽根が舞い散る。これは吉兆か。

 覚悟を決め、十五年前に言われた言葉を、今度は俺自身が紡ぐ。


「――君、配達人をやってみる気はないか?」


 眼の前で少年の煌めく青い瞳が、先程より大きく瞠られた。


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