Flag7―牢獄の住人―(16)
俺は数メートル先の雪の積もった地面に突き刺さっていた《暦巡》を一旦消してから直ぐに手元に出現させ、右手で掴み、振るう。
「――ッ!?」
ヴァルはそれに対して一瞬驚いた様な表情をするも、落ち着いた様子で《暦巡》を左手で受け止め、右手で俺を殴る為か拳を作った。
ヴァルの右腕が微かにぶれたのが見えた俺は、〝雷鎧〟によって上昇した瞬発力で一気に距離を取り、ヴァルの右腕が空を切ったのを確認して再び距離を詰める。
ヴァルへと近付いていく中、俺は《暦巡》を持った右腕を引き、左肩を前に出し、ヴァルとの距離がゼロに近くなると共に引いていた右腕を前に出して勢いのまま突きを放った。
ヴァルは体を時計回りに捻り、先程空を切った右手で《暦巡》に裏拳を打つ事で切っ先を反らす。
そのせいで俺は体勢を崩してしまいヴァルの追撃のアッパーを無防備にも腹に受けてしまった。
「かはっ……」
痛みに蹲りそうになるのを抑えて俺は力任せに《暦巡》を振るもヴァルは後ろへ下がり、右腕を浅く切るだけに終わる。
ヴァルの、〝結果知らずの大洪水〟を受けた時の傷は〝地鎧〟による生命力の上昇によって塞がりつつある……このまま回復されてしまえば当初の俺に対するアドバンテージは無くなり、不利になっていくのは自明の理……なら、どうする?
「ほらっ、考える時間なんかあげないよ!」
しかしエルは俺に思惟する時間など与えてはくれず、影のハンマーを造り出して俺に降り下ろしてくる。
俺は横に跳んで避けるも、今度はヴァルが追い打ちを仕掛けてきた。
「くっ……!」
これじゃきりがない。こっちが一方的に疲労する、只それだけ……。
「〝ディレクト・ブライズ〟!」
この距離なら避けれない筈、そう思い俺は真っ直ぐ突っ込んでくるヴァルに雷の光線を放つ。
しかしヴァルは怯んだ素振りも見せず雷の光線に向かって白色のガントレットを嵌めている右手を拳の形にして突き出した。
「〝護れ〟」
するとヴァルのガントレットに青いラインが縦に三本浮かび上がり、オーラの様なものがヴァルを包み込む。
俺の放った雷の光線はオーラに完璧に防がれてしまいヴァルには全く届かなかった。
更にその時出来た隙を突かれ、エルに影で造られた右腕で殴られた事により、樹氷に背中をぶつけるまで吹き飛んでしまう。
「う゛っ……くっそ……」
一瞬、息が詰まる。それでも俺はふらつく体を無理矢理起こしてエルとヴァルと対峙する。
「ツカサ……」
エルは一度口を開き、何かを言おうとするが直ぐに少し顔をしかめて口をつぐんだ。
「ツカサ様、この状況でもまだ戦いなさるのですか?」
「ヴァル、当たり前だよ。それくらいしか俺には出来ないし逃げてもお前達に追い掛けられたら俺が戦おうが逃げようが変わらないだろ?」
「確かにそうですが……この状況、ツカサ様お一人では……」
「なら、二人だったら変えられるか?」
そう言ったのは俺ではなく、もちろんエルでもヴァルでもない。
俺達三人が声のした方向を振り向くと、美しい装飾の施された白銀の槍を首の後ろに回す様に肩に担ぎ、切れ長の赤い目をギラつかせて笑う、悪人面した茶髪のオールバックがそこに居た。
「なっ……コーチ=クロック!?」
「そだよ、エルちゃんおっひさー」
「エルちゃん言うなぁ!」
「コーチ様、何故貴方様がここに?」
どこか軽い空気なエルとコーチとは対称的に、額に軽く脂汗を浮かばせたヴァルがコーチに問う。
「えっ? 俺がここに居ちゃ駄目なの?」
「いえ……そういった意味ではございませんが……どうやってエル様に悟られずにここまで来たのか、と」
「んなの簡単だ。エルちゃんは探知能力をずっと使っていた訳じゃない、そしてたまたま丁度そのタイミングに俺があっちから移動してきたって考えたら自然だろ? そもそもエルちゃんの探知は個人に対するもんであって、一定の範囲を監視するタイプでもないから完全じゃない……納得したか?」
コーチは自身の後方を親指で示しながらヴァルの問いに答えた。
「確かにそう言われてしまえば何も言えませませんね……」
ヴァルはそう言うと、数歩後ろへ下がり、足を肩幅位開き、拳を構える。
「だろ? 戦ってたらデカイ音がするからツカサを見つけるのは簡単だったしな」
それに相対する様にコーチは槍を構え、口角を吊り上げて余裕さを見せながらヴァルからは目を離さずに俺に呟いた。
「なぁ、ツカサ……俺、まだ《執行のジェス=クロワイド》の能力使えないんだ……」
「……は?」
能力を使えない……? えっ? いや、確かに今まで能力を使ったとこはカーミリアさんとケトル以外は見たことなかったけど……コーチが能力使ったとこ見たことないのについては使えなかったからだったの?
「ほらツカサ、能力って基本皆隠してるじゃん? んで俺は能力無しでC組でクラス三位になった。その上契約武器はいわゆる一つのブランドである司法の武器に所属している。しかし俺は能力を使えない……だが、皆は思った『コイツ……普段手を抜いてとっておきを隠していやがる……』と」
無駄な独白をありがとう。えっと……つまり要約すると……コーチは強いけど色々と勘違いされて警戒された、ということか。それは仕方がない、うん。仕方がないかもしれない……けど、それってさ……。
「もはやただの棒じゃん」
「んだとてめぇ!? 俺のが棒ならツカサはゴボウ持ってるだけだろうが!」
「は!? どこがゴボウなんだよ!」
「細い、長い、黒い、あと地味。ほらっ! まんまゴボウじゃねぇか!」
「地味はゴボウにも失礼だろ! それに黒いのは柄だけだ!」
「それに比べて俺のは装飾が綺麗だし……」
「うっとりした顔すんな変態。そっちのは大層なのは名前と見た目だけでただの棒じゃねぇか」
「見た目だけじゃねぇ! どこぞの馬の骨ともわからないツカサのゴボウと違って司法に属する武器だ。能力を使えれば強いに決まってんだろ! どんな能力か知らねぇけどな!」
「知らねぇのかよ! 何故威張った!?」
「だってぇ……」
「身を捩るな気持ち悪い」
「えぇー……」
「何故残念がる!?」




