モーレツにやばい状況
「クックック。今日もあちこちで借金のカタにいろいろな物を巻き上げてやったデースネ。金貸しの天才である私、カシマクリー・マジ・カネモッテルの手にかかればこんなの朝飯前デースネ……」
――ぎらぎらと派手な馬車に乗る、ぎらぎらと派手な服装を着た髭が特徴的な痩せた男。彼は権利書や契約書の束をにやにやと見つめながら笑う。
彼の名はカシマクリー・マジ・カネモッテル。王都有数の大金持ちであり……王都有数の、金貸しであった。
多くの王都民達に金を貸している彼は、その取り立ての容赦なさから「極悪カシマクリー」「金吸いカシマクリー」とも呼ばれている。
「ふむ。そういえばそろそろあの牧場に貸してた金の返済期限が近いデースネ。ちょっと早いですが、取り立てに行って色々と吹っ掛けてやるデースネ」
彼は契約書の束から一枚に目をやりそう言う。今日も彼は多くの王都民達から金目の物をむしり取ってきたが、どうやら次の獲物を見つけたようだ。
その契約書に書かれた場所は「コウガイノー牧場」……。アネッカ達の牧場だ。
「あの牧場の土地はいくらでも利用価値がある。小娘に吹っ掛ければ、すぐさま土地は私の物になるはずデースネ! とっても楽しみデースネ! ク~ックック!」
カシマクリーはこれから手に入るであろう利益を想像し、大きな声で笑う。その姿がまるで、金の亡者であった。
……だが彼はまだ知らない。後にこの牧場に金を貸した事を後悔するなど。
***
俺達は食事し終えたのでアネッカが金を支払いカフェを出た。ちなみに代金の内訳は九割がミルクティーのお代わり料金だった。
「経営ピンチなのに有料のお代わりをがぶ飲みするとか、どういう神経してるのお姉ちゃん……。カフェ行ってる時点で予算大丈夫なのかなって思ってたのに……」
モトッカのそんなツッコミも飛んだりしたが、とにかく姉妹たちと共にコウガイノー牧場に向かう事となった。
「コウガイノー牧場は道のりはシンプルよ。まず門を出てくねくね道を疲れるまで歩いたら右に曲がってガーって進んで、目印の木が三本あるから二番目の木をガーってして、その次の道に看板があるからそれもガーってやって、そしてガーってうろちょろすればガーって到着できるわ」
「お姉ちゃん、道のりの説明ヘタクソなの?」
コウガイノー牧場は王都の中心地から少し離れた場所にある。徒歩では割と距離がある上にアネッカの道案内が下手だったため時間はかかったものの、最終的に何とか到着できた。
「着いたわ。ここがコウガイノー牧場よ」
到着した場所にあったのはそこそこ大きな家といくつもの牧舎や倉庫などの建物。そして広い放牧地帯。大牧場と言えるほどの大きさではないが、美味しそうな牧草もたくさん生えており思ったよりも環境は良い。
「モォ……!」
俺は感動の泣き声をあげた。ここなら俺が想定していたよりも良い生活ができるかもしれない。経営が苦しい今は無理かもしれないが、その内俺が夢見てきたほのぼのスローライフ生活も実現できるかもしれない。
「モモッモモ!」
「ここなら理想のほのぼのスローライフ生活が送れそう、だって? ふふふ、そうね。今は大変かもしれないけど、私達なりの牧場に立て直してのんびり過ごせるようにしましょうね」
「モ!」
アネッカに牧場を見た感想を伝えると、彼女は優しそうに笑った。まったく、こんなに優しそうな彼女が経営者なのになぜ取引が減っているというのだろう。取引相手の気が知れない。
「……お姉ちゃん、とりあえず牛さんを牛舎に連れてく? これから飼うつもりなら、今飼ってる別の牛さん達に会わせてあげた方がいいかな……?」
俺とアネッカが楽しそうに話をしていると、横からモトッカがアネッカに対し質問した。どうやら俺を牛舎に連れていくべきか聞きたかったようだ。
するとアネッカはきょとんとした表情で答える。
「別の牛なんていないわよ?」
「え?」
「いないわよ。というかニワトリも羊も豚も何もいないわよ。従業員は牛くんを除くとあなたと私の二人だけ。それ以外の生き物なんてアリンコ一匹すらいないわよ」
「……え、ええええええええ!?」
まさかの「牧場なのに動物がいない」宣言であった。そういえば、牧草地帯にも動物が誰もいなかったっけな。
モトッカはまるで異常事態に出くわしたような焦った表情で姉に問いかけ続ける。
「う、嘘言わないでお姉ちゃん! ここは牧場なんだから動物さんはいるはずでしょ!? 私も、昨日まで色んな動物さんをちゃんとお世話してたよ!?」
「えぇ。昨日まではいたわ。でも今日は一匹もいないのよ」
「い、一体何があったの……?」
「大したことじゃないわ。夜についうっかり全ての小屋や柵のカギをかけ忘れたら皆逃げただけよ」
「全てのカギをかけ忘れるのは大したことだよ!? 完全にお姉ちゃんのせいじゃん!」
「でも仕方ないことよね。信用も経験も浅い娘が右も左も分からずに運営してたらこういう事も起こるわ」
「さすがにこんな大事件はそうそう起こらないって~!?」
どうやら原因はアネッカの大ミスだったようで、アネッカはちょっと困ったような表情になる。牧場の意義を揺るがす事件の割に「ちょっと困った表情」程度の反応なのは結構な大人物である証拠かもしれない。一方、モトッカは頭を抱えながら大ポカをやらかしたアネッカを大声でツッコむ。こっちは相当焦っているようだ。
「まぁ動物さんが全員逃げた件は置いておきましょう。まずは経営の立て直しから取り組まないと」
「経営立て直すなら、なおさら動物さん逃げた件をどうにかしなきゃいけないと思うよお姉ちゃん! 早く探しに行こうよ!?」
「でも物事には優先順位って言うのがあるし……。まずは牧場の信用を取り戻したいわ……」
「動物さんに全員逃げられてる牧場なんて、信用もへったくれもないでしょっ!? さっさと探しなさい!」
アネッカが気を取り直して経営の立て直しは始めようとするのを、モトッカは止める。そしてサッサと動物達を探せと大声で叱りつけた。だがアネッカはそれでもなお意見を曲げない。やっぱりアネッカはある意味大人物のようだ。
「そうねぇ……それじゃあ牛くんにも意見を聞きましょう。牛くんはどう思う?」
「モー」
「牛くんも『それくらいの事件なら放っておいていい』って言ってるわ。モトッカも新しい経営者さんの指示に従いましょう?」
「本当に言ってる、それ? お姉ちゃんの願望代弁させてるだけじゃない?」
で、最終的に俺に意見を求められたので軽いノリで返答した。モトッカからは何故か姉の願望なのではないかと疑われた。
……ちなみにこの事件を放置する理由としては、動物たちを探しに行っても牧場に帰りたがらないような気がしたからだ。動物が全員逃げるだなんて、彼らが一致団結して逃げたいと言う意志がないと起こりえないことである。つまり待遇や環境があまり良くできなかったのが根本の原因だろう。
なので俺がまずやるべきは逃げた動物たちに頼らずに経営状況を改善し、彼らが戻ってきたいと思える環境を作る事だ。環境を整えれば自ずと動物達は帰ってくるはずだ。
ただの動物があてもなく逃げて大丈夫か……? と言う意見もあるかもしれないが、そこは心配しなくても大丈夫だろう。俺だってギルドで長い間働けてたんだし。
「モーモー」
「さっそく経営立て直しの計画を練りたい? 分かったわ、それじゃあまずは牧場の今の経営状況とかを教えてあげなくちゃね」
俺はアネッカに経営立て直しの計画を始めたいと言い、彼女と共に話し合う事にした。モトッカは「こういう感じのノリで取引や従業員が減ったんだろうなぁ……」と言いながら絶望していた。
「あら? あれは……」
アネッカが経営状況の話を始めようとしたとき、遠くから豪華な馬車が俺達の方へと近づくのが見えた。
「お、お姉ちゃん。あの馬車は一体……?」
「あれはカシマクリーさんの馬車だわ。まずいわね、こんな時に」
モトッカがアネッカに尋ねると、アネッカは相当困った表情で答える。どうやらアネッカにとっては良くない物が来たらしい。
……馬車は俺たちの前で止まり、そして一人の男が馬車から降りてきた。
ぎらぎらと派手な服装を着た、髭が特徴的な痩せた男。彼はにやにやと嫌な笑みをずっと浮かべている。
直感で分かった。こいつこそが……アネッカにとっての良くない物だ。
「クックック。お久しぶりデースネ、アネッカさん」
男は、にやにやとアネッカを見つめながら挨拶した。ねっとりとしていて特徴的な喋り方は、独特の不快感がある。
「ど、どうもこんにちは、カシマクリーさん。相変わらずキャラ付けに苦しんだライトノベルにありそうな語尾で素敵ですね」
「例えてる対象が全然素敵じゃないデースネ」
アネッカは怖々とした様子で丁寧に挨拶をし、礼儀とばかりに男の特徴的な語尾を褒めた。が、男は嫌そうな口調でツッコミを返した。
「お姉ちゃん、このお髭のおじさんは……?」
「モトッカは初めて会うわね。このおじさんは、カシマクリーさんって言う人よ。うちの取引相手……と言えばいいかな」
男の正体を姉に尋ねるモトッカ。アネッカは何やら言いにくそうに、男の素性を説明する。だが、カシマクリーと呼ばれた男は横から笑いながら自分の職業を明かした。
「クックック。素直に金貸しだと言ってもいいんじゃないデースネ? 多額の借金が恥ずかしいんデースネ?」
「か、金貸し!?」
カシマクリーの職業を聞き、驚くモトッカ。カシマクリーはそんなモトッカをニタニタ見つめながら話し続ける。
「クックック。なるほど、こんなかわいい妹さんがいたから、アネッカさんはたくさん私を頼ってくれたんデースネ。涙がちょちょぎれる家族愛、良いデースネ。……ですがそれは返す物をちゃんと返せた場合の話デースネ。ク~ックック!」
まったく家族愛を何とも思っていないような様子でそう言ったカシマクリー。モトッカは困惑しながら姉に問いかける。
「お姉ちゃん、このおじさんからお金を借りてるの……?」
「そうよ。私も大きな借金は作りたくなかったけど、カシマクリーさんが牧場を守るために必要だろうって言うから彼とかから借りてしまったの。詳しく伝えてなくてごめんなさいね……」
アネッカは申し訳なさそうな表情でモトッカに謝った。
「そんな……。このおじさんから一体いくら借りたの!」
モトッカは焦りを露わにしながら、借金の額を聞く。そんなモトッカに対し、アネッカは申し訳なさそうな表情のままそっと借りた額を伝えた。
「今の価値に換算して、ざっと六千兆ゴールドほどよ……」
「国家予算規模かハイパーインフレかの二択しかない桁だと思うんだけど、それー!?」
思った以上に桁が多かった。俺は牛なので貨幣価値は詳しくないが、聞いただけでも多額なのは分かる単位だ。聞いたモトッカの表情も、焦りよりも驚きが強くなってしまうほどである。そんな桁数の金を借りるだなんて、アネッカは大人物通り越して超人物だな。
……で、貸した本人であるはずのカシマクリーはその額を聞き、困った表情で首をかしげる。そしてアネッカに指摘する。
「アネッカさん。貸した金は利子と合わせても五百万ゴールドくらいデースネ。話を盛るのやめるデースネ」
「な、なんだ……。お姉ちゃんったら、なんで嘘ついたの!」
本当の額を聞き、モトッカは少し安心した表情になる。五百万も桁数は多いっちゃ多いが、六千兆に比べたら安心の桁数ではある。
そしてアネッカに対し、何故嘘をついたのかと問いただすと……。
「え、これは嘘じゃな……あ、そうか。これはカシマクリーさんの方じゃなかったわね。なら安心安心♪」
どうやら彼女は何かを勘違いしていたようだ。その勘違いに気づいた安心感からか、彼女の表情はぱぁっと笑顔になった。
「この態度、もしや別の場所から六千兆借りてるの……?」
「この態度、もしや別の場所から六千兆借りてるデースネ……?」
……で、その反応を見たモトッカとカシマクリーはドン引きした様子でシンクロした言葉を漏らした。どうやら六千兆の借金が事実っぽいので恐れているようである。
「……こほん。とにかくアネッカさん。もうすぐ返済期限デースネ! そろそろこの牧場に貸した金を返すデースネ!」
カシマクリーは一度咳払いをし、気を取り直して貸した金の返済を要求してきた。どうやらそれが目的でここへやってきたようだ。
「そんな……。もう少し待ってください! 一週間……いえ三日……いえ五年くらい待ってください!」
「いったん日数譲歩したと思わせといて五年を提示するなデースネっ! いいからさっさと金を返すデースネ!」
「う、うぅ。せめて一日だけでも期限を延ばしてください。それならカシマクリーさんじゃない方であと六千兆ほど工面できますから……」
「得体の知れない『じゃない方』で工面しようとするの、およしなさいデースネ! 多重債務の規模がでかすぎるデースネ!」
アネッカは今にも泣きそうな表情でカシマクリーに期限の延長を懇願する。泣きそうな表情の割には、めちゃくちゃ長い期間を提示したり六千兆を再び借りようとしたり極悪なまでのたくましさも垣間見える。カシマクリーはそんなアネッカに返済を要求しつつツッコミを入れた。
「ですが……そうなると、今払える物は何もなくなります……。じゃない方の六千兆も食費に使い切ってしまいましたし……」
「私の知らないところでどんだけ豪華な食事を満喫してたの、お姉ちゃん……?」
「私の知らないところでどんだけ豪華な食事を満喫してたデースネ、アネッカさん……?」
そしてアネッカは今払える物は何もないと伝えた。どっかから借りた六千兆も食費に使い切ってしまったようだ。モトッカとカシマクリーは明らかにやばい食費に再びドン引きした。
……カシマクリーは少し時間をおいて再び気を取り直し、そしてある言葉をアネッカに対し叫ぶ。
「……払える見込みが無いなら仕方ありませんデースネ。借金のカタとして、この牧場の土地を私に譲るデースネ!」
それは牧場の破滅を意味する言葉だった。なんてことだ。