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仲人管理職  作者: 野原いっぱい
9/10

幸せを呼ぶ仲人


挿絵(By みてみん)


市のメーンステーションに近接し交通の便のいい有名ホテル。

今日は休日ということもあり人の出入りが多く盛況であった。

宿泊客以外にも貸室や大小ホールで行われている各種イベントに参加する人々も慌ただしく玄関アーチをくぐっていく。

中に入ると広い通路に沿って絨毯が敷き詰められていて、壁際に華やかな絵画や置物が飾られている。


そして、正面奥のもっとも大きな宴会場では入り口の左右に色とりどりの花輪が飾られ、到着した人々が受付で名札とリボンバラを付けてもらっていた。

年代は様々だが夫婦、子供たちが互いに挨拶を交わしながら順番に会場内に入っていく。

そしてその光景を腕章をした報道関係者とみられる人たちが撮影していて、特別なイベントであることがうかがえる。


催し案内ボードには、『大藪夫妻仲人カップル交歓会』とあり、サブタイトルに『幸せを呼ぶ縁結び夫妻』と記載されていた。


祝花の名札も主催者やスポンサー企業、夫妻の交流関係者等、数多く飾られている。

そして会場内の入り口に主役である大藪夫妻が、入場してくる招待客を丁重に迎え声を掛けていた。

夫の大藪次郎はタキシード姿、妻の八千代は留袖を身に着けた正装で、いずれも満面に笑みを浮かべながら応対していた。

今日は二人にとっては、人生で最も華やかで誇らしい日であった。

今までに二人が仲人をした二十数組のカップルが集い、親睦パーティーが開催されていたが、それぞれの子供たちや家族、主催側の関係者も含めると相当な人数になっていた。

もうすでに予定の半数以上の客が入場しており、それぞれのカップルから提供された結婚式、披露宴の写真や、主催の広告出版会社で編集されスクリーンに映し出されたビデオを鑑賞していた。

また、ホール内の数か所にテーブルがあり、食べ物や飲み物が置かれ気軽に手に取れるようになっている。

その一方で、大藪が親しくしている鹿鳥夫妻が屋台風にして、自慢の料理を振る舞っているコーナーも人だかりができ人気があった。


その中には昨年突然大藪家を訪れた東山夫妻と5人の子供たちの姿もあった。

彼らは前日から着いていたが、遠方からの家族はほとんどが同様にこのホテルに宿泊していた。

これを機会に関西旅行を楽しんでいる家族も多い。

後ほどそれぞれの招待客の紹介があるが、もうすでに初対面ながら挨拶を交わして話が弾んでいる人たちもあった。

また、謳い文句にあるような円満な夫婦ばかりではなかった。

大藪もすでに入場している二人から聞いて驚いたのだが、お互い倦怠に陥り別居寸前であったのだが、招待状を見て大藪夫妻に悪いからと思い考え直した夫婦もいた。


「おめでとうございます。大藪課長、奥様も」


続いて二組のカップルが入場してきた。いずれも大藪と同職場といってよかった。


「やあ、今日はありがとう。小泉君に夏江君」


前の夫婦は三十台後半であったが、大藪等が会社内の相手を紹介し数回交際した上で結婚にこぎつけたカップルである。


「まあ可愛いわねえ、何か月かしらねえ」


「三か月です。よく泣く子で困っています」


八千代の問い掛けに、赤ん坊を抱いた婦人が答えた。

ただそう言うわりには顔はにこやか。

彼女は大藪と同職場であったが、妊娠がわかった時点であっさり勤めを辞めてしまった。

家事、育児に専念したいとのことだったが、事務員時代の冷たく近寄りがたい印象は影かたちもなく、子供が生まれてからは穏やかで明るい主婦に変貌してしまっていた。

どうやら子育てが長年の夢であったのだろう。

夫も満更でもない様子で見た目に幸せそうであった。


「別室にベビールームも用意してあるから利用すればいいよ」


「ありがとうございます。そうさせて頂きます」


大藪も現役の総務課長であるだけに気配りも心得ていた。

ホール内にキッズコーナーも設け、職場の同僚や主催会社からも応援を得て、子供たちの相手をしてもらっていた。


「おめでとうございます。大変盛況ですね」


「よく来てくれたね、金子君、それに瞳君」


次のカップルは大藪と出身地が同じ後輩で、しかも社内で最も期待されている若手社員と、パートの女性従業員との組み合わせであった。


「本当に私たちも参加させて頂いてよかったのでしょうか?」


小さな女の子を連れた婦人が遠慮がちに尋ねた。


「一向に構わないよ。君たちは私の身内みたいな者だからね。それに一応は仲介したのだから。ハハハハ」


「まあ、あなたったら。でもお二人に来て頂いて私たち喜んでおりますわ」


実は大藪が二人に薦めたのは別の相手であった。

ところがどちらもうまくいかなかったものの、知らない内に二人の仲が進行していた。

これは大藪も予想外の展開であった。

金子が社内の独身社員のなかでも最も女性に人気のある好男子であったのに対して、旧姓、会沢瞳は未亡人で娘がいて、しかも年上であったから二人を結びつけることができなかった。

けれども大藪にとっては瞳も同じ職場仲間で、二人から結婚の話を聞き、驚きはしたが心から祝福したのだった。

式は挙げていなかったがすでに籍は入れていた。


「おいしそうな食べ物がいっぱい並んでる!」


「あら、食いしん坊なんだから」


娘の百合を瞳が笑いながらたしなめる。


「何でも好きなものを食べればいいのよ」


八千代が助け舟を出すと、百合は二人の手を取り急かした。


「パパ、ママ、早く行こ!」


もうすっかり金子になついている。


「じゃあ、大藪課長、また後で」


三人が食材テーブルのほうに行くのを笑顔で見送っていると、長女の泉が受付から駆け寄ってきた。


「お父さん、中沢夫妻がいらっしゃったんだけど、どうしても受け取ってほしいって、困ってしまって」


手にしているものを見ると祝儀袋でそれも相当な金額が入っているようだ。

今回出席者からのお祝いは辞退していたのである。

大藪が思案しているうちに当人達が入場してきた。

娘と孫たちも一緒だった。

娘婿こそ来られなかったものの、顔ぶれは信州のペンションで出会った時とほぼ同じである。


「いらっしゃい。お待ちしておりました」


大藪が歓迎のあいさつをすると、中沢はやや恐縮しながら言った。


「いやいや娘さんを困らせて申し訳ない。だがこんなおめでたい会に家族で出席させて頂いて大変光栄に思いましてね、一種の寄付と思っていただければ幸いです」


中沢は一線を退いているが、業績好調な中堅企業のオーナーだけにたいした金額ではないのかもしれない。


「ありがとうございます。とりあえず預からせて頂きます。扱いは主催者の新藤氏に考えてもらいましょう」


そう聞くと泉は受付の方に戻っていった。


「奥様もお変わりなくお元気そうで」


八千代が中沢夫人に声を掛けると彼女は二人を凝視して言った。


「お二人とも昨日テレビに出たばかりで大変ねえ」


すぐに娘が補足する。


「どうやら母はお二人を人気ドラマのご夫婦と思っているみたいです」


中沢夫人は認知症で家族が支え合っていた。

大藪も笑顔で応じた。


「いえいえ、私たちの方こそ有名人と間違えられて光栄です」


「おばあちゃん、いろいろなものが並んでいるよ。お菓子にケーキ、それにお寿司もあるよ」


どうやら子供たちの関心は食べ物にあった。


「そうねえ、皆さん楽しそうねえ」


「どうぞ、どうぞ、今日はゆっくりと楽しんでいってくださいね」


「それじゃあ、私たちも仲間入りさせてもらおうか」


中沢一家も加わり会場はますますにぎやかになっていく。


一方で受付には長女の泉、その息子である秀太、そして次女の真知と、泉の夫で主催者を代表して新藤直人、それに真知の友人で、場内で自慢の料理をふるまっている鹿鳥夫妻の娘の由紀がついていた。

女性陣は、泉は洋装であったが、真知と由紀は振袖姿で応対していた。

成人式も近いことからいずれも両親が購入したものである。

二人とも慣れぬ着物に窮屈そうではあったが、華やかな衣装を身にまとい機嫌が良かった。

また、あどけない笑顔で愛嬌を振りまく秀太も周囲の人々に人気を集めていた。


「さて、予定していたご家族は皆来られたようだし、我々も中に入るとしようか」


「じゃあ、お父さんやお母さんに伝えないと、直人さんが司会するのね。頑張ってね」


交歓会は最初に主催者代表が挨拶し、主賓や関係者の祝辞、出席者すなわち各カップルの紹介の後、スピーチや余興が続く。

進行は結婚披露宴と似た構成であったが、食事や歓談は自由との趣向で、出来るだけ参加者に楽しんでもらおうと配慮されていた。

もちろん大藪夫妻の挨拶で終了となるが、それまでにメディア関係のインタビューや撮影も予定されていた。


「由紀ちゃん、早く中に入って美味しいもの食べなくちゃあ、急がないと無くなっちゃうわ」


すぐに泉が真知に注意した。


「心配しなくても大丈夫よ。いっぱいあるから。それより二人でデュエットするんでしょ。あまり食べすぎると歌えなくなっちゃうわよ」


「わかってるって。心配ご無用。あれ!あれは何?」


真知が玄関ホールの方を見ながら言った。

定かではないが影のようなものが動きまわっている。

よく見ると二人の黒っぽい服を着た人物が探し物をしているようだ。

やがて行先がわかったようでこちらに顔を向けた。

そして、一目散に走り出しあっという間に受付にたどり着いた。

一瞬のことにスタッフは仰天してしまった。


「どうやら間に合ったようだな、波留」


「そうね小太郎、見覚えがあるわ。娘さんたちだわ」


二人の人物が交互に口を開いた。

黒っぽく見えた衣服は泥や塵で汚れていることがわかった。

頭髪も乱れていて、無造作にリュックを担いだ一見浮浪者のような身なりに、彼らの真正面に立った泉も口をパクパクさせるだけで言葉にならなかった。

秀太も怖がってしまい、後に隠れてしまっている。かろうじて真知が、二人が誰か思いついた。


「あ、忍者の、そうじゃなかった、えーと、熊飛さんだったっけ」


男性のほうが相槌を打ちながら返答した。


「ええ、確かそのような名前にしていたかな、実は一昨日久しぶりに海老名さんのペンションに立ち寄ったところ、この催しがあることを聞いたんです。我々も招待されていることを知り、大急ぎでここまで駆けてきたんですよ」


「え!まさか乗り物も乗らずに・・信州からここまで・・」


「そうよ、夜中も走り通しだったけど、なんとか道を間違わずに来れたわ」


女性の答えに泉は泡を食いながらもかろうじて言った。


「そ、それはそれは大変だったでしょうね。両親もお越し頂いて喜びますわ」


「来た甲斐があったな波留、早速、大藪夫妻に挨拶しないとな」


と言いながらも受付スタッフの視線が二人の衣服に注がれているのに気がついた。


「ああ、もちろん着替えは用意してきましたよ。途中で衣料品店に立ち寄って私たちに合う服を調達しましてね」


「それってもしかしたら・・」


真知が疑いぶかそうに言うと、小太郎は意を察してすぐに補足した。


「大丈夫、帰りに元の場所に返しておくから」


「やっぱり」


全く悪意のない様子に真知は、二人の生活感覚が常識からかけ離れていることを痛感した。


「それじゃあ着替えようか?」


小太郎がリュックを下ろそうとすると、さすがに波留は引き留めた。


「ここじゃあ、まずいんじゃない小太郎」


彼らの周りには会の関係者が集まっている。

ためらっていると、ホテルの会場係りが気を利かして声をかけた。


「控室がありますのでご案内します」



「じゃあ、そうさせてもらおうか。大藪夫妻にはすぐ行くと伝えてもらえませんか」


泉たちがうなずくと、二人は素直に係りの後についていく。

スタッフはいささか作り笑いの表情で見送っている。

新藤が困ったように切り出した。


「あの二人どのように紹介すればいいのかな?」


「そうねえ、小太郎、波留さんではおかしいし、やっぱり少々怪しくても熊飛夫妻と言うしかないわね」


泉も自信なさそうであった。

かたわらで由紀も半信半疑で問い掛ける。


「信州って、あのアルプスのあるとこでしょう。かなり遠いはずよ。いったいどうしてここまで?あれ、真知さん、どうしたの?」


真知は中腰になって着替えに行く二人をにらみつけていた。


「やっぱりあの二人、尻尾が生えているんじゃないかって・・」


「いやね、そんなことあるはずないわ」


と、言いながらも同じように後姿を見つめている。


「いったいどうしたんだい?」


その時かれらの後ろから男性の声がかかった。


「やあ鉄平君」

「鉄平」

「おにいちゃん」


現れたのは長男の鉄平であったが、振り向いた皆の視線はすぐにかたわらに立つ女性に移った。

彼女は、髪は短めであったが、うっすら化粧をしてブルーのワンピースが大変似合っていた。

年も若く目鼻立ちが整った容貌は否が応でも回りの目を引いた。

また、鉄平が顔を出すとは聞いていたが、誰も女性同伴とは思わなかった。

それに気が付いた鉄平は幾分恥ずかしげに紹介した。


「こちらは高野茜さん」


その名前を聞き泉はすぐに思い当った。


「高野さんというともしかしたら・・」


鉄平が説明する前に、その女性が口を開いた。


「それは私の姉です。私は妹の茜と申します。今日は鉄平さんにお願いして亡くなった姉の代わりに連れて来てもらったんです」


それを聞いた泉や新藤は彼女にお悔やみを言った。

真知も口をもごもごさせつつ二人に合わせた。

彼らは鉄平の彼女が投身自殺したことは知っていた。


「ご家族の皆さん、さぞ寂しい思いをしていらしゃるんでしょうねえ」


「ええ、当初は両親も嘆きようが激しかったんですが、鉄平さんやお父様にも何度かお越しいただき力づけてもらいました。そのおかげで最近は元気を取り戻したようです。今日はお父様へのお礼もあって参りました」


鉄平があらためて受付のメンバーを一人一人紹介すると茜は笑顔で言った。


「皆さんのことは鉄平さんから伺って存じております。これからもよろしくお願いします」


彼女の礼儀正しい口調に皆会釈で返した。


「さあ中に入ろうか。お母さんにも紹介するよ」


「ええ、それじゃあ失礼します」


二人は会場の中に入っていった。

皆さわやかな印象を抱いていた。


「しっかりした女性だな。それにあの二人お似合いだと思うよ」


新藤が言うと泉もうなづく。


「そうね、彼女これからもよろしくって言ってたわ」


真知も同調した。


「私もそう思う。でもお姉ちゃんこのこと知っていた?」


「いや、全然」


「もう、あのくそおやじ。黙っているなんて許せない。後で吐かせてやる。あれ、由紀ちゃん、どうしたの?」


二人の後をうらやましそうに見つめている由紀に気が付いた。


「もしかしたら由紀ちゃん、お兄ちゃんのことを」


もじもじしながらポツリと言った。


「ちょっぴり・・」


「そうかあ、前に助けられたことがあったからね。でも、どんまいどんまいよ。私たちまだ若いんだから」


側にいた秀太もニコニコしながら真似をした。


「ドンマイ、ドンマイ」


「実は今日来たカップルの家族をチェックしていたの。その中に私たちと同じくらいの息子さんがいたわ。なかなかイケメンよ。二人でアタックしてみない?」


「ええ!」


由紀がややたじろいだが、かまわず真知は誘いかける。


「大丈夫、大丈夫、最初に私が声を掛けるから」


「真知さんがそう言うんなら」


と由紀。

泉が注意する。


「真知、あまりはしたないことしてはだめよ」


真知はかまわず由紀とともに会場内に入っていく。


「さあ、行くぞ、行くぞ」


「イクゾ、イクゾ」


秀太も後を追いかける。


「まあ、困った子ね」


と言いながら泉、新藤夫妻も続く。

まだまだ大藪ファミリーも波乱含みであった。







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