22
祝言の宴は本当に3日3晩続いた。2日目からは好きな時間に好きなだけ飲み食いする場になっており、リリたちもなるべくいるようにはしたが、適当な時間で切り上げていた。ちなみにウェディングドレスは1日目だけだ。さすがに3日連続で着るのはキツイ。
宴が終わると、日常が戻ってきた。けれどリリたちは荷物を片付け始めていた。冒険者に戻るためだ。その前に王宮に乗り込む予定だが。
里の皆は惜しんでくれたが、リリたちの決意は固かった。
1週間後、最低限の荷物と装備を整えると、リリたちは里を出ることにした。
「寂しくなるわねぇ。いつでも戻ってきて良いからね」
「次に会えるのは子供ができた時かしら」
アイシャと義母が交代でリリを抱きしめて言った。
「こっ子供…」
ドラゴン姿のローランが動揺しているのがおかしくて、リリはクスリと笑った。
「ドラゴンは子供ができにくいから、当分は先だろう。子供ができなくても、時々は顔を見せにおいで」
「はい」
義父に言われ、リリが返事をする。
ローランがリリを抱き上げる。羽ばたくとふわりと宙に浮いた。
「気を付けてな」
「ありがとうございました、おじい様。行ってきます」
最後にローランが挨拶すると、2人は山を越えるために空高く飛んだ。
山を越えるとしばらく飛んでから、森に降り立った。ローランは人間の姿に変身して、ここからは歩いて王都に向かう予定だ。
王都は里から真南に位置している。まっすぐ進めば3日くらいで着くだろう。
「ローラン、途中で髪の毛を切りたいんだけど」
「またショートカットにするんですか?」
「うん。長いと邪魔だし面倒臭いし」
リリの「面倒臭い」発言に少し呆れながらも、ローランはいつものことかと肩をすくめた。
近衛兵から逃げた時とは違い、日中に移動して夜は宿場町で宿を取る。近衛兵がリナリア姫を探しているという噂も聞かなかったので、完全に見失って今は水面下で探しているのだろう。そうそう見つからないだろうとは思ったが、2人は旅路を急いだ。
3日後、予定通り王都に着いた。リリはフードを目深に被り、王都に入るとすぐに宿を取った。部屋で段取りの最終確認をすると、2人は仮眠を取った。決行は夜、暗くなってからだ。
夜中、人通りが少なくなると、2人はこっそり宿の屋根に上った。ローランは服を脱いでドラゴンの姿になり、リリを抱えて王宮に飛んだ。
リリの案内で王の私室を探す。リリも王族の端くれ、王の部屋の位置くらいは知っていた。
「あそこ!大きなバルコニーがある部屋だよ」
風の魔法を使ってバルコニーに静かに降り立つ。リリはローランから離れると、バルコニーの扉をノックした。
「お父様、リナリアでございます」
それだけ言うとローランの元まで下がる。
しばらく待っていると、扉が静かに開き、近衛兵が2人飛び出してきた。
「なっ…ドラゴン!」
「陛下!お下がりください!!」
近衛兵たちが剣を構える。
リリはローランから離れずに、父親に呼び掛けた。
「お父様、夜分にこのような形で訪問した非礼をお許しください。こうでもしなければお話しできないと思いましたので」
「リナリア…?本当にリナリアなのか?」
「ええ、メアリの娘、リナリアでございます」
「黙れ!陛下、惑わされてはなりません!姫がドラゴンとともに現れるなど、ありえません!」
前に出ようとする王を近衛兵が下がらせる。
「黙るのはお前たちだ。自国の姫の顔も忘れたか!」
ローランが厳かな声を出した。そういえばこの喋り方は久しぶりに聞くなとリリはぼんやり思った。
「お父様、今日はお願いがあって参りました」
「な、なんだ?」
「わたくしを連れ戻そうとするのを止めてほしいのです」
「…」
「王族として生まれ育った以上、政略結婚をして国に益をもたらすべきなのは分かっております。身勝手に逃げたのは申し訳ありませんでした。ですがわたくしは隣国の、お父様より年上の方に嫁ぐのがどうしても耐えられませんでした。それにこの結婚がもたらす益は微々たるものでしたね?まるで片付けるかのように嫁がされるのが我慢ならなかったのです」
王から返答はない。どうするべきか考えているのだろうか。
「それにわたくしはもう、ここにいるドラゴンと結婚いたしました。ですから他の方とは結婚できません」
「何!?」
「ドラゴンの里のことは、王族には伝わっているだろう。私は次期里長だ。そのドラゴンと姫が結婚する意味は分かるな?」
結婚は本人たちだけでなく、家や国家の繋がりでもある。ローランは王国とドラゴンに繋がりができたとほのめかしたのだ。その繋がりは、隣国の一貴族との繋がりよりもよっぽど有益だろう。
「だ、だが…」
まだ何かあるのだろうか。それとも簡単に許すと言えないだけ?リリは王が何を言い出すのかと身構えた。
しかしその時、1人の男性の声が響いた。
「陛下、リナリアとドラゴンの結婚、許すべきではありませんか」
「お兄様…!?」
そこに現れたのは、リリと母親を同じくする兄、ウィルヘルムだった。
「伝説とも言われるドラゴンの里との繋がりができるのです。どんな政略結婚よりも価値がある」
「…うむ、そうだな」
「お父様、では…!」
「そこのドラゴンとの結婚を許そう。王宮への出入りも自由にするがよい」
「ありがとうございます!!」
リリはホッと息を吐いた。ローランがいて心強かったが、かなり緊張していたのだ。
「リナリア、久しぶりだね。元気そうで安心したよ」
「お兄様、お久しぶりです。ありがとうございました」
「礼には及ばないよ。それに半年前、近衛兵に見つかっただろう?あれは私のせいなんだ。済まなかった」
そう言うと、ウィルヘルムは後ろを振り返る。目線を辿るとそこには1人の近衛兵がいた。
「リナリア様、お久しぶりでございます」
誰?と思っていると、その近衛兵がバルコニーに出てきた。月の光に照らされて、顔がよく見えた。
「もしかして…ヴィドー?」
「はい。ウィルヘルム様の命で密かに護衛しておりましたが、連絡を取っているのを感づかれたせいで、姫様を危険にさらしてしまいました。申し訳ございませんでした」
ヴィドーが深く頭を下げる。
「そう…そうだったんだ。頭を上げて。私のこと、守ってくれてたんだね。ありがとう」
「勿体なきお言葉です」
「リナリア、今夜はもう遅い。泊まっていくだろう?」
ウィルヘルムの言葉にリナリアは首を横に振った。王宮にはあまり良い思い出がないし、なによりローランが人間の姿に変身するのを王に見られたくない。
「宿を取ってるんです。今夜はそちらに戻ります。また明日、お母様に会いに来てもよろしいでしょうか?」
「もちろんだ。母上の部屋は離宮のあの部屋から変わっていないよ。明日、お茶の時間においで」
リリはこくりと頷くと、ローランの元に戻った。ローランがリリを抱き上げ、ふわりと羽ばたく。
「ではお兄様、また明日。今度は正面から参ります」
バルコニーから飛び立つと、リリたちは宿に向かった。
宿の部屋に戻ると、リリは大きく息を吐いてベッドに寝転んだ。
「お疲れさまでした。よく頑張りましたね」
「久しぶりに堅苦しい言葉遣いをしたから疲れちゃった。ローラン、付いて来てくれてありがとう」
「夫ですから当然です」
夫だから当然、か。出会った頃は夫、夫とうるさく感じていたのに、今はこんなに心強く感じるなんて、とリリは感慨深く思った。
「明日も一緒に来てくれるよね?」
「ええ。ご挨拶したいですから。人間の姿で行きますよ」
「ふふっ、ドラゴンの姿で行ったら大騒ぎになっちゃうもんね」
そうしてリリたちは少しだけ他愛もない話をしてから眠った。