第2話: マリア
一群のカモメが、ゆっくりと港最大の埠頭へ近づいてくる商船の索具へと滑空していった。
その船は、まるで木造の要塞そのものだった。船首と船尾には一段高く築かれた構造物があり、皮肉にもその両方は「城」と呼ばれている。
四本の帆柱が純白の帆を支え、そのうち二本には四角帆が張られていた。舵の後方に立つ一本には、斜めに張られた三角帆。そして最後の一本だけは他とはまるで異なっていた。
青空へ向かってそびえ立つのではなく、水平線へ向かって長く突き出し、その先には亜麻布でできた翼のような帆が船体へと結び付けられていた。
港の見張り台では、藁色の髪をした若い見張りが鐘を鳴らす。
四打。
商船の到着を告げる合図だった。
続けて二打が鳴ると、衛兵たちはすぐさま柵門を開き始める。
この村の武装戦力は、お世辞にも立派とは言えなかった。
色とりどりのギャンベゾンを身にまとった男が六人ほど。武器も短剣や斧、木製の棍棒ばかりである。
まともな防具を身につけているのは、村人たちによって選ばれた保安官、老いたコンラッドだけだった。
白くなり始めた顎髭をたびたび引っ掛ける鎖頭巾に、縁のまっすぐな開放式兜。
彼は毎日のように同じ巡回路を歩き、その終着点は決まって埠頭か酒場だった。
そんな折、一人の少女が中央通りを足早に進んでいた。
背には重そうな大袋を担ぎ、立ち止まる様子はない。
保安官コンラッドが挨拶を投げかけても、彼女は軽く会釈するだけで歩みを止めなかった。
時間とは、今の彼女にとって道連れにしていられるような味方ではなかったのである。
開拓者たちの守護者――ロターリオ公の像は、埠頭の門をくぐっていく少女の姿を静かに見下ろしていた。
彼女を見慣れぬ商人たちが怪訝そうな目を向けるのも無理はない。
長く艶やかな黒髪と、どこか繊細な顔立ちさえなければ、誰もが男と見間違えただろう。
人前ではいつも丈の長いワンピースに赤みを帯びた肩掛けを羽織っているものの、その足元から響くのは、女物とは思えない重い革靴の音だった。
疑いの視線は、彼女が船へ足を踏み入れた瞬間、さらに強まる。
「マリアお嬢さん!」
沈黙を破ったのは、船長室の入口近くに立っていた一人の商人だった。
五十代半ばほどの男。
日に焼けた肌に、半ば白く染まった髪。
厚手の青い上着をまとい、胸元には大ぶりの銀の首飾りが揺れている。
帽子には一本の美しい羽根が飾られていた。
この植民地の誰一人として見たこともない鳥の羽。
緑がかった色合いを持ち、その先端には青い瞳にも似た模様が浮かんでいる。
内海を何年も渡り歩いてきたというのに、生まれ故郷の訛りだけは最後まで抜けなかった。
子音を強く押し出し、語尾を曖昧に飲み込む独特の話し方。
マリアは意味を完全に理解できない時でも、頷いて済ませることが少なくなかった。
「いつものよ、アンドレア。
鹿が八枚、狐が四枚、兎が七枚。」
「おお海神様よ、お嬢さん。
まずは『こんにちは』くらい言ってくれてもいいじゃないか?
この荒れた海をどう渡ってきたか、少しは聞いてくれても罰は当たらんだろう?」
返ってきたのは、
冷たい視線と、沈黙だけだった。
「……はいはい、分かったとも。
では、見せてもらおう。」
マリアは背負っていた大袋を降ろし、アンドレアへ差し出した。
彼が彼女の毛皮を査定するのは今回が初めてではない。
それでも毎回、同じ驚きを覚える。
鞣しの技術は年を追うごとに向上し、品質は目に見えて良くなっている。
それだけではない。
袋の重さもまた、毎回増しているように感じられた。
(こんな小柄な娘が、この重さを背負って運んできたというのか。それも片手で俺に渡すとは……)
一枚一枚毛皮を撫で、引き伸ばしながら、アンドレアは感心したように頷く。
「やはり、お嬢さんの品は期待を裏切らん。
ところで聞きたいんだが……。
北西の森には本当に鹿が棲んでいるという噂は本当なのか?」
「私の毛皮を褒めるのは結構だけど、払う値段は少しも変わらないじゃない。
二か月前だって鹿は一枚八モンディング。
狐だって毎回同じ。
四モンディング七レーニングしか払わないでしょう?」
アンドレアは目を細め、顎髭を撫でた。
「ふむ……。
お嬢さんの言う通りだ。」
(……えっ?
そんな簡単に認めるの?)
マリアは思わず目を瞬かせる。
「実を言えば、内海沿岸の町では君の毛皮の評判が日に日に高まっていてね。
需要が増えているんだ。」
(私の毛皮に需要?
まさか。
あんな遠くの人たちが、この程度の数で喜ぶとは思えない。
それに、私の腕だってそこまでじゃない。
他の狩人や鞣し職人の方が、きっとずっと上手いはず……)




